青い夜のアルプトラオム


 どさ、と音がしたと思った瞬間、真っ白な天井が見えた。わたしを押し倒したオーエンの整った顔が口の端を片方だけ歪めるいつもの意地悪な笑顔を浮かべて「ねえ賢者様」と甘い声で呼ぶ。わたしの上に馬乗りになった、魔法なんか使わずとも非力なわたしではとても抵抗できないその体勢で、彼は殊更悪辣に、嗜虐的に笑う。ねえ、賢者様。
「僕が、怖い?」
 月光の青いひかりが照らしだす部屋のなか、死人のように白いその顔を見つめ返しながら、わたしがどんな言葉をかければこの人は救われるのだろうと途方に暮れたような気持ちで考えた。百年や二百年では足りない、わたしの生きてきたほんの束の間の人生では想像すらも難しいほど長い孤独と絶望は、彼をこんなにもさみしいひとにしてしまった。幸福なんていらないって背を向けるその姿を、何度見つめたことだろう。ほんの少しだけ手を伸ばせば届くのに、何度求めても報われなかったその記憶が彼を蝕んでいるから、その幸福を他でもない彼自身の手で壊そうとする。
 それは、今も。

(……あなたはわたしをきらいになるかな)

 どんなにあなたがわたしを傷つけようとしたってわたしはあなたを嫌いになれないって知ったら、あなたはわたしをきらいになるかな。きもちわるいって吐き捨てて、ごみくずみたいに殺してしまうかな。
 ああ、別にそれはそれで幸せな結末なのかもしれないけれど。
 いじわるな笑顔に手を伸ばして、その白い頬に触れた。しっとりとつめたい頬だった。触れた瞬間に彼の身体がかすかに強張る。けれど彼はそれをじょうずに隠してしまうから、その手を背中の後ろに回し、彼の身体をそっと抱きしめた。ああ、わたしがいつまでもあなたのそばにいられればいいのに。だけどそんなのできっこないってわかっているから、だからわたしはささやく。
「いいえ」
 静かに、けれど意思を込めて。

「オーエンは、こわくないですか」

 ――――あなたは、わたしが。
 寄せたつめたい頬に、つうとあたたかなものが流れていく。きっと春の雪解け水のように清廉なその涙が自分のせいであることを知っているのに、それでも彼を手離せない自分のエゴを思う。
 あおく照らされた部屋のなか、音もなく涙を流す彼をわたしはただ抱きしめていた。