ましろの愛車、ホンダCBR1100XXブラックバードは神速を誇る。
 
 世には他にももっと速いマシンも存在するだろうが、総合的なスペックと己の体つきにあったマシンはこれより他にない、とましろは感じていた。

 荷物一つ、括り付けるのが億劫になったため、頼まれた「昴の」ジャケットは腰に巻きつけ、ボストンをリュックのように背負った。見てくれは悪いがまあ、誰が見るわけでもない。厄介ごとの兆しを感じつつも、目的地である霞が関へのルートを頭の中でシュミレーションしながらましろはバイクを発進させた。



 内堀通りを東に走り、そろそろ桜田門に差し掛かろうかという頃合に、ジーンズのポケットに放り込んでいたスマートフォンが着信を告げた。ヘルメットの耳のあたりを軽く小突くと、あらかじめ仕込んでおいたハンズフリーインカムが着信を拾う。

 六本木通りへバイクを進めるのは少し後ろめたい。そのまま交差点を過ぎ、桜田通りへと右折する。


「もしもし」

 反対車線で何やら揉め事の気配を纏ったMk-Uが目に留まった。警備員が何やら車を止めようと張り付いている。その車の向こうに、国家公安委員会の表札がうっすらと見えた。

「すまんがましろ、どうやら動きがあったようだ。移動する」

赤井に唐突にそう告げられ思わず文句が口をつき掛けた瞬間、Mk-Uは取り囲む警備員を振り落す勢いでドリフトを決め、逆走を始めた。そのまま通りを突き進んみ、信号ももはやお構いなしといったように一丁目の交差点から六本木通り方面へ駆け抜けていく。

 すると、そのMk-Uを追いかけるかのように赤いマスタングが同方向に駆けて行くのをかろうじて視認したましろは、あんぐりと口を開けてしまう。

「何?どういう事?聞きたくないけどまさか大君、真っ赤な車になんて乗ってないよね」
「なんだ、近くまで来ていたのか」

 なら話は早い、などとのたまうスピーカーが時折けたたましいドリフト音を伝えてくる。

「また後で連絡するから、お前はそのまま…」

 そう赤井の言葉が聞こえかけた時、進行方向の右手から白いFDが猛然と飛び出してきたために、今度こそましろはバイクを緊急停車させた。様子がマイク越しに伝わったらしく、赤井が大丈夫か、と声をかけてくる。
 飛び出した勢いもそのままにキレのあるターンを決めたFDは、Mk-Uと同じく通りを突き進んみ、信号などお構いなしといったように一丁目の交差点から六本木通り方面へと消えていった。流石FDの加速度だな、と自分がそれに勝るとも劣らないモンスターマシンに乗っていることも忘れて一人ごちる。

「なんだか厄介ごと満載そうなので、これから追跡しまーす」
「…ましろ」

 姿を隠してるくせに生身であんなド派手な車に乗ってる人に、とやかく言われる筋合いはない。引き留める声を無視して、ましろは地を蹴った。


 この時間帯はまだ車通りもざらだ。おそらく音で聞こえる限りのド派手なカーチェイスを繰り広げられる場所と言ったら、この辺りでは。

「今首都高どの辺?」
「……乗ったばかりだ」

 
 無茶はするなよ。それきり通話は途切れた。












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