星の降らない街


 玄界には星をかみさまやしんだひとにたとえる風習があるのでしょう?
 まん丸い目でこちらを見上げる少女にうんと頷いて、鳩原未来はしゃがみこんだ。目線をあわせるとまっすぐに視線が返る。澄み渡る青空を彷彿とさせる瞳が思い起こさせるだれかのことを意識しないように、鳩原は笑った。
「そうだよ」
「ふしぎね。どうしてそうなったの?」
「さあ。風習ってそういうものだから」
「そういうものなのね」
 あえて難しい顔をしてみせれば、彼女も同じく眉間に皺を寄せてううんと唸る。
「ねえ、たとえばどんなおはなしがあるかをおしえて」
 ねだる声は自分の可愛らしさを十分に理解していて、この年とはいえ女であることを十全に利用している。あたしがついぞ身につけることのない技術だとおもい、鳩原は苦笑する。
「たとえば」
 そういって、夜空についと指を向ける。誘われるように彼女が見上げた先には、群青色の空と散りばめられた宝石のような輝きがある。それらはすべて国家であり、こちらに攻め入ってくるかもしれない敵国であるという意識を、鳩原はいまだに実感として持てずにいた。
「織姫と彦星っていう、恋人がいて。かれらは結婚してからふたりでいるのがたのしくて、仕事をちゃんとしなくなっちゃうの。おこった天の神様がふたりを川のこちら側とあちら側に引き離しちゃうんだけど、年に一度だけ会うのを許したんだって」
「川は泳いで渡れないの?」
「星の川だからねえ、たぶん深くてむりなんだよ」
「かわいそう」
「でも星はとっても寿命が長いからね。人間換算だと何秒かに一回くらい会ってる計算になるってきいたことある」
「ぜんぜんかわいそうじゃない」
 あまりにも見事な手のひら返しにおもわずわらって、鳩原は「そろそろ戻ろう」と手を差し出した。素直に鳩原の手をとった彼女の小さな手を握り、鳩原は基地のほうへと歩き出す。
 星の伝説なんてたくさんあるのに、どうして思い出したんだろうと訝った―――と同時におそらくそれぐらいの季節だからだろうとあたりをつける。鳩原が故郷を離れたのは初夏の候で、それからはおよそ二ヶ月程度だ。もちろんこちら側とあちら側が同じ時間の流れ方をしていればの話だけれど。
 帰り道、言葉の空白を埋めるように鳩原はつけたす。
「織姫と彦星が年に一度だけ会える日、願い事を叶えてくれるんだって」
「そうなの?」
 ぱあっと少女の顔が輝いた。「叶えてもらえるなら、なにおねがいする?」と微笑むと、たのしそうな笑顔で指折り数えて願い事をひとつひとつあげていく。おかあさんとおとうさんにあいたい、あったかいごはんがたべたい、 昼間もそとであそんでみたい。
「ミライは?」
 唐突に投げかけられた言葉に一瞬だけ詰まって、鳩原は作り笑いを浮かべてみせた。
「とくにないかな」
「無欲だなあ」
「難しい言葉、しってるね」
「おぼえたの!」

 故郷においてきたすべてのひとが、鳩原未来というにんげんのことを綺麗さっぱり記憶の中から消し去って、存在したことすらもわすれてくれますように。

 そんなくらい願い事を口に出すことなどできるはずもなく、流れ星が空を裂くことの決してない世界のなか、鳩原未来は小さな手をすこしだけつよく握った。