※ちょっぴりやらしい
「塗ってさしあげましょうか」
そう言って彼は綺麗に微笑んだ。
*
辺りは暗く、音もない。夜更けだった。近代的な物と、古き良きものが入りまじって存在するあべこべのこの本丸では、電灯は後者に属した。そのため、太陽が落ちてしまうとろうそくの明かりだけが頼りだった。ああ暗い。私がここに着任してからしばらくの時が経ったが、やはりこの暗さには慣れない。つい、部屋の電気のスイッチを探してうろうろとしてしまうのだ。
「触れても?」
足元の方に意識を向けると、一期が私の右足に真っ直ぐ視線を下ろしていた。その、傷痕のついた細くも逞しい指が、私からの許可を今か今かと待ち望んでいる。
「いいよ」
ここで、初めて一期は足から視線を逸らし、私の顔を見た。優しくゆるめられた眸から熱い何かが伝わってくるような気がした。彼はゆっくりと、瞬きをする。
「それでは、失礼いたします」
丁寧な所作で、足が持ち上げられた。私は壁に凭れながら、ぼんやりと彼の手に囚われた自分の足を眺めていた。
灯が、ゆらゆらと揺れる。
発端は、清光だった。清光が私の足を見て、「主、マニキュア剥げてるよ」と告げたことだった。彼は次いで「塗ってあげるよ」とも言ってくれたのだが、あいにく今晩は遠征の予定があったようで、そのままずるずると安定に連れていかれた。
割りと清光に塗ってもらうことが定着していた私は、どうしたものかと足を見下ろした。言われるまでは特に気にならなかったが、指摘されると確かに剥げているところがやけに目立つように感じる。雅じゃない、などとどこぞの彼の台詞を借りてみた。
「………」
溜め息が漏れる。
「どうされました?」
振り返ると、通りすがりの一期が何種類もの野菜を抱え立っていた。恐らく、今晩の料理に使うため収穫してきたのだろう。彼の周りを、同じく野菜を抱えた短刀たちがぐるぐる走り回っていた。
「何か不都合でも?」
眉を吊り下げ、少し真剣な表情をした一期は、野菜を短刀たちに預け持っていくよう言った。短刀たちは私の方をちらちら心配そうに眺めたが、一期の指示に従ってこの場を去っていく。
「……それで、どうされました?任務の方で何か問題事でも?」
手を振っていた一期は、彼らの姿がなくなったのを確認すると、また真剣な眼差しを向けた。なんだかあれよこれよと大事になってしまったが、私のこの溜め息は、ただ単に爪を塗ることが苦手で面倒なだけである。
そのことを一期に告げると、彼はとても可笑しそうに笑って、冒頭の台詞を言ったのだった。夕食後に、と意味深に付け足して。
*
一期によって着物の裾がたくしあげられた。足が露になる。彼があまりにも丁寧にやるものだから変に緊張してきてしまった。ただ爪を塗るために長い裾が邪魔なだけで、それより“上”には用がないはずなのに。なぜか、どうも、変な気に。
そもそも、私の部屋で・夜遅く・二人きり、というあらぬ誤解が生まれてもおかしくない状況がいけないのである。
暗い部屋を照らすのは、頼りないろうそくの灯りと、障子越しに差し込んでくる月の光だけで、どこか妖しい雰囲気さえある。そう、映画であれば、まさにこれから何かが起ころうかともいう様子だ。
しかも、ここで何か日常的な音さえしていれば理性を保てるのに、まるで全世界のすべての生き物たちが空気を読んだかのように、小さな物音さえ聞こえてこない。
ああどうしよう。どうして一期の眸がいつもと違うように思えてしまうのだろうか。
――瞬間、ぞわりと。
「……っ、」
身体中を伝わっていく何か。私はこの感覚を知らない。
「!申し訳ありません、私の手が冷えすぎていましたね」
漏れそうになった声を押し込めるために、反射的に拳を口許に押し付けた。それを見た一期が肩を揺らして笑う。
「そんなに驚かれなくても」
「ひょっとしたら、鶴丸殿より、私は驚かせるのが得意かもしれませんね」などと愉しそうにこぼす。
――いや、もう冗談じゃない。
私はいよいよ堪えられなくなって、足を引っ込めた。けれど、すぐに足を掴まれて元の位置まで戻されてしまう。
慌てて一期を見ると、彼はこちらに我関せずといった態度で、徐に用意していた除光液を手に取った。
「ちょ、ちょっと一期。もういいから」
「いえ、やらせてください。私も冗談が過ぎました、申し訳ありません。お詫びを兼ねてご奉仕させてください」
「いい、いい。清光が帰ってきたらやってもらうからっ、」
「……余計、よくありませんな」
適当な布に瓶を傾けて数滴垂らすと、除光液のあの独特なアルコールの香りが充満した。くらくらする。一期はそれに一瞬顔をしかめたが、すぐに何事もなかったかのようにそっと私の足の爪に布を触れさせた。
「確かこのようにされていたような気がするのですが……。あっていますか?」
するすると爪の上を布が滑る。あまりにも弱い。これでは落ちるはずがない。
私は悟る。今日の一期はとても強情だ。きっと折れることはないだろう。彼はなんでも笑って許してくれるような懐の広い男だと思われがちだが、実は意外と強かである。まあ、彼も雄々しい刀なのだから、そう簡単に折れるものでもないのだろう。
「……もっと強く擦って」
「はい、かしこまりました」
異様な光景だ。こんなの誰にも見られたくない。一期はようやく落ち始めたマニキュアを見つめ、おおと小さく声を漏らした。素直に感動しているのだろう。そして、今度は爪と皮膚の隙間を丁寧に擦り始めた。しかし、なかなか落ちないようで、眉間にシワを寄せると手前へと引き寄せた。
「、わっ」
そのおかげで私はずるっと滑り落ちる。もうそろそろ肩が地面に付きそうというところでそれは止まった。
一期は真剣な眸のまま、こちらにちらりと視線を寄越した。
「……ふむ。主、なんというか」
途端ぎらりと輝くその眸。
肘をついてなんとか身体を固定しているが、あまり長くはもたないだろう。堪え性のないそこは悲鳴を上げている。
「……ハァ、もういいから一期、起こして」
今日の彼は一段とよく分からない。
そう手を伸ばすが、微笑むだけで取ってくれようとはしてくれなかった。イラッとして、掴まれた足を強く押し出す。
「、おっと」
しかし、すぐに反応されて抵抗も呆気なく鎮火させられた。一期はまた肩で笑うと、眸をすっと細めて私を見下ろした。
「――ひどく、扇情的ですな」
一瞬、何を言われたのか分からなくて聞き返そうとしたぐらいだった。その言葉が耳から入って頭まで到達し、ぐるぐると意味を咀嚼して把握するのに随分と長い時間が経ったことだろう。そしてその間、私はずっとアホ面を彼に晒していたのだった。
「……なんですって?」
「癖になってしまいそうだ」
気付いたときには、一期の唇が足の甲に触れていた。そして彼はそのまま足先へと移動し、薬指と小指の付け根で止まった。
ぺろり、
今度の刺激は稲妻のような速さではなく、まるで正座をしたときの足の痺れのように、じんわりとそこから広がっていった。
私は身体を動かすことができなかった。彼はそのまま、ぺろり、ぺろりと執拗に二本の間だけを舐めていく。波紋のように何度も痺れるような感覚に襲われた。ぺろり、ぺろり。小指が小刻みに揺れる。望んでいた。ぺろり。子宮が疼く。求めていた。
まず舐めている場所がずるいと思った。小指は特に敏感だった。それなのに、触れるか触れないかのところで意地悪している。はやく、触れてほしいと思った。
――ンちゅ、
「っ、!」
すると、今度は薬指をしゃぶりだした。生暖かくも柔らかい彼の口内は、余計子宮を疼かせた。彼のナカで、舌がイヤらしく薬指の輪郭をなぞる。男がフェラをされるのはこんな気分なのだろうか。吐息と、唾液と、舌のざらざらとした感覚がより一層情欲を掻き立てた。ねっとりと。何度もそれは下から上へと移動していった。
――ちゅぱ、ちゅ、
くわえては抜くというまるでフェラのような動き。やられているという感覚よりも、彼が私の指をくわえて頭を動かしているという、その光景がもう駄目だった。無意識のうちに膝が股間に近づいた。
時折、動きが止まったかと思えば優しく唇で食んできた。なんとなく物足りなさを感じてしまう。しかし、次の瞬間には歯が押し当てられ、その刺激の差で余計私は股間に熱をためるのであった。
「、ん、っふ、ぢゅ、」
「っ、、…………いち、ご、」
薬指の感覚がいよいよなくなってきた。意識もアルコールのにおいと快楽によって朦朧としている。私は力を振り絞って肘と背中を使い、壁へと這い上がった。その間もくちゅ、ぢゅ、というイヤらしい音は止まらない。むしろ彼はどうすれば大きな音が鳴るか分かってきたようで、それを楽しんでいるかのようだった。
――ち、ゅ、っぱ、
唇が足から離れていくのが見えた。暗いながらも、何かが私たちの間を繋げているのが分かる。初期位置に戻ったことにより一期を見下ろす形となったが、彼のその姿はひどく官能的だった。ある時ぷつんと繋がりが切れた。ゆっくりと距離をおいていた彼は動きを止め、視線だけこちらに向けた。
「主、」
一期は舌なめずりした。てらてらした舌が艶かしく、先ほどの行為を彷彿とさせた。
「一生、お側に置いてください」
そういえば最近、近侍を彼から他の子に代えたことをぼんやり思い出した。
(20150612)私は【大雑把で強情で意地っ張りな一期一振】を応援しています。1回ではなく、2回読んで頂けると色々わかってまた楽しいんじゃないのかなと思います。