< 柚芽の部屋 16:00 >
「柚芽!宅配ボックスに荷物が入っていたぞ!」
ガチャリと玄関のドアが開いたかと思えば、明るい声を響かせて鯉登がリビングに入ってきた。一瞬にして部屋の空気が華やぐ。
「え?にも……。は!」
覚えのない柚芽の脳裏に、突如昨日ネットで購入したブツの姿がひらめく。彼女は慌てて立ち上がり、「ありがと!」と半ば投げつけるように言ってダンボールを受け取った。まさかこんなに早く届くとは、と柚芽は現代の配送技術の高さに改めて驚愕する。
「鯉登少尉、少しはこっちの荷物も持ってください」
ぶつくさ言いながらキッチンへ向かうのは、鯉登と一緒にスーパーに買い出しに行っていた月島だ。普通の人間ならば2本の手では足りないだろう量の食材を、思いのほか軽々と運んでいる。冷凍庫、冷蔵庫、ストック棚と、あるべきものをあるべき場所へ。何とも手際が良い。
扉が開け閉めされる音を聞きながら、柚芽は陽の注ぐ窓の前で正座し、ダンボールを見つめていた。背中から溢れ出る高揚感を察した男ふたりが、何事かと近寄ってくる。彼女は丁寧に貼られた、空気の全く入っていないテープを剥がし、ぐちゃぐちゃと丸めて床にくっつけた。いつでも開けられる状態になったダンボールを前に、柚芽の緊張と興奮は静かに最高潮である。
彼女はひとつ息を吸うと、上の四片をそうっと開けていく。すると、その中のひとつと目が合った。
「はあぁっ……!」
両手で顔を押さえた柚芽に、「「何だ?」」とテンションの違う声が同じ言葉を発した。
「目が、合った……やばいぃ……」
鯉登と月島が、彼女の上から箱の中を確認するように覗き込む。そこには、耳や尻尾のついた小さなぬいぐるみがわらわらと入っていた。各人の個性的な瞳がデフォルメされ、申し訳程度の短い手足がついている。
「おお!可愛らしいではないか!」
「でしょう?ああもうかわいい!」
顔を輝かせる鯉登とは反対に、月島の眉間には深い皺が刻まれた。
「……多すぎないか」
「ひぇ」
地を這うような低い声に、「これはその……」と振り向いて、柚芽は言い訳を開始する。
「わたしも、最初からこんなに買うつもりはなくて……確かに最初見たときからかわいいなとは思いましたけど、でも元々グッズとかは買わないタイプの人間で……だって一生持っていられるわけないのは分かってるし……だから最初は買わないつもりだったんです、でも……やっぱりかわいくて、ひとつかふたつって思って、でもでも見てたらどれもかわいくて、もうひとつって増えてって……それで、気づいたら」
「気づいたら?」
「14こ、全部買っちゃってました……すみません!」
月島は眉間の皺を指で揉んで、「はあ」とため息をついた。
「いくらだ」
「え」
「いくら使った」
「え、……っと……ひとつ、1,980円……です」
ぱちぱちと音がして、どこから取り出したのか鯉登がそろばんを弾く。
「うむ、全部で27,720円だな」
そう意味もなく彼は胸を張った。
合計金額の高さを誤魔化すため、わざと1体の金額だけを口にした柚芽の目論見は、あっけなく崩れ去った。そんな姑息な真似が通用しないことは重々承知していたが、背中に冷や汗が伝う。
「俺たちは今、不本意ではあるが広報活動の任に就いている。各陣営ごとに生活費などの毎月支給される金額が決まっているのは、お前も知っているだろう」
「……はい」
「解っていると思うが、これは柚芽の小遣いからの出費になるぞ」
「それはもちろん、そのつもりです」
「まだ今月は20日以上残っているが、残りは2,280円。問題ないんだな?」
う、と柚芽は怯む。今月はこの子たちのために節約すると決めている。急な出費でもない限り、計算上は大丈夫なはずだ。しかし、月島によって淡々と述べられる事実が、その自信をかすめ取っていく。それでも彼女の気持ちは変わらず、柚芽は月島を見た。
「問題ない、はずです。ちゃんと節約するって、決めて買ったから」
まっすぐ向けられた嘘のない瞳に、はあーー、と月島が長いため息をついて口を開く。
「……それならいい」
「よし、月島の負けだな!」
鯉登がはははと笑う。彼はダンボールに目をやり、柚芽を呼んだ。
「柚芽、このぬいぐるみたちは出さないのか?」
「出す!こいくんも手伝ってくれる?」
「うむ!柚芽はどれが好きなんだ?」
「わたしはねえ」
会話だけ聞けば幼児のおままごとだな、と月島は思う。いかんせん目の前にいるのは、
「これ」と柚芽がぬいぐるみを手に取った。彼女の子どものような両手に、無表情の犬と勝ち誇ったクズリが乗っている。それを見た鯉登は、ふふふと誇らしげに笑った。
「柚芽は本当に私たちが好きだな!」
「だってかわいいもん」
「男に可愛いは褒め言葉ではないぞ!まあいい。どこが可愛い?」
「こいくんは、生意気でかわいい!」
……生意気で?
それは褒められていないのでは、と鯉登へ心で助言する。もちろん伝わるはずはない。
「月島は?」
「つきさんは、男らしくてかわいい!」
「ふふ、そうか!」
月島はあんぐりと口を開けた。
……男らしくて……可愛い……だと?男らしいと可愛いは共存せんだろう。そもそも俺は可愛くなどない。なんなんだこの会話は。
きらきらしたふたりのきらきらが、こつんこつんと当たってくる。もちろん幻覚に違いないのだが、月島は無意識にそれを手で払った。
「月島?何かいたのか?瞬きを忘れているぞ」
理解の及ばぬ領域に、死んだ目をして立っている月島をちらりと見て、鯉登が首を傾げる。言うだけ言うと、柚芽とのぬいぐるみ遊びを再開させた。
「もう少し大きくてもよさそうだがな」
「さすがこいくん、するどい。大きいぬいぐるみ、実はもう商品化されてます!」
「なぜそっちは買わなかったんだ?」
「ひとつ6,600円です」
「おお……」
「でもね、いぬ島さん大は、顔の余白がちょっと大きくて、すっごくかわいいんだよ。ぎゅーしたかった」
「ふむ」
柚芽の話を黙って聞いていた鯉登が、おもむろに顎に手をやった。
「では、代わりに月島をぎゅーしてみてはどうだ?」
「…………は?」
急にお呼びのかかった月島が、理解不能のまま聞き返す。
「あー、いぬ島さんの代わりに……つきさんを?うーーーん」
「…………」
「うーーん……」
柚芽は月島を上から下まで見て、今度は目を細めて同じことを繰り返した。月島は自身でもわからぬまま緊張して、自然背筋を伸ばす。
「やめとく。つきさん、硬そうだし……」
「はははは!だそうだぞ、月島!」
「…………ああ……そうですか……」
心の奥に芽生えたもやっとした気持ちを、月島はまだ認めるわけにはいかなかった。