なつがおわる


 線香花火がきらきらとひかる。おぼろなひかりに照らされた横顔に夜が映えて、微笑む顔は見慣れたいつも通りの真琴なのに、まるで知らないひとみたいだ。
「きれいだね」
 ハル、と、幼馴染が呼ぶ声は、呼び方が違ったあの頃からかわらずこのうえなくやさしい。「ああ」と応える自分の声が彼のようなやさしい響きをもたないことを、時折遙は残念におもう。でもないものねだりは何を生むこともないのだから、遙は自分の愚直にさえきこえる直截的な言葉で問うた。
「どうかしたか」
「え?」
 ぱちぱちとふたつ瞬きをしてから、真琴はふわりと微笑んだ。虫の音にかき消されそうなほどささやかな声も、今の距離ではただしく届く。
「もしかしたら、これが最後の花火かなって」
 穏やかな声に、かくしようもなくにじむ寂しさ。夜はひととひととの距離が近くなるから、そのぶん気持ちもただしく届く。
「俺と、もう花火はしないのか」
「あはは、そんなこと言ってないよ」
 にこりと破顔する気配。線香花火に視線を落としたままの遙にもわかる。よく真琴は「ハルのことなら考えていることも大抵わかる」と言うが、それは逆の立場でもおなじことだ。
「またハルと花火をしたいよ」
 ぽつりと落ちるささやき声。
「お祭りにもいきたい。コンビニに寄ってアイス食べたり、冬は肉まん食べたりしたい。朝はハルを迎えにいきたいし、一緒に…………」
 ぽとりと落ちる、線香花火。
「だけど、俺がどれだけハルと一緒にいたいとおもっても、さ。できないことも、とどかないことも、あるかもしれない」
「………………」
「ハルにも俺にも夢がある。そしたらいつか、一緒にいられなくなるかもしれない。こうして線香花火を見ながら話したことだって、わすれちゃうかもしれない」
「真琴」
 次を諦めた真琴に最後の一本を差し出すと、ありがとう、と微笑んで遙の花火にそうっとくっつけた。ややあってはなれ、ぱちぱちと新しいひかりが弾ける。
「お前が俺を嫌いになれば、離れるのも仕方ないと思う」
「そんなこと、あるとおもう?」
「お前だって家を離れて東京にいくんだ。何が起こったっておかしくないだろ」
「そうかなあ」
「だけど」
 今度は遙の花火が落ちた。用意していた花火はすべて燃え尽きてしまって、もうつぎはない。
 つぎはない。こえから先、そんな瞬間がたくさん落ちてくるのだろうとおもった。用意していた花火が尽きてしまうように、つとめて一緒にいつづけるか、それとも自然とはなれゆくか、そんな選択が幾たびもおとずれるだろう。
 これまではずっと、当たり前のように一緒にいた。けれど、一緒にいることを選び続けなければいつかはなれてゆくことになる。大人になるとはきっとそういうことで、世界が広くなるかわりに二人のもとへやってくる、どうしようもない弊害のようなものだ。
 当然のように一緒にいつづけるために、大人になりたくなかった。ずっと一緒にいられるために、かわらないでいようと目をそらし続けた。
 けれど真琴は大人になるために一歩を踏み出し、あたりまえのように遙にも手を差し伸べた。それならば。
「お前が俺と一緒にいたいと思ってくれるなら、俺は真琴から絶対に離れない」
 きょとん、とおおきく目を見開いたあと、真琴はふわりと破顔した。「プロポーズみたい」とからかうようにいったのは、照れ隠しだと知っている。だから、敢えて生真面目な声で言った。
「プロポーズだ」
「責任とってくれるんだ?」
「口だけだと思っているのか?」
「そうじゃなきゃいいなって思ってるよ」
「信用がないな」
「ハルちゃん」
 あの頃とかわらない呼び方でよんだから、お約束のように「ちゃん付けで呼ぶな」とそちらを向けば、おもっていたより随分と近い硝子玉のような緑の瞳の中に、自分の顔が映り込む。「ごめん」とすこし目を細め、慣れた匂いが近づいた。柔軟剤のやわらかに香る、帰りを待っていてくれる匂いだ。
 重ねただけの唇は、この場所で暮らすおそらく最後の夏が終わってしまう、すこしさみしい味がした。