「だーっ!いきなり脱ぐな!!」
晃牙がヒステリックに叫んだ。慌てて腕で顔を覆った彼に名前は笑い声を上げた。
「ふふ大丈夫だよ、下穿いてるし」
「そういう問題じゃねぇだろ!」
え〜と名前は不満の声をもらす。彼女としては、仮に今回のように下に短パンを穿いていなかったとしても、ちょっとくらい下着を見られても平気だった。この面子になら。
「この痴女がっ!」それはもう彼のお決まりの台詞になっていた。
「はいはい思春期くんごめんなさいね〜」
ひらりと手を振った彼女に、気分を害した晃牙が拳を握った。
「おいテメェ、女だからって今度という今度は許さねぇからな…?」
「あらあらぁ、思春期くんは手も早いのね。私のカラダの危機かしら?」
名前はけらけらと笑う。
「こ、の、く、そ、あ、ま〜…!!」
腕を振り上げていよいよ殴る準備に入った晃牙を見て、慣れたようにアドニスが彼を押さえつけた。「大神、それは駄目だ」
ぎゃんぎゃん吠えて不快感を露わにする彼を横目に、彼女は馬鹿にしたように鼻で笑う。幸いなことに、彼は拘束から逃れるのに必死で見ていなかった。危うく新たな戦争が勃発するところだった。
「だいたい、なんでテメェは毎回ここで着替えるんだよ!」
アドニスに半ば噛みつくように警戒しながらも、彼は怒鳴った。
「なんでって……だっていつまでもこの格好じゃなんか変じゃない?」
折り畳まれた夢ノ咲学院の男子用の制服――基、アイドル科の制服を名前はぽんぽんと叩いた。それは彼女が先ほどまで着ていたものであった。
彼女は毎回、アイドル科に訪れる際はバレないように男装して潜り混んでいる。一応彼女もこの学院の生徒ではあるものの、残念ながらアイドル科の生徒ではない。アイドル科のセキリュティは恐ろしく強固なものなので、さすがに同じ学院の生徒といえどそう易々と入ることはできないのだ。だから彼女は毎回、どこかのユニットがドリフェスを開催する際に、こっそりとこの軽音部の部室まで男装して訪れていた。
「たしかに、名前ちゃんはせっかくそんなに可愛い女の子なのに、男のカッコしてるところなんて見たくないね」
すると先ほどからずっと携帯と睨めっこをしていた薫が米神を押さえ、頭を振った。
「でしょお?薫はやっぱり分かってるねぇ」
「じゃあこの後二人でどっか行かない?」
ぱ、と華が綻ぶ。
「え〜この後は用事がある」
「え〜」
「おい、話を変えるなっ!」
晃牙が隙をついて逃げ出そうとしたが、難なく羽交い絞めにされてしまった。
「どうどう、大神」
キッと彼は歯を剥き出しにしてアドニスを睨みつける。「うっせぇ!離せ!!」
ギィ、と軋むような音が鳴った。何故かその音は室内によく通った。
名前は高揚感と共に振り返る。
「…はぁ、毎回毎回よくやるのぅ」
その騒ぎで、ようやっと寝起きのぼんやりとした状態から覚醒したのか、零が肩を緩く回しながらぼやく。時折頭を押さえては眉間にシワを寄せるので、うるさくて身体に響くのだろう。
「零、おはよう」
「ん」
口許に薄く笑みを浮かべた零は彼女を手招きした。
「なあに?」
「……ふむ、香水変えたかの?」
くんくんと首筋に顔を寄せ、片手間に彼女の髪をくるくるといじった。名前は零のこういうところが好きだった。そうだよ、と満面の笑みを浮かべた彼女にまた彼もつられて笑みを浮かべる。
「いい香りじゃの」
「でしょ?でもあんまりつけると誰かさんがうるさいから、ほとんどつけてなかったのに、よく分かったね」
「言っておくが俺も当然分かったからな!」
抵抗するのをようやく諦めたのか、晃牙は肩で息をしながらも、彼女たちの会話をうかがっていたらしい。まるで褒めてくれと言われているような気がして、名前は思わず吹き出した。
するとそれまで話に口を出さなかったアドニスまでもが「俺も分かっていた」と付け足す。彼女はなんだかそれにむず痒く感じた。いつの間にか、後輩たちの荒事から逃れるように彼女たちのそばに来ていた薫も笑いを漏らす。
「あんたたちほんっと可愛いねぇ」
「可愛いのぅ」
「こんなこと言いたくないけど、ちょっと同感しちゃうね」
三人が慈愛に満ちた表情で頷く姿に、かっと晃牙の頬に熱が集まった。「うっせぇ!年寄りどもが、ガキ扱いしてんじゃねぇよ!!!」残念なことに、照れたように吠えるその彼の姿は、三人の笑いを助長させる要因にしかならなかった。
ひとりよく分かっていないアドニスは首を傾げる。それに気づいた名前が彼のもとまで行き、我慢できずに頭を撫でた。余計訳が分からないアドニスは頭を悩ますが、とりあえず褒められていることだけは分かったので素直にそれを受け入れた。
「名前先輩はよく俺の頭を撫でるな」
「イヤ?」
「姉さんたちにやられるときは何か裏があるのではないかと疑ってしまうが、名前先輩のは心地がいい」
彼はアルカイックスマイルを浮かべた。
「そう?アドニスは本当にいい子だねぇ」
「ありがとう」
二人の間におよそUNDEADらしくないのんびりとした空気が流れる。気にくわない晃牙がそれに舌打ちした。また吹き出しそうになった薫の腕を、零がこっそりつねる。
「ちょっと、痛いんだけど朔間さん」
「はてなんのことかの?」
すっかり不機嫌になってしまった晃牙は、自分のギターを引っ張り出し床に座ると、乱暴にかき鳴らした。爆音に包まれた部屋に居心地が悪そうに名前は肩を寄せる。ロックは好きだが、うるさいのは苦手だ。
「晃牙、音量下げて」
「知るかよ」
つっけんどんな態度をとる彼にやれやれと彼女は肩を竦めた。そして動こうとしたアドニスを軽く手で制し、彼に近づく。晃牙は彼女がそばに来たことを知っていたが、あえて無視した。いないこととした。
怒りの感情を表しているのか、稲妻のように鋭い旋律は止まらない。
彼女は晃牙の顔を覗き込んだ。むすっとしている。
目の前で手を振ってもちっとも反応しないので、名前は彼の隣に間隔を置かずもたれるように座った。一瞬旋律が乱れたが、根性なのかすぐに持ち直した。
「ねぇ、零、今日のUNDEADの打ち合わせはもう終わったの?」
「まだじゃが…まぁ、わんこがその調子なら後日とするかの」
「あ、ほんと?じゃあもう帰ってもいい?」
薫が眸を輝かせた。
「薫くんはちと話があるからダメじゃ」
「えー」
逃げ出そうとした薫の腕を掴み、零は後輩二人に解散を伝えた。「今日はもう帰ってよいぞ。また今度連絡を入れるからの、その時はよろしく頼む」アドニスは少し困ったように晃牙と零を見比べた。
旋律が止んだ。晃牙が立ち上がる。――かと思いきや、名前によってまた床へと引き戻された。
「な、にすんだよ!」
口調こそ荒いものの、しかし振りほどこうとはしなかった。
「あのね、私今日ハンバーガーの気分なの」
くいくい、と裾が引っ張られる。
「は?」
「モス行くよ、モス」
きょとんと晃牙は目を点にした。「は?」そしてもう一度聞き返した。
「だから今からモス行くんだってば、ほらアドニスも準備して」
まさか自分に矢が刺さるとは思ってなかったのか、帰る支度をしていたアドニスまでもがフリーズした。
「分かった……いや、確か名前先輩は今日用事があると言っていなかったか?」
言葉の意味を咀嚼していた晃牙が少しずつ顔を緩めさせていたが、アドニスのそれに再び眉間にシワを寄せた。
「…そうだ、テメェさっきそう言って羽風…先輩の誘い断ってたじゃねぇか」
「そうだよ?」
名前はにこりと微笑む。
「あ?」「ふむ?」
「だから、今日は晃牙とアドニスと三人でモスに行く予定だったの」
準備して、と短く告げると、名前は先ほど折り畳んだばかりの制服にまた足を通し始めた。
なにそれ、と薫が低いトーンで漏らす。
「や、ちょっと待てよお前…」
「なに?モス行きたくないの?アドニスは?」
「行く」
どこか足並みが軽い。アドニスは手早く荷物をまとめると、二人のそばまでやってきた。
よしよし、と褒められる彼は少し楽しげだ。
ぐっと晃牙は何かを言いたそうに口を開いては閉じてを繰り替えした。文句を言ってやりたいが、いろんな感情が混ざり合ってうまく言葉が出てこない。そんな感じだった。彼女はそれに振り返ると、小首を傾げた。
「行かないの?」
私、晃牙とアドニスと三人で寄り道したいなぁ、と――。
とどめだった。
「……、しょ、しょうがねぇから、…付き合ってやんよ……」
腕で口許を隠し、震える声で伝えるとそっぽを向いた。
「ん、よし」
よしよしと頭を撫でられる彼の腰からは、振られる尻尾が見えるかのようだった。
また薫が吹き出しそうになって、零につねられる。
「だから痛いってば!」
「薫くんが悪い」
(20160228)めっちゃ懐いてる後輩組。主人公は零の知り合い。