※朔間家長女(姉)
※いつもの姉さんと兄弟話
※ハロウィンイベント
名前は、自分は今、夢でも見ているのかと思った。
ハロウィンだけあって、ステージには所々にジャック・オ・ランタンの不気味な笑顔が蔓延っている。その目と口から漏れでる光と、燭台から見下ろす光は、まさに雰囲気を盛り上げていた。ただ、あくまでもこれはライブステージなので、暗すぎることもなく、時折走るスポットライトの光が現実に引き戻させた。
セットのコンセプトは洋館のようで、確かにそれらは自分の弟たちにぴったりの演出だっただろう。
だからといって、まさかこんな場面に巡り会えるとは思いもしなかった。名前は再度、目を瞬かせた。
「零と凛月が、一緒に歌ってる……」
その呟きは歓声によってほとんどかき消されてしまったが、隣にいた真緒にはしっかり聞こえた。真緒は彼女がとても眩しそうに眸を細めるのを、そっと眺めていた。
*
「だからと言って……、」
真緒は頭を抱え左右に振った。
「さすがに写真を撮るのは、駄目です」
「ごめんね…」
この歳にもなって年下に怒られているという事実と、年下に迷惑をかけているという事実が彼女を突き落とす。先ほどまでの高揚感が少しずつしぼんでいく。
自分の弟たちが仲良く背中合わせで歌っている姿を見て、無意識に、それが使命であるかのように、この光景を残しておかなければと思ったのだ。ライブ中のマナーなどすっかり抜け落ちていた。
そこを慌てた真緒に止められ、閉幕した今、お小言を受けながら楽屋へと向かっている。彼女はもう一度謝罪した。
真緒はそんな彼女を横目に、小さく溜息をもらした。年上を叱る方も、しんどい。
「…まぁ、俺も分からないわけでもないですよ。本当にびっくりしたし」
その言葉に、一瞬にして顔を輝かせた名前が腕にしがみつく。
「でしょ!?ね!?あれって夢じゃないよね!?」
およそ彼女らしくないその興奮具合に、真緒は固まった。彼にとって彼女は幼馴染の姉であり、幼馴染の一番の甘える対象であり、また彼にとっても理想の姉そのものであった。そんな彼女が年相応の女子のごとくはしゃいでいるのはとても珍しく、真緒はとても微笑ましく思った。それほど嬉しかったのだろう。
「そうですね、夢じゃないです」
思わず、頭を撫でてしまった。
すると彼の頭に小さな衝撃が落ちる。
「ま〜くん、いくらま〜くんでも、それは許されないよ」
凛月だった。
不機嫌さを惜し気もなく表し、繋がる二人の腕に続けて手刀を落とし引き離した。「まったく、いよいよま〜くんまで名前に手を出すとはねぇ」子どもの成長は恐ろしいね、とひとりごちた。
「はぁ?何言ってんだよお前」
ここは楽屋に向かう廊下だ。内容が内容なだけに、誰かに聞かれてないかと真緒は辺りを見回した。
凛月はそれにまったく気にしたそぶりもなく、淡々と告げる。
「名前はまだあげないよ」
「…あー、ハイハイ」
このまま相手をしても埒が空かないと思った彼は、それを否定しなかった。
そして確かに可愛いと思ったとはいえ、年上に対して頭を撫でるなど軽率な行為だったと恥じる。
「名前さんすいません、生意気でしたよね」
「え?別にいいよ。何だか新鮮だったから、ちょっと嬉しいくらい!」
やはり未だテンションが上がったままの名前は、ちょっぴりハイトーンで気にしてないとにこやかに返す。
するとそれを見た凛月が驚いて彼女を凝視した。彼にとっても彼女のそれは珍しい。
「名前?ねぇどうしたの?今日は何だかとっても楽しそう」
「え!?あ、そ、そうかな…?」
ここにきて彼女は初めて自分の失態に気付いたようだった。怪訝そうな凛月と、二人を微笑ましそうに見つめる真緒を視界におさめ、慌てて平静を取り繕った。
そうだ、と無理矢理話を変える。
「凛月、お疲れさま」
彼女はいつもするように弟の頭を優しく撫でてやった。
普段であればそれに嬉しそうに口許を緩めるはずなのだが、未だ正装したままの彼はどこか釈然としないらしい。じっとりとした目で彼女を見つめた。
「……」
沈黙が走る。
「り、りっちゃん何かな〜」
「…ま〜くんと何かいいことあった?」
ぎょっとして真緒が凛月を見る。
「!まてまてまて、俺は関係ないから」
「ふーん。じゃあ何なの?秘密はやだよ」
母親に甘える子どものように、彼女の裾を握る。姉がそういった仕種に弱いことを知っての行動だった。
案の定、名前はぐっと押し黙る。しかし彼女としても恥辱を受けることは避けたいし、本音を話してしまえば面倒な弟の機嫌を損ねてしまうやもしれないので、そう易々と話すことはできない。
「え〜、だから、……気のせい。そう、気のせいだよねぇ真緒くん〜?」
真緒が再びぎょっとした。凛月の鋭い視線が身体中に突き刺さる。
彼は逡巡した。彼女を助けるか、否か。
名前にとって不幸中の幸いといえば、元来彼がこういった面倒ごとは“すき”だということだ。それに寛容である。なので彼は本能的に逃げられなかった。
諦めたような真緒と視線が交わり、名前は口角を上げる。
そのときだった。
急に首元に何かが触れ、名前は嫌悪感に悲鳴を上げた。
「くっく……名前は相変わらず可愛いのぅ。クラクラしそうじゃ」
零だった。
背後から彼女の両肩を掴み、首筋に顔を寄せ笑い声をもらす。吐息が耳元にかかり、彼女は身を捩らせた。
「兄者」
すかさず凛月が反応し、それを咎めた。やわらかかった表情が瞬時に軽蔑のものに変わる。吹雪が舞い込んできたかのように辺りの温度が下がっていった。
通りがかる生徒がその不穏な空気に何事かと視線を寄越してきた。しかしそこにいるのが三奇人である朔間零とその弟であるのが分かった途端、そそくさと踵を返していく。
まさに一触即発といった雰囲気だ。
名前はこれはまずいと冷や汗を垂らした。同じ顔の真緒とこっそり会話をする。
(面倒なことになったね…ライブ後の高揚感で二人とも自分を制御できないかも)
(とりあえず凛月は俺が引き取ります)
二人神妙な面持ちで頷く。
しかし、それも杞憂に終わった。
注意を受けた零が弟の顔を見ることもなく、大人しく引き下がったからだ。手をひらひらさせながら、争いはごめんじゃとでも言うように。
二人はほっと一息吐いた。
「……ハァ、零。そういうのはやめてよね。びっくりするじゃない」
名前はくるりと振り返ると、目尻を上げて叱った。なぜかそれに零は喉を鳴らす。
「え、なに?怒ってるんですけど」
「いや、いや、別に大したことはないんじゃが……」
ふ、と零が真緒を捉える。
「ふむ、少しばかり思い出してしまってのぅ……っくく」
笑いが止まらないらしく、抑えられているはずの口許から息がもれ出す。
「はぁ?」
いよいよ意味が分からない名前は少しむっとした。自分の顔を見て笑われて、いい気などしない。
そんな姉の様子を悟ったのか、凛月が守るようにそれを断ち切った。彼にしては珍しいはっきりとした声音だった。
「ねぇ、そろそろ行こうよ。俺とっても不愉快で、不快で、不機嫌だからさ」
そう言って名前と真緒の腕を掴み、さっさと歩き始める。引っ張られた二人は慌ててそれに付いて行こうとした。
「いや、なぁに面白いことがあっての」
三人の背後から零の上機嫌な声が聞こえる。
「実は先ほどのライブで、我輩と凛月が歌っている最中に、写真を撮ろうとした“熱狂的”なファンがおってのぅ」
「……」
名前がいきなり足を止めたので凛月も止まらざるをえなかった。
「…名前?」
「あまりの興奮に、マナーなんて忘れてしまったんじゃろうか。ちょっぴり騒ぎになりかけてたのが見えてしもぅての」
嬉しいのぅ、なんて白々しい声。含み笑いが隠せていない。
名前はまったく動かなくなった。
凛月にはなぜ彼女が動かなくなってしまったのかは分からなかったが、兄のせいだということだけは分かった。だから、兄のその的を得ない世間話に終止符を打つことにした。
あのさ、と騎士が動く。
「……マナーを守らないのも、兄者といるところを撮ろうとするのもまったく同意できない。けど、俺のこと好きでいてくれてることには変わりなくて、それは嬉しいから、俺は兄者と違って笑いはしない」
ぽかんと、真緒が口を開けた。零も鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
そしてついには、名前がその場に顔を覆って蹲ってしまった。
「え?名前?どうしたの?」
凛月はびっくりして、姉のその様子に困惑する。具合でも悪いのかと背を撫でた。
「凛月…お前ってすげぇな……」
自分が言われたわけでもないのに、真緒は羞恥心でいっぱいになった。口許を手で覆って、赤くなりそうな頬を隠す。何かが身体から出てくるような錯覚に陥った。
「は?」
この場にいる凛月だけが、何が起こっているのかを理解していない。真緒の言葉は気になったが、そんなことよりも彼女のことが心配だった。どうしていいか分からなくて、小刻みに震える彼女をそっと抱きしめる。「逆効果……」真緒が呟いた。
「うーむ、今回は凛月の勝ちかの」
「残念でしたね」
真緒の乾いた笑いとともに、零の溜息が辺りに浸透していった。
(20160426)このあと事の真相を聞いた凛月が、しぶしぶながらも写真を撮らせてくれる。
凛月がほんとにこんなこと言ってくれるかは分からないけど、零と真逆のことをするだろうな感はあるからそれです。
余談にはなりますが、我が家の弟零くんは、姉の呼び名を「名前」と「名前ちゃん」で呼び分けています。姉含め第三者がいるときや姉の話をするときは「名前」、そして姉と二人きりのときは「名前ちゃん」です。はい、無意識に甘えん坊です。今までの作品を見てもそうなってると思うので試しに読んでみてください。