いつか、桜の葬送


 長く、眠っている。
 寝顔はまるで死んだように穏やかで、かすかに微笑みさえも浮かべている。すこしだけ開いた窓から舞い込んだ春風が連れてきた薄桃色の花びらが、その白い頬にふわりと落ちた。オーエンはそれに手をのばしてつまみあげ、なんとなくの思いつきで口に入れてみた。しっとりした花びらは何の味もなくてまずいから、顔をしかめて飲み下す。
 死体が埋まっているんです、と彼女は言った。死体? と聞き返すと聞き間違いではなかったらしく「はい」とにこりと微笑んだ。
「桜の下には死体が埋まっている。だからあんなにうつくしく咲くんです」
 まあ迷信なんですけど。平然とした声でそう言ったので、じゃあ賢者様が死んだら桜の木の下に埋葬してあげるね、とオーエンが言うと、たのしそうに「あはは」と言った。
「そうですね、お願いします。わたし、桜が一番好きなんです」
 まだ埋めなくてもいいでしょう? 目覚めない彼女に問い掛けながら頬に触れると、手袋をしない指先から直にそのあたたかさが伝わる。まだ埋めなくていい。まだきみの変な顔とか変な声とか、僕の言葉で怒ったり傷ついたりするところを見ていたい。
(飽きる、までは)

 そしてオーエンは「起きて、賢者様」と呼び掛ける。微睡みの中にいる彼女は、さくらもち食べたい、なんてまぬけな寝言を呟いた。



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