シードルは、あの魔性の女と同じく歳をとらない。



 現実的な事実ではないのは、降谷も十分承知している。しかし実際、数年同じ環境に身を置く中で観察をしていても、あの6・7才程であろう子供の体躯が成長した様子は一切ない。

 それに加えて、これは最近気づいたことだが、髪の毛も伸びている気配がないようだった。爪はさすがに確認できなかったが、髪に関しても降谷は確証を得ていた。二年前まで腰ほどの長さであった髪を一度、彼女が任務中にバッサリと失って以来、ほぼ毎日髪の手入れと称して様子を窺っていたのだから間違いない。乏毛症とういう病は、毛が生えないだけでなく伸び止まることもあるとは聞くが、どうもそういう系統の仕組みではないように降谷は感じていた。


 





 シードルはビスクドールのような整った顔をしている。鏡に映る面差しが、今は少々眠たげである。どうも朝が弱いらしい彼女は、こうして降谷が髪を整えている間、いつもうつらうつらと舟をこいでいた。小ぶりの椅子に腰かけた彼女の頭が、先ほどから背後に座している降谷の胸のあたりで彷徨う。普段は降谷の腰元以下で彷徨っている頭頂部が、今この瞬間は、彼女が振り向けば視線を合わせられる高さにあった。それこそ、近づけば唇が触れられる程の距離に。



「…なあに、バーボン」

「いえ、相変わらず綺麗な御髪だと思いまして」

「褒めても何も出ないわよ」



 相変わらず気配には敏感だった。
 肩口より上で切揃えられているそれは、そのまま持ち上げて照明の光を含ませれば、鈍くハシバミ色に輝く。その髪一房へ、降谷が吸い寄せられるかのように唇をよせたことに気づいたのか、シードルは身じろぎもせずにクスクスと笑った。

 そういえば、あのいけ好かない男も、彼女のこの髪をいたく気に入っていたことを思い出し、己の眉間へ皺が刻まれたのを感じる。同じ色を、一瞬でも好ましく思ってしまった事へのほんの僅かな苛立ちを隠そうと、手にした柘植の櫛をサクリ、と揺蕩う髪に滑らせた。





 ここ二年ほど降谷はボスの情報を掴むべく、この小さな少女に張り付くようにして、関係を築いていた。
 降谷がまだコードネームも持たない頃、一番最初に出会った幹部が彼女だった。今でこそベルモットに「足」と揶揄される程に、献身的にその役目を熟しているが、この出会いの初任務も、所謂車をまわす役目ときたものだから今でも笑ってしまう。

 まだ何か大きな情報を得られたわけではないが、思い返せば降谷がバーボンとしての存在を確立したころは、特にまわりに興味を示さない、それでいて飄々とした妙な性格の子供だった。
 しかしそんな彼女と幾分、気安い間柄になることが出来たのは、かつてフォーマンセルで任務にあたっていた機会が多かったことが起因しているのだろうか…少々やかましいあの頃の記憶が、降谷の脳裏に飛来する。バーボン、スコッチ、ライ、そしてシードル。あの悪夢のような男のおかげで、彼女に近づくための理想的な空間が崩れてしまった事は、思い出すだけでも腸が煮えくり返るようだった。


 死と裏切りの応酬を経て、己と彼女の二人のみがこの暗い澱みに取り残されている。
 しかし結局のところ取り残されてしまった分、ベルモットはさて置き、今一番彼女に近しい存在になりつつあるのは己であるという手ごたえを、降谷は少しづつ感じ始めていた。
 


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