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ジン曰く「よくつるんでいる」間柄らしい私とバーボンのツーマンセル任務は、いつもの通り滞りなく進んだ。
RX−7の車高の低さにもいまだに慣れないが、ポルシェよりかは幾分乗り心地も良く、なによりも煙草くさくないところがお気に入りだ。
帰り道、車の行く先を特に指定した覚えはないのだが、バーボンはどことも知れない道をひたすらスイスイと進んでいく。
「ねえバーボン。ウザいから近寄らないで」
「急にどうしたんですシードル」
「ノリが悪いわね。あなたのだーい好きなジンからの伝言よ」
最近酷いんじゃありません?バーボンはハンドルを操りながらこちらに見向きもせず、口元だけを笑いのかたちに歪めた。
私が少し鼻で笑ってみれば、見目麗しい少女らしからぬ表情はやめた方がいいですよ、とたしなめられる。それが少し癪に触って、思わずシートの上で膝を抱えた。スカートの黒いビロードが、膝から波打って滑り落ちる寸でのところで横から伸びた腕が引き上げてくる。お前は私のお母さんか。
「こんな程度の事で私の貌容は崩れませんことよ?」
「…あなた、最近ますます図太いですね…誰の影響でそんな性格になったんです?」
「……私、たった今ジンと同意見になったわ」
最近、昔の己を顧みるような発言ばかりされてそろそろうんざりし始めていた。先週のジンしかり、アイリッシュに会った時も、ひいては普段人のことなど気にもかけないようなキャンティにさえ言及されれば、流石に気に障ってくるのも仕方ないだろう。何せ私には身に覚えのない変化なのだから。
そもそもこの男も、せいぜい二年ほどの間にどれほどの情報を手に入れたのか知らないが、そもそも私を語れるほどに情報を許した覚えもない。
街のネオンが夜に紛れてやかましく瞬いている。悶々とした考えが巡りはじめた頭には、それらが少々うっとうしく感じられてしまい、思わず目を閉じる。
皆、果たして私の何を知っているというのだろうか。
どいつもこいつも、小学校も半ばであろうかと見紛う私の容姿に対して直ぐに、何か馬鹿馬鹿しい幸福な妄想を抱き過ぎているのではないか。特に暗殺のために近づいたターゲットは軒並みそういったきらいがあり、実に可哀想である。
不機嫌をあらわにして、座面に浅く身を沈めていると、バーボンは私のシートのダッシュボードをコツンと軽くたたいた。
開けてみろということだろうか。指図のままに蓋を引けば、包装紙にで折り目正しくつつまれた箱が一つ。だいたい子供の頭の大きさくらいだろうか。
「なにこれ」
「鎌倉山の「チーズケーキ!!!」ご明察」
「なんで!?どうして??」
「僕を誰だと思ってるんです??」
「きゃー、流石探り屋バーボンさまさまー」
「棒読みが過ぎますよ」
数十秒前の嫌悪感はさっぱり飛んでいき、軽口を叩きつつももう意識は完全にチーズケーキの虜になった私は、我が物顔で包装を剥ぎ、蓋を開けて中身を確認する。
鼻をくすぐる一瞬のレモンの芳香と、甘く焼けたチーズの香り。至福以外の何物でもない。
「これが金色に輝くお菓子っていうやつかしら…」
「テレビの見すぎじゃないですか?」
「ものの例えよ」
万が一ということもあるのでそっと蓋を閉め、包装紙で適当にくるんでダッシュボードに戻した。それを見ていたバーボンが怪訝そうな顔をこちらに向けた。前を見ろ、前を。
「おや、てっきり今食べてしまうかと」
「子供じゃあるまいし、こんな殺風景な車内でこのチーズケーキを食べるなんてどうかしてるわ」
「…ああそう…」
少々呆れ気味のバーボンを余所に窓の外を窺えば、ちょうど有栖川宮記念公園を過ぎた交差点へ入るところだった。
「ところでバーボン。任務終わりの私へ幸せを届けてくれたご褒美に、夜のティータイムにつき合わせてあげようかな、なんて思ってるんだけど如何???」
西麻布で一番近い根城はどこだったか…と考えて、ふと気まぐれに頭に浮かんだ思いつきを、傍らの男に告げてみる。
このまま六本木通りにでて、リッツカールトンへ向かってもらおう。お誘い半分、足になってほしい半分の思い付きである。まあ、こんな回りくどいことをせずとも、この男ならいつも車を回してくれているのだが。
このあとご予定は?と小首をかしげて見せれば、一瞬目を瞠ったバーボンはすぐに不敵な微笑を口元に浮かべた。ちなみに目は全くもって笑っていないのは、もはや相変わらずの仕草ともいえる。
「レディの誘いなら喜んで」
「決まりね」
今日も夜は長い。