18
「Uh……Ungesunde Gesicht」
「…俺に何か用だろうか」
任務を終えた赤井が組織のアジトに戻った直後、その少女は突然現れた。
身の丈およそ1メートルに満たないような小さな子供。しかしその可愛らしい見た目とは裏腹に、獰猛さを湛える凍てつく視線が赤井を射抜いた。
「あんたがライ?」
「そうだが。君は、」
「ジンから聞いてないの?」
子供らしからぬ視線に加えて、一瞬嘲る様な表情を見せた少女は、次いでため息をついて腕組みをした。
「シードル。これから私とあんたで一仕事よ」
今あんたが握ってるその情報の報告は後回しにして頂戴。と居丈高に告げる彼女はそのままクルリと踵を返し、地下駐車場に続く階段へと消えていく。少々反応が遅れた赤井へ、階下から日本語ではないボヤキが飛んできたため、急ぎ足でそれを追った。
駐車場内でその小さい姿を探せば、現在の赤井の愛車であるリンカーン・ナビゲーターの前で、扉を睨み付けるようにして腕を組んでいた。鍵を開け、助手席側の扉を開けてやれば、チラリと不機嫌そうな視線を向けられる。
「…Hobby schlechtes Auto」
「すまない、ドイツ語には疎いんだが」
「面白くない車ねって言っただけよ」
「それは…申し訳ないな」
この短時間で何か機嫌を損ねる事をしでかした覚えはないが、出会ってものの数分で、どうにも彼女は不機嫌だった。
「……15時までに下田馬場のハナダビル。住所は調べて」
赤井の車にはカーナビなどという文明の利器はついていなかったため、途中で調べるか、と目的地の名を反芻すると、視線を感じた。助手席を見遣れば、早く車を出せ、と言わんばかりに鋭いピーコックグリーンの瞳が赤井を穿つ。
彼女、シードルの情報は以前から入手していたものの、今回の接触は赤井も予想していなかった。己のコードネームを与えられて日も浅く、組織においても中枢にいる彼女との接触は暫く望めないと踏んでいたのがつい最近の事。
シードルは、外車特有の少し大きめの規格のシートに、態度こそ大きいが、その小さな身体をちょこんと収めている。
整った顔には少々ラテンの血でも入っているのだろうか。スッと通った鼻筋が、幼い顔立ちへ不思議な凛々しさを与えている。おそらく妹の真澄より、年の頃は下であろうその体躯からして、組織の幹部とは到底思えない。“お偉いさんの中にお人形さんがいる”という揶揄をいったい誰が言い始めたのかは定かではないが、赤井がまだ末端の構成員の頃、下っ端の間で有名な話だった。
車を発進させ、赤井が運転に集中していれば、少女は自身の荷物からごそごそと色々な物を取り出し始めた。
プラスチック片、何やら中身の詰まった小さなタッパー、アウトドアでよく用いられるマルチツールナイフを片手でクルリと回して見せた彼女は、最早こちらの存在はあまり気にしていないようだった。ナイフの一部に、珍しくハンマーが装備されている工具をチラリと見遣った赤井は口を開く。
「シードル、何をしているのか聞いても?」
「爆弾を作るの」
「ほー。それは頼もしいな」
「…馬鹿にしてんの」
「とんでもない」
不機嫌そうな眼差しが、再び赤井へ向けられる。肩をすくめて見せれば、面倒そうに視線が外された。得意分野は射撃と聞いていたが、爆発物にも明るいとはデータには無かったな、と一人ごちていれば、シードルはそのまま作業に取り掛かり始めてしまった。
「ロングレンジはどこまでいける?」
「実射ではまだ試したことはないが、700ヤード程度だ」
「700ヤード程度、ね。Hmm…優秀だっていう話は本当なのかしらね。――ま、ちょっとでも私の足を引っ張ったら…その頭に風穴が開くわよ」
Viel Gluck?と、ドイツ語交じりに嗤った少女は、早々に完成させたプラスチック爆弾をこちらに放って見せた。一瞬ギョッとするも、起爆装置は彼女の手の中に残されている。
「Geben Sie Ihr Bestes fur Nichts」
「…すまない。もう一度言ってくれないか」
どうも罵る時はドイツ語が飛び出すらしい。
ドイツ語と英語は似てはいるが、耳慣れない単語ばかりはどうにもならない。
「Huh ? Ich mag nicht! Warum habe ich es zu tun?」
流石に語気からして、最後の一言が明確な拒絶だという事は赤井にも分かった。
プイ、と機嫌を損ねたシードルは、とうとう赤井の存在を完全にシャットアウトし始めた。
これではお人形というより、わがままなお姫様の様だ…と内心結論づけた赤井は、仕方なくハンドルへ再度、意識を集中させたのだった。