13.わたしの立ち位置

すっかり風邪も治って、迷惑をかけたお詫びにと今日のお昼も夜もわたしが食事を作ることにした。そのためにスーパーに買い出しに来た。野菜が安いな。
わたしが高熱で苦しんでいるときに、外出していた沖矢さんは、解熱鎮痛剤とスポーツドリンク、アイスクリームを買ってきてくれた。とってもありがたかった。
お刺身コーナーを見ていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、木馬荘の管理人さんが立っていた。偶然ねといくつか会話をして、それじゃ、と別れようとしたときに、もう一度呼び止められた。

「そういえば、苗字さんの連絡先を知らないかって尋ねてきた人がいたんだけど」
「えっ」
「40歳くらいの男の人で、怪しかったから、わからないって伝えちゃった。知り合いだったらすみません」

今度こそ本当に管理人さんと別れた。わたしは買った食材を袋に詰めながら色々と考えていた。前のバイト先にもわたしの連絡先を知りたい人が訪ねてきたと言っていた。次は以前住んでた木馬荘の管理人さん。わたしを探しているのは誰なんだろう。普通に不気味で怖いと思った。関わってきた人が不用意に連絡先や住所を教えてしまうような人ではなくて本当に良かった。もしこの世界のわたしの知り合いだとしても、異世界からやってきたわたしの知り合いではない。知らない人は怖い。

帰り道を歩く。安売りしてるお店を狙ってきたので、家まで少しだけ距離がある。わたしがこうして歩いている間にも、わたしの知らない誰かがわたしを探しているのかもしれない。気味が悪い。バスや大型のトラックが横を走り去る。風と音に顔を歪めたとき、トン、と肩に誰かの手が置かれた。なに?!驚きすぎて振り向くと同時に足が縺れて、大通りのど真ん中で、尻餅をついた。わたしが見上げる先には、目をまん丸にしてこちらを見ている男性がいる。

「あ…………………安室さん?」




彼はすぐにわたしを立ち上がらせてくれた。後ろから数回声をかけてくれたらしいけど、ちょうど風向きや車の音で何も聞こえなくて、わたしは気付いていなかった。驚かせてすみませんでしたと謝る彼にこちらこそと言って立ち去ろうとしたが、彼がわたしの買い物袋を奪い取った。

「足、挫きませんでした?」
「え?あ、うーん」

確かにちょっとだけ痛む気がする。タイミング悪く、わたしを探す男について考えていて、めちゃくちゃ驚いてしまったし。足どころかお尻も痛いけど、それは恥ずかしいので言わない。

「以前のコンビニまででも送らせてください。驚かせてしまったお詫びです」

そう言って彼はゆっくり歩き出す。お言葉に甘えることにする。

「連絡をくださらないので、嫌われてしまったのかと」
「すみません、タイミングを逃して」

名刺を渡されたとき、絶対連絡してくれと言われていたのを思い出す。あの名刺もどこに置いたか思い出せないくらいだ。

「さっきも、まさかあんなに驚かれるとは思わず」
「あれは違うんですよ、安室さんだから異様に驚いたってわけじゃなくて」

道すがら、最近誰かに探されているようだという話をした。不気味ですよねえと言うと、安室さんはぴたりと足を止めた。不思議に思って振り向くと、真剣な顔で口を開いた。

「僕に依頼しませんか?」
「何を?」
「あなたを探る人を突き止める役」

僕は探偵ですし、とにっこり良い笑顔が向けられた。営業が上手。些細な世間話から仕事を取りに来る精神。でもこの人、本当は探偵じゃないのに、わたしなんかに時間を割いて良いのだろうか。案外経費が落ちなくて資金繰りが難しいのだろうか?公務員てそういうところ厳しそうだ。知らんけど。

「依頼料ってどれくらいになりますか?」
「そうですねえ…掛かった日数にもよりますが」
「じゃあ、ひとまずこのくらいを先にお支払いします。日数や時間によって増えるときは、その分を最後にお渡しします。どうでしょう?」

スマホで電卓を開いて、金額を打つ。以前に毛利探偵に依頼した時の金額と同じくらいだ。画面を安室さんに見せる。少し間が空いて、彼が左手を差し出した。

「契約ということで」

わたしも手を差し出して、握手した。契約に握手は必要なのだろうか。

約束していた通り、安室さんとコンビニでお別れする。家の前まで行くと絶対に言わないところが、よくできた人だと思う。依頼してしまったので、連絡先を伝えなければならなくなった。今日こそ必ず連絡を入れますと言ったが、信用がない。その場で連絡先を交換した。

「可能な限りお一人での外出は控えた方がいいです。お友達でも誰でもいいので、一人きりにならないように」
「はい、気をつけます」
「どうしても一人で外出しなければならないときは、事前に連絡を入れてください。何かあってからでは遅いので。ご自宅のセキュリティは?」
「それは大丈夫です、万全です」

なんたってFBIと住んでるんだとは言えず。少し窮屈な生活になりそうだと思ったが、正体不明の男に探られる怖さを思えば平気だ。少しの我慢で安室さんが解決してくれるというのだから、ありがたいお話だ。ただの探偵じゃない、正体は公安警察である。絶対的に信頼できる。ありがたい。

「ご自宅に着いたら連絡をくださいね」
「はい。メールします。その時に振込先の口座を教えてくださいね」

その後、沖矢さんの居る家に着いて、安室さんに連絡をした。返信を待たずに、買ってきたものを冷蔵庫に入れて、お昼ご飯を作り始めた。ボンゴレビアンコにした。沖矢さんと二人で向かい合いながら食べる。

「なんだか上機嫌ですね。良いことでもありましたか?」
「そうですか?最近少し困ったことがあったんですけど、解決しそうなんです。浮かれちゃいましたね」

そう言って再びパスタを食べる。なかなかの出来栄えな気がする。沖矢さんと住むようになって、自分の料理スキルはちょっとだけ上がったような。

「困ったことがあったんですか。相談してくださったらよかったのに」

沖矢さんの言葉に思わず顔を上げる。驚いた。そんなことを言うような人だと思っていなかったから。わたしのことを疑っているけど、必要以上に接してこない、微妙な距離感の人。彼を頼るという選択肢はもともとなかったので、不思議な感じ。

「研究とか、お忙しいのかな〜って思って…」

適当に返事をした。研究なんてしてないこともわかってるけどさ。なんだか沖矢さんとの距離感が少しわからなくなった。今日2度目の遭遇を果たした安室さんとの距離感もわからない。わたしは気が付けばこの世界の重要人物とズブズブに関わっていて、自分がどうなっていくのか、未来が全く見えない。