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赤く色づけられた木の実を模したプラスチックの塊。
表面はトロリとした光沢に覆われている。
そのキーホルダーを発見したのは、とある昼下がり、丁度身支度を整えてもらい終わった直後。立ち上がった時にうっかり散ばせてしまったヘアピンを拾い集めようと、ベッドの下を攫った時だった。
指先に何かヘアピンではない手応えを感じて手にしてみれば、500円玉ほどの大きさのリンゴがチェーンの下で揺れる。
「あれ、そのキーホルダー。しばらく見かけないと思ったら…そんなところに落としてたんですか、あなた」
「??」
バーボンのその一言に、思わずぽかんとしてしまう。
チラリ、と掲げられたキーホルダーに目を向けたバーボンは、私の様子に気付く事無く、私の寝床のベッドメイクを続けている。まさに母親のごとし。そんな律義さを発揮しなくとも、後で研究所員の誰かが適当に整えてくれるのに。にもかかわらず、バーボンは私を訪ねてくる度に、マメに世話を焼いてくる。
そもそもこの自室はかつては全て白で統一された、何もない空間だった。2年前、研究所での寝起きを強いられるようになった私を訪ねてきたバーボンは、そのあまりの殺風景さに唖然としていたものだ。
(今から健康で文化的な最低限度の部屋を調えさせてもらいます。嫌とは言わせません)
今では彼によって、ブラウンを基調とした可愛らしい内装が完璧に整えられている。
その調度品の一つであるロッキングチェアに腰掛けると、一仕事終えた彼が、私の背の下で揺れる木組みに凭れかかってくる。
そのまま無言で私の手の中にあったキーホルダーを摘みあげたバーボンは、一瞬何かを探す素振りを見せた後、ベッドサイドに開け放たれていた私の銃ケースへ近づく。
カチャリと取っ手に通されたチェーンの先で、リンゴがキラリと光を受けた。
しかし、重力に従ってぶら下がったそのリンゴの様子に、どこか違和感を覚えてしまう。あるべきところはそこではないような、そんな不確かな軋み。
「ここが一番無くさないんじゃないですか?」
「ああ、うん……ありがと」
彼はさも大事なもののようにこのキーホルダーを扱う。
確かにしばらく前、どこかへやってしまったものだった。
しかし、それを見つめれば見つめるほど、違和感の膨らみはどんどん私の脳裏を圧迫していく。
いつどこで無くしたのか、あまつさえこのキーホルダーをどういう経緯で手に入れ、どういう経緯で後生大事に持っていたのか。本来ならばキーホルダーへ付いてあるべき情報の数々が、私の頭からさっぱり抜け落ちていることに気付いた。
「宮野さん…でしたか?お揃いのものなのでしょう??」
耳慣れたその苗字を告げられ、思わずバーボンの方へ向き直る。どうしてそれを知っているのだ、という言葉が口をつきかけた一方、今の今まで“忘れていた”という事実を意識して、唇が戦慄いた。
宮野明美と私。お揃いのキーホルダー。
忘れもしない大切な思い出のはずだった。
私の顔を視界に入れたバーボンの目が僅かに瞠られる。
晒されたその碧い目に映りこんだのは、みっともなく歪んだ、今にも泣きだしそうな顔だった。