そういえば、単車での高速道路乗り入れは初めての事だ。


 ふと、まばらな車間を猛スピードで駆け抜けながら思い至る。夜だからか、比較的一般車の車間距離が広い。少し細身にカスタマイズしてあるましろのマシンには十分すぎる道程である。

 背中に背負ったボストンバックがあまりの風圧に、中身の重量に反して背後で踊っている。家裁のそばの植込みにでも隠しておこうかとも思ったのだが、そうするとお遣いに来た意味が無くなってしまう。
いまだ前方には赤いマスタングも、白いFDも見えない。更なる加速をかけるべく、唸るエンジンにさらに発破をかけた。
 

 しばらくの猛追を経て、前方に見えてきたのは、横倒しになっている大型タンクローリーだった。

 その事故現場のような有様から、まだ数百メートルも離れているためはっきりとは分からないが、タンクローリーは首都高の側壁と車道をも抉るように道をふさいでいる。煙を燻らせていることからもうしばらくはあの場から動く気配はないだろう。

 あと300m程、といった距離になったところで、ましろはクラッチへかける指を1本増やし、ローギアへ落とす。パワーバンドまでいく頃合を見計らい、一瞬戻したスロットルをすぐさま全開にしたところで、フッと前輪の手応えが無くなったかのような感覚。
 そのまま己の体を後方へ体重移動をすれば、瓦礫とタンクローリーを目前にして、マシンは見事なパワーリフトを見せる。
 所謂ウィリーの状態で、抉れたコンクリートを、次いでタンクローリーのコンテナに乗り上げたましろは、障害物を飛び越えるべく、その勢いのまま中空へ飛び上がった。

 タンクローリーを飛び越えた先へ、安定角からもとの前傾姿勢に戻る瞬間にましろの目に飛び込んできたのは、赤いスナイパーが臨戦態勢に入った姿だった。


――大!


 スナイパーライフルの銃口が向かう先からは、漆黒のMk-Uがけたたましいエンジン音と共に、スピードを上げて逆走してきている。
 眼前に突如あらわれた、まるで映画のクライマックスシーンのような光景に、地に降り立ったましろは迷わずマシンを急停車させた。丁度マスタングによって相手が遮られる位置に停止してしまい、ましろは慌ててスタンドをたてたバイクの上へよじ登った。

 
 集中しているのか、こちらを顧みる事もなくスコープを除く男の背が一度、大きく上下する。スタンドと銃口の角度からして、狙う先はおそらく運転手の脳幹であろう。ましろはバイクに乗り上げたまま、左袖を大きくまくり上げると、仕込んできた折り畳み式のクロスボウを展開させた。
 
 彼が人間を止めるなら、自分はあの獣の如く迫るマシンの動きを止めねば。静かに前輪へと鏃を向け、距離と風を計算する。
 運転手を機能停止させたところで、おそらく車は止まらない。いかに赤井が優秀なスナイパーだとしても、即座に第二撃のタイミングを掴んで、タイヤを打ち抜く事は不可能に近い。


 同じく息を大きく吐き、矢を番える。ふと、ヘルメットごしに海上の風の音をとらえていたましろの耳に、微かな舌打ちが飛び込んできた。
 ハッとして運転手を見れば、ダッシュボードの陰に身を潜めるようにしてハンドルを操っている。

「クソっ!」

 咄嗟に本能で体を動かしたましろは、そのまま運転席へ矢を放った。それを見計らったかのように、矢がフロントガラスへ着弾する直前、スナイパーライフルが火を噴いた。



 運転席に血が舞ったのと同時に、前輪を撃ち抜かれた車はコントロールを失い、大きく車体をブレさせながらマスタングの脇をすり抜けていく。
 すわ、バイクにぶつかるかと思った矢先に、下方から腕を取られたましろは、たたらを踏んでバイクから引き下ろされた。

 Mk-Uは先ほどましろが飛び越えたタンクローリーへ勢いもそのままに横っ腹を撃ちつけるようにして停止した。その瞬間、嫌な音共にタンクローリーが風穴のあいた側壁から、飛び出た自重に耐えきれずに重力に引きずられていく。
 何かが引っ掛かったのか、Mk-Uも同じく側壁の向こうへと引きずられていき、そのまま中空へと消えていった。


 え、どうするのこれ。と思ったのもつかの間、再度腕を引かれてマスタングの助手席側の陰へ放り込まれた。同じように隣で身を潜めた赤井に目を白黒させていると、凄まじい轟音に次いで嵐のような爆風が身を揺らした。

「っわ!!!」
「慌てるな。これくらいじゃコイツは吹き飛ばん」

 思わずマスタングに手を添えたましろに、少々呆れたような目を向けた赤井は、視線を下り方面の車道へ戻す。
 その視線の先には、爆風で煽られつつもこちらに逆走してくる白いFD。


 赤井がましろの姿を隠すように立ち上がったのと、荒々しく停車したFDから人が降りてくるのはほぼ同時だった。こちらには目もくれずに爆炎の方へと走り寄った男の姿を、赤井の背中からそっと覗いて、思わず舌打ちをする。

 それが聞こえたのか定かではないが、こちらを振り向いた安室はいつもの通り赤井を睨み付けた。

「赤井…貴様―――おい、後ろにいるのは誰です。」

 ヘルメットをかぶっておいてよかった、と心底ほっとするましろである。
 フルフェイスのヘルメットは正直この状況では暑くてたまらないが、今は取るわけにもいかない。


 更に何か言いつのろうとした安室だったが、湾岸方面から近づいてくるサイレンの音に我に返る。口惜しそうに赤井をねめつけた後、足早に立ち去った。


 ぼんやりとそれを見つめていたましろは、徐に赤井が電話をかけ始めたことから我に返り、もぞ、とヘルメットを取り去って脇に放る。道が傾いているのだろうか。ゆっくりとあらぬ方向へ転がっていったそれは、赤井の足元で動きを止めた。

 おそらくブッラク氏にかけているのだろう、後始末なんて、この大参事はこんな電話一本で済ませられるものなのだろうか。

「FBIってわかんないなぁ」

 そう呟くと、電話を終えたらしい赤井がポイッとヘルメットが投げ返しつつ近づいてきたので、ましろも背に背負ったままだったボストンバックを放った。

「おや…ありがとうな」
「なんかすごく疲れた」
「追いかけてきたのはお前だろ」

 だって血が騒ぐじゃない。立ち上がらせてもらいながらそう言うと、軽く頭を小突かれる。

「それに疲れたのはあの男の顔を見たから」
「ホー…。てっきり車種で気づいていたかと思ったが」
「あの男の車種なんていちいち気にしたことないもの」
「…お前は本当に安室君が嫌いだな」

 そんなことよりほら、といって赤井はボストンバックからロール仕様の化粧ポーチを取り出して、ましろへ差し出した。

「悪いが更に頼まれてくれるか?」
「…だと思った」
「5分で頼んだぞ」

 パトカーとご対面はしたくないしな。他人事のようにぬかす赤井を、ましろはマスタングの中へ押し込んだ。

「わかってますよーーーいいから早くおとなしくこっちに顔向けてよ」



 助手席に回り込んだましろは、ファンデーションを手に取り、ため息をついた。

 夕食のローストビーフを堪能できるのはまだまだ先のようだ。












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