12
「―― 宮野明美の居場所を言いなさい」
久方ぶりに放ったマカロフの弾丸は、それはそれは小気味よく痛快に、ウォッカの帽子をかすめていった。
あの後、明美から一方的に言いくるめられる形で通話を切られた私は、翌日、バーボンが訪ねてくるのも待たずに研究所を飛び出した。
昨日と同様に少しどんよりと雨の気配を感じる。未だ曇りの状況だが、昨日耳にした唯一の音である電話越しの雨音のせいで、少し不思議な感覚だ。湿気が少々重たいが、肌が外気に触れたおかげで少しばかり気分がいい。
散々昨夜、眠りにつく直前まで頭を占めていたのは勿論、明美を止めるにはどうしたらいいかという事についてだ。それには何よりもまず、顔を合わせることが必要である、と即座に判断をつけた私は、おそらく当事者であろうウォッカとジンに話をつけるべくアジトに向かった。
アジトの一つであるビルへ足を踏み入れた私は、駐車場にポルシェを確認した。そのままワンフロアずつ確認していくも、なかなかあの大柄な二人組が見つからない。
流石に入れ違いになったか、とそろそろ不安を覚えてきた頃、廊下の一画で運よくウォッカの姿を見つけた私は、これ幸いとばかりに走り寄った。
私を発見すると、さも呑気そうに挨拶替わりのキャンディを手渡してきた彼へ、向かい合いざまにマカロフを一発お見舞いすれば、間一髪で躱される。背後の壁はどうやらモルタルだったようで、見事に弾丸がめり込んだ。
「ちょっ!と!!シードル!!!何すんですかい!!!!」
「安心して、これエアガンだから。秒速で200mくらいは出るけど」
ウォッカの顔が引きつる。
エアガンだが、飛ばしたのは鉛玉である。彼くらいの体躯の男であれば、膝をつかせる程度は可能な威力だ。
「Nun, ウォッカ?質問の答えは?」
「い、いや…いくらシードルの頼みでもそれだけは…それになんで今あの女に会いたいんですかい?」
「あら、友達が友達に会いに行くのになにか特別な理由がないといけないの?あとキャンディは頂戴」
「えっあ、へい」
差し出されたコーラ味に食指が動かなかったため、別のキャンディを出してもらっていると、僅かな気配の後、私の左側頭部へゴツリとした感触。
視線だけを遣れば、頭蓋骨の窪みへねじ込まんばかりに強く押し付けられる銃の向こう。こちらを睨み付ける銀髪の男が見えた。
「あらジン。私いま、あなたにぜーんぜん用事ないんだけど」
「そいつを下ろせシードル。また胸に大穴開けたいってんなら、手伝ってやらねぇこともないが」
「Fick dich」
「おめーが失せろってんだよ糞ガキ。それにな、教えたところでもうテメェの前にはあの女、姿は見せねぇだろうよ」
私にガキ、とは甚だ失礼な話だ。ジンの顔を見た瞬間から、忘れていた不快感がジワジワと侵食してくる。視界にその銀髪を入れないように、ウォッカに銃を突きつけたまま、代わりに彼を睨みつける。半分だけ見えるであろう私の顔つきが気に入らないのか、こめかみのシグザウエルがおろされる気配はなかった。
「それよりも任務だぜシードル?場合によっちゃ、それをさっさと終えた暁に、あの女の今のヤサを教えてやらねぇでもない」
その言い草が気に入らなかった。
口が閉じきらないうちに、その頭へ向けて左手首から投擲したドローイングナイフはいとも簡単に躱されたが、袖から飛び出した折り畳み式のクロスボウを、その鼻先へ押し付ける。
「この私を釣ろうっての??ジン、あなたも随分偉くなったのね」
「フン…さっきまで目の色変えてやがった奴が何言ってやがる」
「黙って」
とうとうお互い、向かい合って銃を構える形になった。ジンの腰元にも届かない身長の私では、リーチの関係で不利にならざるを得ないが、私の方が身軽だ。このゼロ距離でも、初弾くらいは避けることは可能である。
いけ好かない銀髪の脳天を、このままぶち抜いてしまっても目撃者はウォッカ一人。うっかり人差し指が暴走しても、取り繕うには十分な環境だった。
「いいからとっとと行け。あの方ご所望の情報を手に入れる、またとないチャンスなんだ。しくじりたくはねぇだろう?」
「ああもう、兄貴!シードルも!やめてくだせぇよ!!」
ウォッカうるさい、と口を開こうとした時、私のスマートフォンが着信を告げた。丁度ジャケットの胸ポケットに放り込んでいたために、振動が腕に伝わってきてしまう。
間の抜けた低い振動音を耳に受け、なんとなく張り合いのつかなくなってしまった私は、銃をおろした。舌打ちが思わず口をつく。
「……さっきの言葉忘れないでよ」
「Das ist bis zu Ihnen,シードル?」
「っ!やってやるわよ!!」
最終的に私が捨て台詞のようなものを口にしてしまったため、どうにも後味が最悪だ。
おかしい。私はウォッカの事を脅していたのに、こんなにも厭わしい思いをするとは。
ご褒美だとでも言わんばかりにウォッカがキャンディを手渡してくるので、苛立ちもそのままに、その足をヒールで踏みつけた。ついでに、痛みに体を丸めた彼の上着ポケットから袋ごとキャンディを奪っておく。
その場から踵を返し、エレベーターで1階へ下りる。その間もスマートフォンは震えっぱなしだ。もう一台持っていたスマートフォンを確認すれば、ターゲットと奪うべきブツの詳細が記されたメールが届いており、それにざっと目を通す。
表の大通りからタクシーに乗り込んだあたりで、鳴り止まない着信に観念して通話ボタンを押す。この時間にかけてくる相手と言えば一人しかいない。
「ごきげんようシードル」
「バーボン今どこ」
挨拶もそこそこに用件告げようと口を開けば、スピーカーの向こうでため息が聞こえる。
「ご挨拶ですね…どこに向かえばいいんです?」
「成田。私のパスポート持ってきて」
おそらく研究所の部屋に私が不在だったため、電話をかけてきたのだろう。ついでなので、おつかいを頼む。
「待ってください…今からだと1時間後位になってしまいますけど」
「丁度いいくらいだわ」
ひと仕事終えるのにはね。
そう言って、バーボンの返事を待たずに通話を切った。