ストライプのネクタイ


 松田の中の何かをガリガリ削った簡易撮影機を離れ、割烹に入った。松田は何度か訪れたことがあるらしく、慣れた様子だ。
 注文を済ませると、松田がウーロン茶の入ったグラスを持ち上げる。

「お嬢さんも、ほら。カンパーイ」
「乾杯。お酒を飲んでもいいのよ?」
「昼間だからな」

 カツリと静かにグラスを鳴らす。ただグラスがあるから乾杯をしたのではなく、今日の目的はここにあるのだ。プリクラは本題ではない。
 先日、松田と因縁のある爆弾魔が逮捕された。祝杯をあげないといけないわね、と言ったのは錦だ。変わらず支払いは松田なので、いつも通りのランチだと言えばそれまでなのだが。
  錦は小ぶりな親子丼にスプーンを入れ、ご飯と卵を一緒にすくいあげた。

「誘っといてなんだけど、お嬢さんが和食ってやっぱ違和感あるわ……」
「ちゃんとお箸も使えるわよ」
「知ってる知ってる」

 対面でハンバーグ定食を食べる松田が頷く。

「このな、ホタルイカの酢味噌和えがけっこう美味い」
「ハンバーグではなく?」
「ハンバーグも美味い。食うか?」
「どっちを?」
「どっちも」
「親子丼は食べる?」
「俺は食ったことあるから、お嬢さん食べな」

 松田が自分の膳にある漬物皿を持ち上げ、漬物を白米の上に乗せる。空になった漬物皿にホタルイカと小さくしたハンバーグを乗せ、錦の膳に移した。
 
「ありがとう。……観覧車の時と、同じ犯人なのよね」
「ん、そうそう。それより前にも事件を起こしてて、同僚が吹き飛んじまってさ。……ずいぶん経っちまったけど、やっと喪が明けた気分だ」
「良かったわね」
「そんでさ。電話した時にも話したかもしれねぇけど、東都タワーのエレベーター内に、高木と子どもがいて」
「わたくしと勘違いをしたっていう子どもね。高木さんは、あの高木さん?」
「その高木サン。爆弾を無暗に動かせなかったから、俺が外から高木に指示を出して、その子どもが解体するっつーことをやるしかなかったんだが……」

 松田の表情は苦い。短くため息をつくと、熱い味噌汁を流し込んでいた。
 味噌汁と一緒に葛藤も飲み込んだのか、涼しい顔で言葉を続ける。

「もちろんお嬢さんじゃなかったが、お嬢さんみたいな男の子だった。キッドキラーの子、知ってるか?」
「ええ、江戸川君ね」
「……知り合い?」
「隣のクラスよ。他の友人と一緒に帰ることもあるわ」
「その小学校とんでもねぇな。そういやあ、『俺の知ってる賢いお嬢さんに似てる』って言ったら、まさかなって顔してた」
「彼、爆弾の構造をある程度知っているらしいわよ。頭の回転が速いのはいつものことね」
「道理で解体がスムーズに進むわけだ」
「……わたくしも、爆弾の勉強をすべきかしら」

 日常生活ではまずいらない知識だが、コナンは会話の中で当然のように「その時は俺が解体して、」と口にすることがある。錦は爆発から自分の身を守ることや、誰かを守ることくらいは出来るが、知らないものを解体(バラ)せと言われても難しい。制限のない体であれば何でもできたが、無いものねだりだ。
 "もしもの時の為に爆弾処理の勉強をする"というのも中々おかしな話だが、元々、学ぶことは嫌いではない。
 今度図書館で爆弾関連書籍を眺めてみようかと考えていると、対面の松田が渋い顔をしていることに気付いた。

「なにかしら?」
「たとえ厄介な場面に出くわしても、お嬢さんに爆弾を解体させるなんて、絶対にしないからな俺は。助けられた俺が言うのもなんだけど」
「いざとなれば、わたくしは誰の許可も求めないから安心なさい」
「……おじょーさん」
「ホタルイカ美味しい」

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