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 普段大人しい人ほど怒らせると怖い。コナンはそれを思い知っていた。否、彼は表の顔こそ人懐っこいが、その実、非常にストイックで自分にも他人にも妥協しないし、情熱家の面も持ち合わせている。コナンは彼と腹の探り合いはすれど真っ向から衝突したことがなかったために、そういう感想を持ったのだった。
 ああ、いやそれも違う。大人しい人を怒らせるほどのことをした、が正解だ。
 コナンは椅子に座って小さくなり、頭を押さえる降谷をうかがった。これが安室透ならば諌めるだけだったかもしれないが、今目の前にいるのは公安所属の降谷零である。

「…………君は馬鹿なのか?」
「ごめんなさい」
「あの辺りはかつての紛争地域が近いから、用心するように言ったはずだが」
「はい」
「君の行いは、ただの蛮勇だ。日本なら助けてくれる人もいるだろうが、ああいう地域はまるで勝手が違うんだ。少しくらい、自分を制御できるようになれ」
「はい」
「はあ…………どうせ、赤井から説教はされてるんだろ?俺が今更言うことでもないか」

 深いため息をついた降谷に、コナンはもう一度、心からの謝罪を述べた。コナンが一時誘拐されたことは、彼にも連絡が回っており、無事が確認されるまで胃の痛い思いをしたらしい――風見が。
 降谷はまだベッドの上だ。厳しいリハビリを乗り越えて驚異的な回復をみせ、ようやく退院の目途が立っていた。降谷と同じく重傷だった水無――本名・本堂は、まだ療養が必要とされている。
 鍛え上げた筋肉が痩せ、降谷の体はすこしばかり小さくなっていた。降谷は自身の腕を忌々しそうに眺め、手を握ったり開いたりと動かした。

「僕がついていけたなら、君から目を離しはしなかっただろうに」
「ふ、安室さん……」
「……いや、なんでもない。ところで、帰りは?ここへは一人で来たのかい?」

 安室の言葉の解釈は『護衛がついてはいるだろうが、実際の足はどうしたのか』が正しい。現状、コナンが本当の意味で一人で行動することはない。出来ない、と言った方がいい。
 スケートボードかい?と安室透の笑顔で問いかけられる。コナンの足元には鞄から飛び出した状態のスケートボードがその存在を主張していた。
 病み上がりでありながらスケートボードを携帯することへの苦言である。いざというときに使用するのは見逃すとしても、自ら首を突っ込むためには決して使うなと。

「博士に送ってもらったんだ。灰原と喫茶店に入って待ってる」
「てっきり暇を持て余した大学院生かと思ったよ」
「ここ何日か忙しそうにしてたよ。あの組織が壊滅したから、他の仕事が入ってくるって。後始末も終わってないのにって渋い顔してた」
「今までがフリー過ぎたんだから丁度いいだろ。馬車馬のごとく働けばいい」
「あはは……」

 赤井はFBIの切り札だ。ここ数年は黒の組織という凶悪な案件を抱えていたために他の仕事はほとんど回されなかったようだが――一時は殉職していたし――組織が沈静化した今、FBIきっての切れ者は大忙しである。本人の回復やコナンの周辺が落ち着くまでは、上層部も配慮していたらしい。
 まだ日本にいるよ、とコナンが付け足してみると、さっさと出ていけばいいのに、とお決まりの文句を頂戴した。
 報告を終え、コナンは椅子から飛び降りるようにしてリノリウムに立つ。

「じゃあボク帰るね」
「大人しくしているんだよ」
「善処するよ」
「是非そうしてくれ。じゃあ、気を付けて」

 ベッドの上から、安室がひらひら手を振る。コナンは子供らしく手を振り返して、静かに病室のドアを閉めた。
 鞄を背負い直しながら、深く長いため息をつく。以前の入院中に顔なじみになった看護師に挨拶をしながら、棟や階を移動して院内の喫茶店を目指した。
 あの後――ガヴィのセーフハウスを出た後の油断をついて、的確に気絶させられたコナンは、部屋がどこにあるのか推理する材料を手に入れることが出来なかった。コナンが気を失ってからご丁寧にも睡眠薬を投与され、ホテルに届けられてもぐっすりだったと言う訳だ。
 目が覚めてからというもの、コナンは叱られてばかりだった。それだけ心配をかけたことは分かっているので、ただただ申し訳ないばかりである。赤井にはじまり、旅行で一緒だった面々、帰国してからは馴染みの刑事に、FBIに公安、両親や西の探偵や怪盗からも連絡が入った。行脚は降谷が最後であり、コナンはようやく背筋を伸ばす。
 喫茶店では、阿笠が会計をしている所だった。

「彼、どうだった?」
「随分回復してるみたいだ。つかお前も来れば良かったじゃねーか」
「どうせ途中退席だもの」

 じとりとした目を向けられて、言葉に詰まる。今回は込み入った話はしなかったが、そうなった場合に席を外してもらうよう頼むのは珍しいことではない。
 
「で?何か収穫はあったの?」
「いや。ガヴィがセーフハウスを持っていること自体初耳だったらしい」
「ま、同じ組織とはいえ住処を易々とは教えないでしょう」
「だろーな。なんだってあんな、セキュリティもままならないような普通のマンションなんかに……」
「そっちに気を取られるのも仕方ないけど、あなた、ちゃんと決めたの?」
「何が?」
「……」

 工藤新一に戻ることはとっくに決めているし、哀にも伝えている。臨床試験など行ってはいないが解毒薬が完成したので、その服用日も既に決めている。高校には三年から復帰予定で、どうあがいても足りない出席日数はテストと警察からの口添えで埋めることになっている。コナンの事情を把握する警察官――降谷とその部下が根回ししてくれたらしい。FBIも工藤新一の捜査協力証明に一役買っていた。
 解毒薬の服用日は五日後だ。明日、コナンと哀のお別れ会がポアロで行われることになっている。入院中の降谷はもちろん欠席である。退院していたとしても、山のような事後処理から逃れられたか怪しい。
 コナンは苦い顔で頭をかいた。そのお別れ会で少年探偵団の三人にプレゼントを用意することは、コナンと哀で決めたことだった。

「連名で用意してもいいけど、ちゃんと選んであげなさいよ」
「わーってるよ。……なんだかんだで、あいつらのお陰で楽しめたところもあったしな」
「そうね」
「あとおっちゃんと、蘭にも」
「わたしは、お節介焼きさんと、」

 哀がちらりと阿笠を見上げる。本人は鼻歌交じりで気付いていない。
 病院を後にして、三人は百貨店に向かった。プレゼント選びのためである。哀はある程度決めてあったようでサクサクと会計を済ませるが、コナンはいまいちピンとこないと時間をとっていた。哀が阿笠へのプレゼントを買ういい足止めになったので、コナンが小言をもらうことはなかった。
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