あなたのことをきっと呼ぶから


「賢者様はいつ星になるの」
 そんな言葉にわたしはぱちくりと瞬きをして彼の目を見つめ返した。彼の話はいつも唐突で、うまくその言葉の意味を掴めないことも多かったけど、燃える夕陽の赤色と朝焼けのやわらかな黄色の瞳は、今日もやっぱりうつくしい。ほし、とわたしがくりかえすと、うん、星だよ、と頷いた。
「こないだは星にならないでって言ってたのに」
「気が変わった。きみが星になったら変な星座にしてあげようと思って」
「たとえば?」
「猫草座」
「ご褒美ですが!?」
 鼻息荒く頷いたわたしからちょっと距離をとるようにしながら、ばかみたい、とオーエンは肩をすくめる。猫ならなんでもいいんでしょう。責めるような、あるいは拗ねるような声で言う。
「あいつら適当だしきまぐれなのにさ。そんなに猫が好き?」
「うん、むかしから。かわいいし、きまぐれなところもたまらないんですよね」
「へえ。じゃあ猫草座にしてあげるから、星になっていいよ。ほら、今すぐ」
「今すぐはちょっと……仕事も終わらないし」
「ふん、ばかみたい。そんなくだらない紙なんて、全部まとめて火をつけてやろうかな」
「ぜったいにやめて……」
 つまんない、と不貞腐れて彼はぐでんとわたしのベッドに寝転がる。自分のベッドを触られたら怒るくせに他人に対しては無頓着だ。まあわたしはまったく気にならないからいいんだけど、と苦笑して、ふと思い至った。
「そういえば、しんだらほんとに星になるんだ」
「は? こないだはならないっていってたくせに。僕に嘘をつくなんていい度胸してるね」
「たしかに夜空に浮かばないですけど……でもわたしたちが生きているのも星だから。いつか死んだら土に還って、わたしたち、星の一部になるんです。わたしたちが居る星だから夜空に浮かんでいるのは宇宙からじゃないと見えないけど、だけどもしかしたら宇宙のどこか遠くのほうで、あれは猫草座だ、なんて知らない生命体にいわれているかもしれませんね」
「は? そんなの絶対嫌なんだけど。勝手に見ないで」
「見られているとは限らないんですけどね……」
 不愉快そうなオーエンに、わたしは思わず笑ってしまう。
 わたしたちはこんな会話を何年もずっとくりかえして、だいじな話なんて片手で数えられるほどしかしなかった。けれどそれらはきっと無駄なんかじゃなかった。星座を構築しない星が、それでも夜空をきらきらうつくしくいろどるように、一見意味なんて何もないように見えたって、わたしたちには必要なことだったんだろう。きっと、これからも。
 いつか、とささやく。
「いつかわたしが地殻やマントルになったとき、それでもオーエンがわかるかな」
「は?」
「そんな威圧しなくたって……。だってマントルとか地殻って岩石とか金属ですよ、人間の意識を保つのはちょっと無理じゃないですか?」
「無理でもわかって。ねえ、約束してよ」
 約束、とわたしはその言葉をくりかえす。うん、と彼は頷いた。
「約束。……いつかきみが星になったら、燃え盛るマグマの底から僕を呼んで」
「…………あはは」
 笑うと不機嫌そうに「なにわらってるの」なんて言葉が返るから、いいえ、とわたしは首を振った。なんでもないですよ。ただうれしいだけです。そんな言葉はとんでもない報復を受けそうだったから、大事に大事に胸の中にしまって、いいですよ、とわたしは言った。
「いつかわたしが星になったら、あなたのことをきっと呼ぶから」

 ――だから、きっとこたえてね。



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