悪食
きみの心臓は苦かった。
心から苦しみや悲しみを濾過して血に載せ体を巡らせて、それらの毒性を薄める働きを持つ心臓は、他の臓器よりもそれらに侵される。悲しみや苦しみは臓器をすこしずつ染めていき、だんだんとどす黒く変化する。
悲しみなど、苦しみなど、感じてすらいないような太陽みたいな笑顔を思い出す。
きみの心臓は、きみの苦しみをあつめて煮詰めて腐らせたような味がした。
きみの肉は甘かった。
愛らしくも生意気なきみの心の意のままに、きみの肉は動いていた。皮膚の下に在る肉があたたかに俺の頬を撫でる、腕を掴む、その残滓を宿した味だろう。
美味しくて、甘くて、永遠に食べ続けていたくて、だがその肉を生み出すきみが世界から永遠に失われてしまったこと、腐り果ててしまうまでにすこしの猶予もないことをおもう。
きみの瞳はしょっぱかった。
世界を愛するきみは、こんな苦界のなかにたまさか存在する塵屑のような幸福を見つける上手だった。こんな幸福があったのだと自慢げに語る横顔の、きらきら光る瞳のなんと美しかったことか!
世界の素晴らしさをきみが語るたび、俺の見える世界は実は偽物で、きみの見る世界こそが本物なのだと信じた。きみの瞳が欲しいとおもった、こんなにもいやしくかなしい世界の、ほんとうの姿をみたいと祈った。
きみのきらきら光る瞳はもう世になく、それと同時にきみのみていたほんとうの世界は失われた。
その味は、流れることのなかった涙が行き場を失った結果、そこにあった眼球に染み込んだせいか。
さて、さいごにのこしたものをたべようか。