愚者の恋


もはやどこがいたいのかわからないほど身体は重たくて、末端は震えるほどに冷えるのに身体の中枢は異様に熱い。心臓が溶けるってこんなきぶんなのかな。もう身体を起こすことも叶わないまま、わたしはぼんやりとそんなことを思った。頭に響くのが鈍痛なのか、それとも重く脈打つ血液の流れなのかすらわからない。
たのしげな声が言った。

「賢者様、死ぬの?」

知っている声。あまい声。こたえなければ、とはおもったけれど、声は掠れて吐息だけが口から漏れる。げほ、と詰まった何かを吐き出した。どろどろとした、あつい何かのかたまりだった。
「しぬの?」と彼はくりかえして、顔を覗き込むような気配がした。しぬんだろうか。生きていられるだろうか。この人は、たぶん、助けてっていってほしいんだ。だからいますぐいってあげなきゃ。
たすけて、しにたくない、わたし、まだ。
けれど、唐突に冷めた。こんないたいのに生きている価値はあるんだろうか。もうしんじゃったほうがいいんじゃないだろうか。つめたい手に彼が触れる。
「自分から死のうとするのは退屈」
「…………」
「あがいてよ、賢者様。みっともなく取り乱して。死にたくないって僕にすがってよ」
「…………」
つまんない。
心底どうでもよさそうな声がいって、短い呪文を唱える。ふわりと身体がすこしだけ、ほんのすこしだけ軽くなった。
ねえ、賢者様。たのしげな声。
「きみの心臓と僕の心臓、取り替えちゃったらどうなるかな。腕はヒースクリフ、喉はクロエ、足は……誰からもらおうか。きみは誰のがほしい?」
「…………」
悪趣味です。そんな言葉さえ出ない。
「きみをいろんなところから継ぎ接ぎして、いろんな人からいろんなところをもらって。何が残ればきみはきみ?きみをきみたらしめているものは何?それをひとつだけ奪って僕と交換したら、きみは僕になるのかな」
「…………」
わたしは。喉になまあたたかいかたまりがまだ詰まっていたから吐き出すと、惨めだね、とやわらかな声で評される。何も反論できない。惨めだ。こんなに、いたくて。握られたかすかな手を握り返すだけで、こんなにいたい。
ねえ、オーエン。とびそうな意識の中、言葉は声になっただろうか。

(どんなにひどいことをいわれても、それでもあなたの手を握りたいっておもう心がわたしのすべてだっていったら、あなたはわたしを笑うでしょうか)

薄い手袋越しに感じる体温にすべてを委ねて、わたしは静かに目を閉じる。