※主人公は20代CR社員
「きゃ〜〜エーたんこわァいッ!」
暗闇のなか、蛙が潰れたような声がした。次いで名前の右側に何かが飛び込んでくる。
「ちょっと、エー!危ないからいきなり走らないでよ!!」
ユゥだ。恐らく先ほどの蛙は彼だろう。
今この部屋には名前とエーダッシュ、ユゥ、そしてシエルの四人しかいないからだ。シエルがまさかそんな情けない声を出すとは思えないし、彼女の位置からは少し遠いところから聞こえたので、やはり彼以外には考えられなかった。
「名前ちゃん〜、閣下ァ、」
エーダッシュが甘えたような声を出して、二人の腕に自分の腕を絡めた。フフ、と笑い声が聞こえる。「エーは暗いところが好きそうなタイプだと思っていたが」そう言って、シエルは肩を揺らした。
「え〜〜〜〜エーたんか弱いからァ、守ってもらわないとォ〜〜」
「そうですよね〜〜。か弱いエーダッシュくんはオバケが怖いんですもんネ〜〜」
「アァ!?ユゥくんそれはオマエだろォ!?」
「はぁぁ〜〜!?違いますぅ〜〜〜!!」
するとぱん、と何かを叩く音がした。
「いいからお前ら、少し静かにしてくれ」
「「………」」
普段よりもいくらか低い声のシエルに、二人はすぐに大人しくなる。
名前はどんな状況下でも変わらない彼らの姿に安堵するとともに、苦笑いした。そして身を縮こまらせたエーダッシュがすり寄ってきたため、頭であろう箇所を撫でてやる。しばらくそんなことをやっていると、段々と暗闇に目が慣れてきた。どうやらテーブルの向こう側でユゥがふてくされているようだ。
(というかいきなり停電になっちゃって、私のパソコンは大丈夫だろうか―――。)
*
そもそも、彼女は本来ならば今は勤務時間中だ。休憩にと歩いていたところを、エーダッシュに捕まってしまったため、彼等とともにこの溜まり場―――否、シエル専用休憩室―――にいるだけなのだ。
この休憩室、広さこそないものの(とはいっても10畳はあるが)かなり居心地のいいものとなっていた。
センスのいい革張りのソファーにガラステーブル、本棚、大型液晶テレビ、冷蔵庫、コーヒーメーカー等々。ほとんどワンルームと変わらない。何が一番驚くかといえば、これらがすべてシエルの手によるものではなく、社長が彼のために用意したということだった。モモチが苛立たしそうに舌打ちするのもよく分かる。正直、名前の家よりも豪華だった。
そんな快適空間が彼らの目に止まらないわけもなく、特にエーダッシュは好んで遊びに来た。シエルも特段独占するわけではなく、むしろ好きに使ってくれと好意的だったので、自然と彼らは事務所に寄る際はここで時間を潰すようになっていった。
おかげで彼らの私物が増える、増える。エーダッシュの場合、大抵の物がロッカーに入りきらないので、この休憩室に「エーたんBOX」なるものまで配置し、玩具やらお菓子やら色々持ち込んでいる始末だった。
なので今日も例外なく、彼らはここで時間を潰していたのだろう。
名前がエーダッシュに手を引かれて目にしたのは、ソファーに座って優雅に珈琲を嗜むシエルと、その向かいのソファーで頬杖をつきながらテレビを眺めるユゥだった。
部屋に到着したエーダッシュは「じゃ〜〜んッ!!名前ちゃん連れてきましたァ〜〜!!!」と大きく万歳したかと思えば、彼女を放り、そそくさと件のBOXへと走って行った。
「……はぁ。…二人とも、お疲れさま」
「お疲れ様」「お疲れサマ」
名前は簡単に彼らと挨拶を交わすと、シエルの隣に座った。テーブルの上にはお菓子が散乱しており、思わず彼女は目を輝かせた。疲労した身体に糖分は申し分ない。大方部屋をうろちょろしてるエーダッシュが散らかしてそのままなのだろう。
せっかくだから頂こうと真剣に吟味していると、シエルに笑われた。「この前、確か甘いものは控えると言っていなかったか?」反論したところで更にからかわれることは分かっていたため、名前は睨むだけで終わらせた。
エーダッシュがばたばたと部屋を走り回る。鬱憤が溜まっているようだった。
今日は朝からずっと雨が降っているため、彼の元気はあまり余っているらしい。部屋に来る途中聞いた話だが、今日は本来ならば屋外で音楽雑誌のインタビューの撮影だったそうだ。だがこの雨で中止となってしまったらしい。なんでも、前から楽しみにしていたお気に入りのレジャー施設での撮影だったようで、相当そのことでごねられた。(そして彼女はなぜか、今度一緒に行く約束をさせられた。)
雨は、お昼を過ぎても強くなる一方だった。そして次第に雷までも鳴り始める。まさに最悪の天気だった。
するとここで、耐えきれなくなったユゥが、エーダッシュを注意した。「テレビが聞こえないから静かにして」それを聞いた彼はけろっとした顔で「あらあらァ、ジジイは耳が遠くて大変ですねェ〜〜」とけらけら笑う。そして雨のせいか、はたまた別の理由か、あまり機嫌のよくなかったユゥの雷が落ちた。
「〜〜あぁもう!ジジイジジイって、オマエさぁ、」
――と、同時に本物の雷も落ちる。
そして、停電した。
*
「さて、家であればブレーカーを探すところだが……。ここは事務所で勝手も違うだろうし、電気が付くまで動かないのが得策だろう。いいな?」
「ラジャー!」
「ハイハイ」
「そうだね」
名前が頷くと、赤子のようにはしゃいだエーダッシュが足をばたばたさせた。「なァんか、オラ、ワクワクすっぞーーッ!!」その勢いのまま彼女を引き寄せたので、名前はエーダッシュの方によろけてしまう。気のせいでなければ、シエルも同じ目にあっているようだ。ふわりと彼の香水のかおりがした。
「ちょ、ちょっと、エー!あんま動かないで!暗い上にただでさえ狭いんだから!頭ぶつけそう!」
「え〜〜、だってオレ、閣下と名前ちゃんに挟まれちゃって興奮しちゃってるってゆ〜か〜〜??両手にしあわせがいっぱいいっぱい〜〜〜って感じィ?」
停電という予期せぬ展開に、エーダッシュの暇が潰れたのだろう。雨のせいで鬱々していた分、比例していつにも増して動作がオーバー気味だった。両脇に座っている二人は、ただただ彼の振動で被害を受け続ける。
「わかった、わかったからエー。これでも食べてちょっと落ち着け」
そう言ってシエルは、目を凝らす。
「ン?閣下な、はむ、、」
そしてテーブルに広がっていたお菓子の中からポッキーを取り、未だ騒がしく動き回る彼の口に突っ込んだ。途端大人しくなるエーダッシュ。先ほどまでは彼のその声に掻き消されていたが、外では雷がごろごろ鳴っていた。時折光っては視界が晴れるので、どうやらシエルは彼を黙らせる方法を探していたようだった。
「ンまァ〜〜〜!!!!」
「よしよし」
シエルは満足そうに頷いた。
「いや、シエル……甘やかしすぎでしょ」
ユゥが頭を抱えた。
「ね〜〜名前ちゃんも、あ〜〜んしてェ?」
まさかやらないよね、という強い視線を感じたが、名前はシエルと同じようにお菓子を与えてやった。「ん〜〜エーたんちょお愛されてる〜〜」スキスキ、と言ってまたエーダッシュがすり寄ってきたので、彼女はいつも通り頭を撫で、その後も次々に適当なお菓子を与えていった。餌付けしている気分でちょっぴり楽しい。
シエルも、エーダッシュがなんでもかんでも口に入れるので、面白がって「これはどうだ?」と与えていく。そうやって三人で遊んでいると、ひとり蚊帳の外のユゥがいらいらした様子を隠しもせずにひとりごちた。
「……フゥ……そうやってさ、二人はいつもいつもエーのこと甘やかすよね。だいたいさ、……!」
やけにその声は部屋に響いたので、三人だけでなく、ユゥ本人も驚いたようだった。慌てて「っていうのは冗談で〜!」と付け足したが、残念ながら彼の呟きはしっかりと三人の耳に届いてしまっていた。
「……もしかして、拗ねてるのか?」
雷の音を待って、シエルが問い掛ける。彼が言う通り、先ほどの声音は確実に拗ねている者のそれだった。
「…………」
「…………」
「……………ち、…違うから……」
ユゥが必死に声を絞り出した。
その彼の様子に、一番に食いついたのはやはりエーダッシュだった。「ゆ〜〜〜くんっ!!!!」
「ハイハイ、どォちまちたかァ!?さびちいんでちゅか〜〜?甘えたちゃんなんでちゅねェ〜〜?エーたんが相手してあげまちょおかァ〜〜!?ギャハハ!!」
新しい玩具を見つけたこどものように、声が弾んでいる。
「〜〜〜うるさいッ!違うって言ってるデショ!!!」
ユゥはだんっとテーブルを叩きつけた。
「ユゥ、物に当たるな」
「!……ゴメン」
恥ずかしいことを聞かれてしまったうえに(しかもエーダッシュという一番厄介な男に)シエルに注意までされてしまった彼はいっそ消えてしまいたかった。思わず、深い溜息が漏れる。ずるずるとソファーに身体を預け、腕で顔を覆った。視界さえ悪くなければ今すぐこの部屋から飛び出してしまいたかった。
(――あーもう、ほんとサイアク。ださすぎ。)
なんで電気点かないの、時間かかりすぎでしょ、とひとりでいらいらしていると、ふと彼の横に人の気配がした。
「……?」
ぽんぽんと覆っていた腕を叩かれ、そちらに目を凝らす。すると隣に名前が座ってきた。
「……は?ナニ?」
「うーん、私としてはいつもユゥくんを甘やかしてるつもりだったんだけど」
「はぁ?」
彼女はよしよしと言って、ユゥの頭を撫でた。
ユゥは始め、彼女のその行動に頭が追い付かなく呆然としていたが、目の前にお菓子を差し出され、すべてを察し顔を赤くした。幸い、真っ暗なため彼のそれは誰にも分からない。
「…………、」
彼女が差し出したお菓子を前に、どうしたらいいのか分からなくて頭をぐるぐるさせていると、今度はもう片側から人の気配を感じた。ぎょっとして振り向くと、なるほどこの香水、シエルだ。
「食べないのか?」
フフ、と彼は笑うと、これならどうだ?と自分が持つお菓子をユゥの前に差し出してきた。
「ちょっと、シエル。今私がユゥくんにお菓子を食べてもらうところなんだけど?」
「それはもちろん分かっているが……、食べないところを見ると、ユゥはそれが嫌いなんじゃないか?」
分かってないな、とシエルは付け足す。
「いやいや、ユゥくんは今びっくりしてるだけです。はい、召し上がれ?」
「オレのも、どうぞ?」
「〜〜ッ!!!」
先ほどまで他人事だったそれを、やられ慣れてない自分が実際やられるとどうしたらいいのか分からなかった。そもそも、一番年下だからといって何かしら二人に贔屓されているエーダッシュに納得がいかなかっただけで、この行為自体を望んだわけではない。なのにどういうわけか、二人は自分が食べさせてほしがっていると勘違いしてしまったらしい。(―――と、ユゥは思っているが、本当のところは自分も二人に構ってほしいと思っていたことに彼は気づかぬ振りをしているのかもしれない。)
とりあえず、ヤメテと二人の腕を押し返したが、二人は簡単に引き下がってはくれなかった。そこで仕方なく彼は諦めることにして、名前が差し出していたお菓子をゆっくりほうばり、咀嚼した。
「おいしい?」
名前が嬉しそうに笑った。
「…………」
声を出すのが憚られて、小さく頷く。
「食べてくれてありがとねぇ」
また名前はユゥの頭を撫でた。
「………ドウイタシマシテ」
「ふむ、それじゃあ今度はオレのも食べてくれ」
「…………アノデスネ」
「ちょっとォ〜〜三人とも〜〜エーたんのこと忘れてませんかァ〜〜〜?泣いちゃうよォ〜〜??」
ユゥはあまりの恥ずかしさに両手で顔を覆った。
(20170818)初めてのディアヴォなのでまだまだ掴み切れてないところが多くてすいません。うちでディアヴォを書くとしたらこんな感じかな〜〜。