ただそれだけの呪いを


 そういえばもうすこしでエイプリルフールですね、と彼女は言う。
「エイプリルフール?」
「はい。こっちはそういう風習はないのかな。普段は嘘ってついちゃだめですけど、エイプリルフールだけは嘘が許されるんですよ。だからちょっとしたお祭りみたいなものです」
「へえ。どんな嘘でもついていいの?」
「まあ、はい、人を傷つけるようなもの以外なら。……あ、でもなんか縛りがあった気がするな」
 うーんと唸って口元に手を当てた賢者は、しばらくしてから「確か」とおぼろげな記憶をたどるように言った。
「確かあれです、午前中だけしか嘘をついちゃだめ、みたいな……感じだったような……?」
「へえ。午後に嘘をついたらどうなるの? ぐちゃぐちゃのばらばらにされちゃったりするの?」
「わたしの故郷ではそんなバイオレンスは許されなかったと思いますが……えーとなんだったっけな、午後についた嘘はその一年絶対に叶わなくなる、とかそんな感じだったような気がする」
 へえ、と相槌を打つ自分の声が、なぜか他人のように聞こえた。
 彼女がきてはじめてのエイプリルフールの午後、オーエンは彼女に「自分の世界に帰りたくない」と言わせた。二年目も、三年目も、その先も。彼女はへんなのって言いながらオーエンに促されて何度も嘘を吐きつづけ、そのたび彼女は帰れないまま故郷でもなんでもないこの世界で一年過ごすことになった。
 たったひとりの賢者様は賢者の魔法使いであるオーエンに呪われてしまったのだ。馬鹿みたいだね、と毎年彼女を嘲笑った。これで今年も帰れないよ、おめでとう、きみはまた一年ここで生きていかなくちゃいけない。
(かわいそうにね)
 だけどあるときふとオーエンは気付いた。春の訪れが近づくたび、なぜだか心がざわざわする。彼女は一年帰れない。だけど四月一日の午前中だけは例外だ。そのとき彼女は呪われていない。目を離したら、いつのまにか消えているかもしれない。
 だから午後になった瞬間、オーエンは彼女に嘘をつかせる。彼女は無邪気な顔で何も知らずに微笑んで、またですか、と言って呪いの言葉をくりかえす。彼女をここにとどめおく、ただそれだけの呪いを。
 呪われたのは彼女か、それとも自分自身だったのか。もうオーエンにはわからない。



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