無慈悲で残酷な者達


「さよならだよ」と明るい声が晴れやかに告げた。頭上に広がる雲一つない青空よりも曇りのない声だった。幼馴染の女の子は、こんな日だっていつもの笑顔を浮かべている。それがダンデにはひどくつらいことだった。
 迷いを振り切るように走り去っていくもの。ちらりとこちらを一瞥し、ゆっくりとした仕草で飛んでいくもの。呼び止められることを求めて何度も何度も振り返り、一分の隙もない彼女の笑顔に落胆してとぼとぼと歩いていくもの。トレーナーとして組んだチームを残らずすべて野生に返し、ソニアは髪の毛をくるくるひねりながらダンデの方を見た。
「ごめんね、付き合わせて」
「いや。…………」
 続けようとした言葉は何も声にならなくて、ダンデは帽子のつばで自分の顔を隠す。

『最も意気地のないジムチャレンジャー』。
 見出しをそんな底意地の悪い言葉で飾る下品な週刊誌を破いたあの感触を、ダンデは今も忘れられない。同い年、同じ町から出立したたったひとりの幼馴染の女の子はいつだってダンデの手を引いてくれたし、いつだって心躍る勝負をした。確かに彼女は自分の手持ちが傷つくことを心底嫌悪していたが、回復のタイミングはいつも冷静に見計らっていたし、指示は的確で戦い方は堅実だった。
 客席から響く野次を、彼女はきいていただろうか。無責任に批判する彼らの声は、彼女に届いていただろうか。そうでなければいいなと思った。だけどソニアはダンデの前でこそ笑顔を絶やさなかったが、何度も泣き腫らした目をしていた。彼女はダンデに気付くと帽子で目を隠しながら「勝負しようよ」と笑った。

 何も声にならなかったかわりに、ダンデはソニアを抱きしめた。「うわあ」と悲鳴をあげた身体は細く小さく、簡単におさえこめる。ずっと同じ道を歩いて、ずっと同じように生きてきたのに、彼女はダンデよりもほそくてちいさいなにかにかわってしまっていた。それがさみしかった。
「ちょっと」とか「やめてよ」とか「恥ずかしい」とか言って騒いでいたソニアはやがて無言になり、ダンデの背中をぽんぽんと叩きながら「泣かないで」と言った。
「チャンピオンが泣いてちゃ恥ずかしいでしょ」
 涙はあとからあとから溢れてくる。君のかわりに泣いているんだ、なんて言葉は本音だからこそ言えなくて、「これが最後の涙なんだ」とばかみたいな言い訳をした。幼馴染の女の子は泣かないまま、やさしい声で「それじゃあ涸れるまで泣かなくっちゃね」と耳元で囁いた。