涙さえも
ぼくは世界をほとんど知らない。だけど世界はクソッタレだってことは知っている。冬の寒い日に凍えながら過ごすベランダの地獄も、笑いながらサンドバッグのように殴られる痛苦も、自分が透明になってしまったかのような諦念も、揃ってぼくに世界はクソッタレだってささやいた。だからぼくもその合言葉をささやく。世界はクソッタレだ。
そんな世界から逃げたくて、山の上から身を投げた。死ぬと思った。ようやくこの世界からオサラバできるんだと笑った。だけどぼくは再び目を開けた。開けてしまった。そこはクソッタレの世界じゃなかった。あたたかさもやさしさも、きちんとある血の通った世界。
血の通わない冷たい思考がぼくにささやく。「どこまでゆるされるか、ためしてみようよ」。あたたかさとやさしさがどこまで損なわれずに存在するか。どこまでやれば薄氷が割れるみたいにクソッタレの世界が顔を出すのか。それはもう止められるはずのない衝動で、ぼくは殺した。たくさん殺した。必要もないのに命を奪い、憎しみの目を微笑みながら見つめ返した。楽しかった。気持ちよかった。ほんとうは存在してはいけないものが壊れていくのは安心した。
だから。
「だがそれでも、お前はいいやつになれるんだ」
そう言って息絶えたひとを見て、ぼくの心を満たすのはなお満足だった。