冬のかけひき
プラネタリウムの鑑賞を終えて建物から出てきたあんずは、辺りが既に真っ暗になっていることに驚いた。冬の夜の訪れは随分と性急で、空は夕暮れでさえない綺麗な群青色だ。ポケットに手をつっこみながら空を見上げて、一歩前をゆく漣ジュンが白い息を吐いた。
「時間が経つのははやいっすねえ」
「そうですね」
くるりと彼が振り向いて、「家まで送りますよ」と笑う。まだ付き合うということに慣れていないからなのか、それとも生来の気質か、女の子扱いをされるたびにむず痒いような気恥ずかしいような、そんな感覚に襲われる。
とはいえ嬉しいことは間違いないので、口をついて出そうな可愛くない言葉を全部押し込んで、あんずはぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いや、ひとりで帰すのは心配ですから。それに…………」
一瞬言おうか言うまいか悩むように口を噤んで、けれど照れくさそうに笑いながらジュンがあんずの顔を覗き込む。
「もう少し一緒にいたいですし」
「ひえっ」
「なんすかその反応」
「心臓に負荷をかけられました」
「ははっ、かけちゃいましたかぁ」
破顔して、声をあげて笑う顔を盗み見る。
付き合いはじめてから、まだそんなに時間は経っていない。お互い多忙なこともあって、デートらしいデートは今日が初めてだった。そもそもデートなるものが初めてで緊張のあまり朝三時に起きて所在なくひたすらデータ整理をしてたあんずとは違い、随所であんずを気遣ってくれるジュンには余裕があるようで。
(なんか、面目無い)
せめて気の利いた言葉のひとつでもかけられたらよかったのだが、残念ながらあんずの語彙を総動員してもかなわなそうだ。勉強不足の自分がうらめしい。
隣でジュンが空を見上げた。
「あれ、おおいぬ座っすよね」
指差す先を見れば、先ほどプラネタリウムで見たばかりのシリウスが光っている。
「そうですね。ななめうえがオリオン座で、その奥がアルデバランかな」
「アルデバランってなんでしたっけ」
「おうし座です」
「全然覚えられねぇんですよ、こういうの」
綺麗だから、見るのは好きなんですけどね。そう笑う横顔が、街灯の白いひかりに照らされる。夏の間に日焼けしたらしい健康的な色の肌が形作る、鼻のラインがとても綺麗だ。もうすこしそばによりたいな、と自然と頭に浮かんだ考えを、恥ずかしくて慌ててかき消した。むりやりのように言葉をつなぐ。
「漣さん、寒くないですか」
「オレは平気っすよ。あんずさんの方こそ大丈夫ですか」
「わたしは、」
へいきです、そう言おうとした声が途中で止まる。ポケットに突っ込まれていたジュンの手が、あんずの指を絡め取るように触れる。
「あんずさん」
「は、はい」
「これはオレの我儘なんですけど、寒いって言ってくれませんか」
そしたら口実ができるんですよ。照れ臭そうに笑うその顔に、負けた、と思った。ぎゅっと目をつぶって観念して、あんずは一歩ジュンに近づく。
「…………さむい、です」
「了解です」
喉の奥で笑ってからひょいと簡単に手をつなぎ、コートのポケットの中に導かれた。肩が触れあうほどの距離で、これならマフラーはいらなかったな、と今後に向けて反省をする。