「ありがとう。」
彼女が差し出してくれた楽譜を受け取り、knightsの月永レオとして完璧な笑みを浮かべる。すると彼女はどういたしましてと手を振り、その場を去っていった。
「……。」
レオはその後ろ姿をじっと見つめる。渡された際にふわりと香った爽やかな柑橘系の香りは、彼を捕らえて離さなかった。何度も繰り返した想像では薔薇のような甘い香りが常に彼女を纏っていたため、そのギャップに頭をガツンっと殴られたようだった。
「オレンジ……。」
はっとして慌てて己の髪を触って色を確かめた。明るい橙色だった。
「…………、」
彼女との共通点を見つけてじわじわと幸福感が広がっていく。レオは思わずガッツポーズをした。見かけても何と声をかけたらいいのかが分からなくて目で追うことしかできなかったが、なんと、今回は次に会った時の話題ができたのだ。「こんにちは、この間は拾ってくれてありがとうございました。そういえば、名字さんはオレンジの香水を使ってるんですね。オレの髪色と同じだ。」完璧だ、と彼は深く頷いた。
―――しかし。
「いや、気持ち悪いから。」
そう言って瀬名泉は、レオの計画を一刀両断した。
「ええっ、なんでだよ!完璧だろっ!」
レオはむっとして横にいた泉を見上げた。そこには先ほどまでの“knightsの月永レオ”としての面影はなく、いつも通りの彼だった。
「いやどう考えても気持ち悪いでしょ。大して話したこともない相手に、香水と髪がオレンジ繋がりですね、って言われても意味分からなくない?」
「ぐっ……確かに……。
あれ?でもそういえばなんでセナはオレの考えてることが分かるんだ……?ハッ、もしやエスパーか……!?」
「……ハァ。」
泉はきらきらと眸を輝かせたレオの唇を摘まむと、「このお口でご丁寧に教えてくれましたけどぉ〜〜?」と額に青筋を浮かべた。痛い痛いとレオは悲鳴を上げる。それに対して元々長く叱るつもりはなかったのだろう、彼は簡単にレオを解放してくれた。
「はいはい、それじゃ仕事行くよ。」
「ううっ……オレ、やっぱりかっこわるいよな……。」
「かっこいいかっこいい。」
つねられた痛みと心の痛みとでレオの眸は潤んでいる。慰めてと必死にアピールしたが、慣れっこの泉には効かず、ずるずると腕を引っ張られていった。
すると負けずとレオは足に力を入れる。今は仕事なんてする気分にはなれなかった。
そもそも騎士のくせにうっかり物を落として、それをあまつさえ彼女に拾ってもらうなどあまりにも格好がつかない。先ほど彼女が手を振ったのはもう二度と近づかないでの意思表示だったのではないか。そうだ、そうに違いない。
「う〜〜〜〜。」
「ちょっとぉ、抵抗しないでくれる!?」
「セナぁ、オレ、嫌われたかなぁ!?」
「ハァ!?なんでそうなるの!?」
「どぉ〜〜しよ〜〜!!」
ついにはその場に座り込んでしまったレオに泉は頭を抱えた。頭痛がする。ぐずぐず鼻を啜り始め、まるでこの世の終わりのような顔をするリーダーの頭をひっぱたいてやりたい衝動に駆られた。しかし、堪えた。彼は深く深く息を吸って、長く吐いた。
「だいじょうぶ、嫌われてないから。」
にっこりと営業用の笑顔を浮かべた。瀬名泉は完全にキレていた。レオは自分のことでいっぱいいっぱいでそれには気づいていない。
「……ホント?」
「本当本当。」
「……じゃあ、今度会った時何て言えばいいと思う?」
知るか、と怒声を浴びせたかったが、ぐっと拳に力を入れるだけで彼は堪えた。大丈夫、俺も大人になった。怒りなんて簡単にコントロールできる。
「……たとえば、『先日はありがとうございました。そういえば、名字さんの使ってる香水とても素敵な香りですね。オレ好きです。』とか。」
「…………。」
当たり障りない言葉だが、とりあえず軽く相手を褒める程度で十分だろう。少なくとも好意は伝えられることができる。どうだ、とばかりに泉はレオを見た。
「…………セナ……おまえ……、」
「?」
感激に震えているのかと思いきや、哀れむようにこちらを見上げるレオに泉は首を傾げた。
「……おまえ、それこの間Trickstarのお気に入りのヤツに似たようなこと言って『今この瞬間にこの香水が嫌いになったので、捨てます。』って言われてなかったっけ……?」
「………………。」
「いたいいたいいたいいたい〜〜〜〜っ!!!」
(20180425)
卒業後に事務所所属になったknightsとその事務所の社員さんヒロインのイメージでした。最終的にセナが傷ついて終わってしまった。
この話のレオは、レオがルカに対してはかっこつけてるということから、好きな子の前ではかっこつけてでも奥手で……みたいなのをイメージしました。