鯉登とプール掃除
授業をたくさんさぼったから、罰としてプール掃除をさせられることになった。きつい陽射しの中やらされるなんて最悪、体操服なくって制服でやらなきゃならないのも最悪。やだやだと駄々をこねてみたけど担任の月島先生には通用しなくって、半ば引き摺られるようにプールサイドへやってきた。
「あ、鯉登くんじゃん。またわたしのお世話係なの?」
「今回はお前がちゃんと掃除しているか監視役兼手伝いだ」
「ふーん」
既に水は抜かれていて冬の間に溜め込んだ汚いものがタイルにくっついている。
「うへぇ、やだなぁ……二人じゃおわんないよ」
「サボりなんかするからだろう。ほら、さっさとやるぞ」
呆れながらも見捨てないのはたぶん鶴見先生に頼まれたかなんかだろうな。じゃないと問題児のお世話なんてやらないだろう。めんどくさい役を押し付けられて可哀想に。なんて、問題児側のわたしが言うことではないけれど。まずはある程度水で汚れを流そうとホースを渡されて渋々掃除を始めた。
デッキブラシで擦って水を流してを繰り返して、段々綺麗になっていくプールに存外楽しくなってきた。気温が上がってきたから素足で水に触れるのも気持ちがいい。ほぼ汚れも落ちていい気分になりながら少しだけ溜まっている水を蹴って壁に水をかけていると、足元にあったホースを踏んでしまった。持っていたホースが暴れ回って結構な量の水をかぶってしまって、折角今までそれほど濡れずにやってきたのに最後の最後で酷い目にあった。カッターシャツはずぶ濡れでスカートも少しだけ濡れてしまった。ぽたぽたと水滴が落ちる前髪を横へ避けて、怒りに任せて水面を強く蹴る。
「さいあく……!」
「……?何遊んでるんだ……キェェエエエッ!」
「わっ、うるさ」
遠くで作業していた鯉登くんがばちゃばちゃ音を立てて暴れていた私に気づいてこっちに寄ってきたかと思ったらいきなり叫び出した。
「わ、わい!し、した……透けちょっ!」
「はぁ?」
下を向いて何言ってるか分からないから近づいて顔を覗き込むと、いきなり目の前が真っ暗になった。どうやらTシャツを被せられたみたいで、いい匂いと少しだけ汗の匂いがした。もがきながら首と腕を出すと鯉登くんはめちゃくちゃ真顔だった。
「それ、着ておけ」
「……うん。優しいんだね、鯉登くん」
「べつに……濡れたわいは刺激が強か、目に毒や」
「んん?」
どっちかっていうと刺激が強いのは鯉登くんだと思う。高校生のくせに鍛えられてバキバキに割れた腹筋を見せつけてくるなんて、目の保養だよ。筋肉の隆起を指でなぞると、何言ってるかわかんないけどたぶんすごい怒られた。懲りずにちょんちょんとつつくとその度にいい反応を返してくれるから楽しい。
「やめ!」
「あは、ごめんね」
流石に手を掴まれて止められてしまった。逆の手でやろうとしたら触れる前に捕まえられた。わたしの手を包み込むように掴んでいる鯉登くんの手は大きくてあつい。離す気がないみたいなので繋いでいる手をぶらぶらさせた。
「鯉登くんって手おっきいね」
「そりゃあ、男だからな」
「Tシャツもスカートまで隠れちゃうもんね」
「……身長に差があるからな」
「彼シャツみたいだね」
そういってにんまり笑って言うと「あまり男をからかうんじゃなか」ってデコピンされた。
「今日はごめんね、ほんとは部活あったんじゃない?鶴見先生のお願いだからってなんでも了承しちゃだめだよ」
「鶴見先生に頼まれたわけではない」
「……?じゃあなんで?」
鯉登くんはおもむろにこちらに手をのばして、適当に横に流れている前髪を整えて頬を撫でる。普段ならちゃちゃを入れるところだけれど真面目な顔をしていたから黙っておく。
「授業をサボってばかりで心配だったから、手伝いに立候補したんだ」
「……まじで?」
意外すぎて呆けた顔しかできない。鯉登くんがお世話してくれてたのってわたしが鶴見先生の姪っ子だからだと思ってた。叔父さんお気に入りの鯉登くんにお鉢が回ってきたんだとばっかり……。
「そんなにわたしのことが好きなんだね」
「は⁉︎調子に乗んじゃなか!」
「いひゃいいひゃい、冗談らよ」
冗談を言ったら頬をキュッと抓られた。すぐに話してくれたけど絶対赤くなってる。ヒリヒリ痛むそこをいたわるように抑えながら鯉登くんから離れてプールを上がる。
「ありがとうね、鯉登くん」
「あぁ……ってコラ!逃ぐんじゃなか!!」
あぁ、顔が熱くて仕方ない。これは鯉登くんに抓られたせいだ。絶対そう。明日怒られるってわかってるけど、ドキドキが止まらなくって学校から飛び出した。