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まるで宙を翔るように、遥か前方を走る少女を必死の思いで捕まえる。
我を忘れたかのようにもがく彼女を小脇に抱えた降谷は、そのままその小さな体を愛車の助手席に放り込んだ。
「どこへ行けばいいかもわかっていないでしょう」
「…Halt's Maul」
「靴も履かずに飛び出して」
「SchlieS den Mund」
「それに、行ってどうするんです。ジンと殺し合いでもするつもりですか」
「……」
投げ込まれた状態のまま、そのまま座席で膝を抱えてしまった彼女は、頑なに降谷に顔を向けようとせず、俯いたままだ。
「…シードル、」
「黙れって!言ってるのよ!!!」
ドン、とシートに拳が叩きつけられ、ようやく顔をあげたシードルは苦々しく顔を歪める。ここ最近、幾度となく目にする彼女の苦悶の表情だ。こちらを睨み付ける瞳は、少し水を湛えていた。
「バーボン、あなたに関係ないでしょ」
「おや、散々連れまわしておいてそれですか」
視線がかち合い、そのまま彼女の方からバツが悪そうに逸らされる。
罪悪感でももたげたのだろうか。
ため息をついた降谷は腕を伸ばし、彼女のシートベルトを締めた。
シードルはあまりにも見た目通り、時折こうして子供の様に感情のままに動く。
実年齢の程は定かでないが、降谷は正直、彼女の事をどう扱うべきか考えあぐねている節があった。
子ども扱いが過ぎれば相応の怒りをみせるし、大人として手放しで扱えば、事あるごとに拗ねる。そんな様を幾度となく見てきた。
なかなかに面倒な人物極まりない。
しかし毎度こうした彼女と接する度に湧き出てくる執着を、降谷は少々持て余していた。先程は連れまわされている、と少しばかり糾弾こそ向けはしたが、実際のところは降谷が彼女について回っているというのが、一般的な見解としては正しかった。それは相手が人知を超え得る存在で、非常に目をひくからからか、それとも。だからこそ己は、彼女に接近するという目的を果たす以上に、赤井のために仕掛けた思惑を差し引いても、無意識に献身的になっているのかもしれない。
一番に縋るのが己であれば。
承認欲求ともいうべき執着が何時の間にか内に生じ、気づけば最早、離れることなく降谷の思考の一部となりつつあった。
少女の一挙手一投足によって、心の内が侵食されていく。
「協力はします。…取り敢えず一旦、戻りましょう」
一瞬呆けた表情をみせたシードルへ、掴まっていてくださいよ、とその頭を一撫でする。思考を占める靄を取り払うかのように、降谷はエンジンを高回転であおった。
あらかじめローに入れておいたギアを一息に繋げば、ギャギャギャッという音と共に、RX-7は一般道上にもかかわらず、華麗なるロケットスタートをみせた。
背後でアスファルト混じりの白煙が舞い、一足飛びに急発進した車体は、瞬間的に勢いに煽られて揺らぐ。
「!?!?」
目を白黒させたシードルは、咄嗟にアシストグリップをつかもうとするも、彼女の腕では届くはずもなく、慌てて手近のドアレバーに縋り付く。
それをうっすらと視界の端で捉えた降谷は、待っていたと言わんばかりに、角を曲がるべくクラッチを蹴った。
「――っScheisse!?!?」
RX-7の大仰なドリフトは、シードルの少しばかり残っていた苛立たしげな顔色を、根こそぎ吹き飛ばしていった。
「ちょっとバーボン!!!!」
「舌噛みますよ!」
急ぐに越したことはない。