君の名を冠する臓器のこと


「わたし、できることなら悠一くんの心臓に生まれたかった」
 そんな未来は見えていなくて、迅悠一は思わず息を止めてしまった。そんなことを言うべきではないとずっと秘め続けていた想いが、最後の最後にぽろっと出てしまった、そんなふうだった。
 ごめんね。本日幾度目なのか数えることすらやめてしまった言葉を吐くと、未来と重なるように「あやまらないで」と口が動く。確定した未来が頭の中に流れるのと数秒ぶれてはじまるその車酔いに似た感覚に、もうとっくに慣れきっていた。
「悠一くんはわるくないよ」
 やわらかなこえが胸を刺す。いたかった。とても、いたかった。なにもいえずに立ちつくす迅の手をとって、彼女は微笑む。
「わたし、悠一くんがだいすきだよ。かなしいおもいはしてほしくないし、つらいことがあればせめていっしょにかなしみたい。ずっとそうおもってた」
 だけど。息を吐くように彼女は言う。
「悠一くんは、いつかそれをゆるせなくなるんだろうって、ほんとはわたし、わかっていたよ」
 独善的でごめんね。微笑む彼女の両目から、透明な涙が溢れ出す。
「わたしはわたしのために、どうしても悠一くんをひとりにしていたくなかったの。悠一くんといっしょにいたかった、すこしでも、きみがもっている荷物をかるくしてあげたかったの」
 微笑みながら、彼女の瞳からぽろぽろと涙がこぼれゆく。きれいだった。いままでみたどんなものよりも。
 手を伸ばす資格がほしかった。涙をぬぐい、抱きしめて、やさしい言葉をかける資格がほしかった。けれどそんなもの、迅にはなかった。さいしょから、ずっと。

「さようならだね」

 肝心なことは全部彼女に言わせながら、迅はまだ足掻くように彼女を引き止めるすべを探していた。それがどんな未来を招くかもわかっていながら、それでもばかみたいに祈らずにはいられなかった。
 手は離れゆき、あたたかみは失われる。一歩ずつ彼女が遠くなる。かなしかった、みじめだった、こんなものしかあたえてやれなかった自分のことが厭わしかった。ゆるやかな歩みが彼女をとおくへ運んでいくたび、ゆっくりと、けれど着実に、迅の世界から光が失われていく。
 彼女の姿が見えなくなったのは距離の為ではなく、迅の視界が塞がってしまったからだった。あとからあとから流れていく涙が彼女の姿をおぼろげにし、そして奪っていく。
 はじめて涙の意味を知った気がした。みたくもない現実からその目を塞ぐためなんだ。
 嗚咽の底から低く彼女の名をさけぶ。

 すきだよ。ほんとうにすきだよ。
 心臓の中に居ついてしまった君を、いつか泣かせたくないとおもうくらいに。