happy happy opposite efect
「漣くん」
「あ、あんずさん」
校門の外でひらひらと手を振るあんずを見つけ、ジュンはそちらへ歩みを進めた。マフラーに顔をうずめるようにした彼女が「忙しいところごめんね」と申し訳なさそうに上目遣いに言うので、「大丈夫っすよ」と言いながら目を逸らす。計算づくでされているなら鼻で笑うこともできるが、天然なのだから始末が悪い。
手に持った大きな紙袋の中からその三分の二ぐらいの紙袋を取り出して、「これ、Edenの皆さんに」と差し出した。
「お口に合えばいいんですけど」
「わざわざすいませんねぇ、ホワイトデーには三倍で返しますんで」
「そんなのいいですよ、わたしがしたいからしてるだけなんですから」
「や、多分止めてもおひいさんが張り切っちゃうんすよ」
いい日和! と高らかに歌うように叫ぶ彼を思い描いたのか、あんずは口元に手を当てて目を細める。そんな顔をちらりと見下ろして、「早く帰んないと暗くなっちゃいますよぉ」と声をかける。
「駅まで送るんで」
「えっ」
「あんずさんひとりで帰しちゃトリックスターの連中に怒られちゃいますからねぇ」
そう言い切って歩き始めると、慌ててあんずがついてきた。日が落ちるのが遅くなったとはいえ、もう随分と空の赤が強い。あんずに渡された紙袋をちらりとのぞいて、そのなかにきちんと四つ分の箱が収まっているのを見て、なんだかすこしがっかりしたような気分だった。
学校を出る前に、日和とかわした会話が耳に蘇る。あんずさんがチョコ届けてくれるらしいんで取りにいってきます、と報告すると、目を細めて日和はじっとジュンを見つめた。
「それってジュンくんだけに?」
「いえ、オレら全員分っていってましたけど」
「へぇ、それは良い日和!」
嬉しそうにいつもの口癖を言ってから、だけど、と日和は薄く笑う。
「ジュンくんにとっては悪い日和?」
ほっとけアホ貴族、と頭の中で独り言ちる。
頭の中に浮かんだそれを振り払うために、ふわぁとひとつあくびをしたあんずに問いかける。
「眠いっすか? 確か夢ノ咲、昨日イベントでしたよね」
「うん、どうにか無事に終わってほっとしました」
きっといつものように東奔西走して、あちこちを駆けずり回っていたのだろう。疲れただろうにその翌日に、わざわざ遠い玲明学園まで届け物をする。なんの利益もないのに。
「あれっすよぉ、無理して体壊したら元も子もないんで。体大事にしてくださいねぇ?」
「一回やらかしちゃったから、あれからだいぶ気をつけてはいますよ」
あんずはジュンとまっすぐに目をあわせて、だいじょうぶです、と微笑んだ。
「ならいいんすけど」
それ以上に食い下がる言葉を持たないので、ジュンは声にするのを諦める。
見えてきた駅を前にあんずは言った。
「送ってくれてありがとうございます」
「いや、別に、これくらい」
彼女のためじゃなくて自分のためだったのだけど、まだ言葉にする勇気はないのでただ否定だけをする。吹いた冷たい冬の風にあんずの長い髪がふわりと巻き上がり、それを片手でおさえる仕草がとても綺麗だと思った。もうすこしだけいっしょにいられたら、なんて言葉が自然に浮かんでくるあたり、末期だろう。
駅を見上げていたあんずはふとジュンの方を振り向いて、その瞬間、真正面から目があった。
(あ、)
最後にひとつ残されたパズルのピースのように瞳と瞳がぱちりとあって、いつもなら何か言葉をかわすはずなのに何も口から出てこない。あんずもそれは同じなようで、一瞬迷うように口をひらこうとして、けれどなにも声にしないままにジュンを見つめていて。
その瞳が光をよく反射してきらきらと光ることや、そのまわりをふちどるまつげがまっすぐに長いことを、知っていたはずなのに改めて思い知る。
ややあって、先に視線を逸らしたのはあんずだった。ちょうど雲間から顔を出したばかりの夕日にオレンジ色に照らされながら、ゆっくりと口を開く。
「さざなみくん」
名前を呼んだ声はひどく切実で、緊張を孕んで揺れていた。目を伏せて合わせないまま、その声が続ける。
「こまらせたら、ごめんなさい」
そう言いながら鞄に伸ばした手は一瞬だけ躊躇して、けれどそのためらいをまるごと吹き飛ばすような勢いで、あんずはそのなかからシンプルなラッピングの包みを取り出した。それをジュンに差し出して、視線は下にむけたままで言う。
「捨ててもいいし、受け取ってくれなくてもいいんですけど、漣くんには、ちょっとだけ、」
まようようにだんだん声が小さくなり、やがて消え入りそうなくらいのトーンで囁いた。
「…………とくべつです」
小さな肩をさらに小さくして、まるで刑の執行を待つ無実の罪人のように申し訳なさそうな仕草に思わず口元が緩む。とくべつ。そう言ったちいさなこえはひどく甘やかな響きを含んでいたから、意味を知るには充分だった。手をのばしながら、連絡がきたときの嬉しさと落胆をおもうとすこしだけ意地悪を言いたくなる。
「特別って、どういう特別ですか」
「えっ」
意想外だったのか、目をまん丸にしてあんずはジュンを見上げる。それ聞くの、と愕然としたような表情に、もうすこしだけ意地悪を続けたくなる。
「他の人のと、オレにくれたの。どう違うんですか」
「えっ…………」
目を泳がせて、わかりやすくうろたえるのがかわいかった。無口な彼女はうろたえたときのほうが口数が多くなる。ええと、とか、あの、とか、なんの意味もない言葉を並べながら顔を真っ赤にしているのを見て、思わずジュンは噴き出した。その瞬間顔がわかりやすく揺らいで、眉を寄せながらきっとジュンを睨む。
「わ、わらった…………!」
咎めるような表情にも静かな抗議にも迫力はなくて、口元が緩んだままで言う。
「もういいっすよぉ。じゅーぶん、伝わりました」
伸ばした手でそのプレゼントを受け取って、いくらか低い位置にあるあんずの顔にゆっくりと近づいた。後ずさりしようとする肩を引き寄せて、吐息さえふれそうなほどの距離で囁く。
「『とくべつ』、ちゃんと受け取りましたよぉ」
彼女の瞳に映りこむ自分の顔は、我ながらずいぶんと意地悪で。
「三倍返し、期待しててくださいねぇ?」