ティータイムのゆううつ


「わかれちゃったよ」
 と、凪いだ海のように静かな声がそう言った。何も言えずに一瞬息がつまったけれど、次の言葉は考えるよりも先に喉を震わせる。
「そう」
 自分でも驚くほどに静かな声だった。彼女の言葉が心を揺らしたことも、ほの暗い喜びが雨が浸みた靴のような不快さで広がったことも、ひとかけらたりとて滲まないほど。
「わたし、どうも恋愛ってやつにむいてないみたいだ」
「そんなこと言っちゃ駄目よ。あんずちゃんみたいないい子は、誰かに心から愛されて幸せにならなくっちゃ嘘だわ」
 口にしたパンケーキの上に振りかけられた粉砂糖よりもずっと軽く、甘いだけの言葉は心を伴わない。それをきいたあんずはにこりと可愛らしく微笑んだ。細められた瞳の下にはコンシーラーで隠しきれなかった色濃い隈があって痛ましいのに、それでも笑みはどこまでも健気でいとおしい。
「わたしがわるかったんだよ」とぽつりとあんずは言った。
「忙しくなると、ほかのことに手が回らなくなるから。それでむこうを寂しがらせた」
「それだってあんずちゃんの美徳よ。それをわからないなんて、お姉ちゃんがグーで殴ってきてあげる」
 それはやめてあげてよ、と声をあげて笑う楽しそうな声。心とは裏腹にポーズだけ怒ってみせながら、鳴上嵐は彼女の手を握り締める。
「今日はオフなんでしょ、楽しみましょ! お買い物たくさんして、美味しいものたくさん食べるわよ!」
 ひとの手にふれたぬくもりからか、そのときはじめてあんずの顔が歪んだ。けれどそれは一瞬だけで、もう一度微笑んでやわらかな声が言う。
「ありがとう、おねえちゃん」
 すきだよ、と、うれしそうに。

 何の邪気もなく向けられる、まっすぐな信頼と好意。
 彼女に起こる不幸を憎んであげられないのに怒ったふりをする、うらはらな言葉。

 鳴上嵐は「うれしいわ」と口元だけで微笑んだ。