11.優しい夢の境

あまりの寒さに震えながら目覚めた。ぼんやり光が差し込んでいる。時計を見ると7時。

(朝だ…)

ソファーの上できゅっと縮こまっていた体が痛い。まだ冷える季節だというのに、ブランケットもなくリビングで酔い潰れて寝落ち。最悪。

(電気は消えてる)

沖矢さんがリビングの電気を消したとき、わたしがソファーで寝てるのを見たはずだ。起こして欲しかったとは言わないけど、ブランケットくらい掛けてくれたら良いのにと思った。しかしうっかり目が覚めてしまった時、うっかり沖矢さんの返送が剥がれた赤井さんを見てしまった場合、どうすればいいのかわからない。放置してくれてありがとうと思うことにする。

起き上がってスリッパを履く。立ち上がると頭痛がした。二日酔い?この体どれだけお酒弱いんだ。そんなに飲んでないのに。前の世界のわたしと体のつくりが違うようだ。亡くなったという両親の写真を思い出す。前の世界のわたしの両親とは名前も顔も全く違った。苗字という苗字しか共通点はなさそうだった。それなのに彼らから生まれたらしいこのわたしの顔は、以前の世界のわたしの顔と同じ。だけどお酒は弱い。なんなの?遺伝子情報どうなってるの?

ゆっくり階段を上り、部屋に入った。二日酔いなんて初めてで、どうすればいいのかわからない。頭痛すぎて辛い。体調不良はとにかく寝れば治ると信じているので、ベッドに潜り込んだ。羽毛布団が暖かい。完全に冷え切った体を温めてくれる。アラームをかけて、ギュッと目を瞑り、寝る努力をした。今日はオフだし、ここから11時半まで寝る。そうすれば二日酔いも解消されるだろうと思った。


アラームが鳴った瞬間にまぶたがパッチリ開いた。音を止める。起き上がると、まだ頭が痛い。二日酔いって何?どうしてこんなに長引くの?イライラしながら身支度を済ませてキッチンに向かった。今日のお昼ご飯は炒飯。沖矢さんとわたしの分を一気に使ってお皿に盛り付けていると、沖矢さんも部屋に入ってきた。

「おはようございます」
「寝過ぎちゃいました」
「お酒が効いてしまいましたね」

ダイニングテーブルに二人で座り、炒飯を食べた。わたしは頭痛が治らないし、なんだか今日は冷えるし、食欲もあまり湧かなくて。半分残してラップした。

「もういいんですか?」
「はい。二日酔いみたいです。今日はおとなしくしておきます」

本当はオフの日を利用して沖矢さんと交流を深めるつもりだったけど、今日はそんな気分ではない。お水をぐびぐび飲んで、再び部屋に戻った。
ベッドに横になる。毛布を重ねても寒い。冷える日だ。

(飲み会の次の日が辛いってこういうこと?)

以前友人が言っていた言葉を思い出す。かつてのわたしは酔い知らずだったので、辛いと思ったことはなかったけど。これは辛いかもしれない。翌日に予定があったら飲めない。お酒は好きなのに、弱いとなると難しいな。
時間的には散々寝たので眠気はない。ベッドでおとなしく過ごした。時々20分くらいウトウトした時もあった。頭を動かすと痛いので、安静に過ごした。17時半、扉がノックされた。

「名前さん、そろそろ夕食にしようと思うのですが」
「はーい、行きます」

扉越しに沖矢さんが呼ぶ。起き上がってスリッパを履く。寒くてぶるりと震えたので、カーディガンを一枚羽織った。扉を開けると、目の前に沖矢さんが立っていて、驚いた。てっきりもうダイニングに向かったかと思っていた。彼はわたしをじっと見下ろす。何なんだろう。

「あの…沖矢さん?」
「すみません、ちょっと」

彼は大きな手のひらでわたしの額に触れた。驚いた。なにごと?わたしたちは今まで握手すらしたことない。初めての接触。ぽかんとした間抜けな表情で沖矢さんを見上げた。

「熱がありますね」
「え?うそ!」

この頭痛って二日酔いじゃなかったんだ…と呟くと、はあ?という顔をされた。

「てっきり二日酔いで頭が痛いのかと思ってて」
「ああ…」

熱があると言われたら途端に体調が悪いような気がしてきた。落ち込む。ひとまず沖矢さんが用意してくれた夕食をいただいた。お昼の炒飯も、夕食で食べきれなかった分も、沖矢さんが食べてくれた。この人本当によく食べるな。どこに入ってんだ。

「すみません、風邪薬の買い置きが無くて」
「大丈夫です。寝たら良くなりますから」

たしかに彼は風邪に負けることは無さそうだ。わたしは先にシャワーを済ませて再びベッドに戻る。寒い日だと思ったけど、熱があったから寒気がしてたのかと納得した。自分の体調管理がガバガバすぎて情けない。絶対昨日ソファーで酔い潰れて寝たことで身体を冷やして熱が出た。情けない。目を瞑る。寝れば良くなる。


真夜中。頭は痛いし、体は暑いのか寒いのかわからない。ぐちゃぐちゃになっている。じっとり汗をかいているけど、体の芯は冷えている。めちゃくちゃ怠い。目を開けられず、起きているのか寝ているのかもわからない。気持ち悪いし、怠いし、思わず唸り声が漏れる。風邪ってこんなにしんどいものなんだ。何年も風邪ひいてなかったから忘れてた。汗をかいた顔に髪がひっついている感覚がある。不快だ。何もできない。苦しい。

ふと冷たい何かがわたしの頬にあたる。しばらくして離れていく。熱を持った体は冷たい何かが心地良くて、あ、と声が出た。応えるようにもう一度冷たい何かが頬に当たる。それに縋るように顔が動く。それは手だとわかった。冷たい手がわたしに触れている。

「悪かった」

頭上で声がした。沖矢さんではない。男性の声だ。これは夢だろうか。夢なんだろう。この家には沖矢さんとわたししか居ないのだから。まぶたがぴくりと動く。目を開けるつもりはなかった。だけど、頬に添えられた手は動かされ、わたしの瞼を覆う。ひんやりして気持ちいい。

「おやすみ」

心地いい声だ。聞いたことがあるような、無いような。さっきまであんなに苦しくて怠かった体から、すっと力が抜ける。なんだか良い夢見れたし、起きたら良くなってるだろう。そんな気がした。