暗夜の優しさを


「フィガロは秘密ばっかりですよね」
 とふてくされたように彼女は言った。
 隣同士、月光さえもふたりの邪魔をしない、かすかに星がひかるだけの暗い夜。こどものように頬を膨らませた彼女は、そのままじとりとフィガロを睨む。
「私ばっかりほんとのこと言ってる気がする」
「そうかなあ」
「そうですよ」
 フィガロがそうやってはぐらかすと、彼女はおこったようにぼすんと枕に顔を埋めた。だから何も言わずに髪を梳いてやると、枕に顔を埋めたままですすすと寄ってくるのが可愛い、と思う。
 ぽつりとちいさな声が言った。
「……知りたいんです」
「ん?」
「フィガロのぜんぶ」
「……たのしくないよ?」
「たのしくなくても」
 くぐもった彼女の言葉に、今までの自分の人生が走馬灯のように巡る。とても人に言われないようなひどいことばかりの人生だったように思う。フィガロが選ばなかったせいで死んだ生命、滅ぼした種族、何の意味もなく見捨てたものたち。
 だめだよ、と口には出さずにフィガロは言った。きみにはとても聞かせられない話ばかりだ。きっときみは傷つくし、俺のことを軽蔑する。たとえ瞬きの後には失われる平穏だとしても――――だからこそ、フィガロはそれを手放してやる気などなかった。いつか帰るなら。あるいはいつか死ぬのなら。それなら、その刹那を独占したってかまわないだろう。
 目を伏せていたフィガロの頬を、細い指がつついた。
「その顔」
「え?」
「私、知ってますよ。……ねえフィガロ」
 つるばみ色の瞳の中に、自分の顔が映っていた。ほんのりと彼女の肌が匂いたつほどのごく間近、まっすぐにフィガロを見つめながら彼女は言う。
 きちんと他人の気持ちを慮るけど時折驚くほどに直情的なのが彼女の性質で、フィガロはそれを見るたび心臓の跳ねる音をきく。もう何千年も生きてきて、もう動くことにさえ疲れたような心臓が、彼女といるときはまだ生きたいと叫んでいた。だからフィガロは彼女に手を伸ばし、彼女はその手を確りと掴んで離さずにいてくれた。
 何度夜を過ごしても心臓が慣れることはない。ねえ、と頬に触れながら彼女はフィガロの名前を呼ぶ。その声をきくたびに、もう手放せないな、なんて、くるしいようなかなしいような、うれしいようなせつないような、そんなことを何度でも思った。
 ――――ねえ、フィガロ。こどものような声で彼女は言う。

「わたしの全部をあげるから、あなたのうまれてからしぬまで、全部おしえて」

 巡るのは走馬灯。自分がしてきたすべてのこと。
 だからフィガロはそんな言葉ごとその唇を塞いでやった。月のない夜の暗闇はやがてすべてを飲み込んで、思い出したくない過去も、ひどい彼女の愛の言葉も、朝の光がしろく部屋を照らしだす頃には、最初からすべてなかったもののように消えていた。