あとがき


オーエンの心を満たすのは劇的で鮮烈な出会いではなく、平凡でありきたりな、だけど毎日すこしずつ違う平穏な日々ではないのかな、そしてそれを真木さんは与えてあげられるのではないのかなと、そんなお話でした。
以下、ちょっとした小ネタです。

・「かえる」と「帰る」
かえる=ほんとうの居場所に帰る
帰る=それ以外、という使い分けをしていました。
「つかのま」と「うたかた」で共通の、ラストシーンの「かえ/帰りましょう、オーエン」という真木さんの台詞は、オーエンにとって魔法舎が真木さんのかえるべき場所だけど真木さんにとっては本当の居場所ではない、というそういう対比をしたかったというあれでした。
「つかのま」や「ただそれだけの」ではまだ真木さんの本当の居場所を魔法舎だと認識しているオーエンが、「春の夜空」や「涯て」では魔法舎ではない、彼女のいた世界が本当の帰るべき場所だとわかっているところに彼らの過ごした時間が現れているとおもってもらえたらうれしいなあ。とか。

・「うたかた」について
はじめて「つかのま」を書いたときに考えてたけど死に設定になってしまった「真木さんは耳がきこえなくなる前にストレスから味覚障害をおこしていた」というのをやっぱり書きたくて書きました。
「つかのま」でフィガロは真木さんの耳と目が機能しなくなった原因を「役目から逃げたい」という願いにあると語って、そしてそれももちろん理由のひとつではあるんだけど、彼女が苦しんだのはもっとシンプルな「嘘をつきたくない」というそれだけの理由が大きかったんだという話でした。嘘をつきたくないから聴力と、ひいては声を失い、そんな風に短絡的に逃げだした自分にオーエンがきまぐれな優しさを与えたこと、そしてそれに幸福を感じてしまった罪悪感が真木さんの視力を奪ったのだという、そういうかんじです。
オーエンは「つかのま」で「甘いものに顔を綻ばせ」と真木さんを語りましたが、実際はまだこの時点で真木さんのことなんてなんにも見えてなかったというところにもふたりの噛み合わなさがでてたりします。ここは書いてて「おえぴ……」てなってました。甘いものを食べれば誰もが幸せになるとおもっているのか。わかる。

・「涯て」について
オーエンによってどうにか繋ぎとめられたもののただ死期がずれただけで今際の際にある真木さんの見た夢にさまざまの願望が現れていたという話でした。
ひとつめの夢は「あなたの人生と出会い方が違えば」「名前を呼んでほしい」のふたつ。心底どうでもいいんですけどわたしは放課後教室に残って日誌を書くシーンが最高にすきです。あんまり意図してなかったけどくりかえし真木さんがオーエンをかわいいというので、なるほどそういう目でみてたんだな…てきもちになりました。
ふたつめの夢は「あなたをおいてしにたくない」と「朝が来なければよかった」のふたつ。後者について、「つかのま」「うたかた」で真木さんはオーエンに「帰りましょう」といいますが、そんなことほんとうは言いたくなかったんだというあれです。朝が来なくて、ずっとふたりで寄り添って眠っていられたら、と心の底からおもいながら彼女は最後の夢を見たのでした。
みっつめは「ただの幸福な日常を過ごしたい」というそれだけ。ふわふわした幸福の中にすうっと入り込んでくる不穏を書きたかったんですけどとても難しかったです。不穏、難しい。
あとオーエンが洗い物をしてくれるシーン、ぎりぎりまで「ほんとにオーエンが洗い物してくれるか…?」て悩んでたんですけど結局答えは出なかったので「どうせ夢だし!」で解決しました。強引。

・「僕達に」について
最後に加えた短編がこれです。
「涯て」が別れ際にようやく恋心を自覚する真木さんの話でしたが、たぶん真木さんが恋心に気づく何倍もの時間をかけないとオーエンは真木さんへの気持ちに気付かないだろうなと漠然と思っていたんです。書かないつもりだったけど。でも推敲しながらふと「気付くとしたらこういうシチュエーションだろうな」とすっと腑に落ちたのでした。そして勢いのまま書きあげたあとに「そうかなるほど、わたし、こういうことが書きたかったんだなあ」って納得するという、あんまりしたことのない経験をしました。なんだかとてもうれしかったです。冒頭、お気に入りです。それと、「だから、傍らにもう誰もいない、独りぼっちの旅ももうおしまい」という文章。最初「もう」がかぶってるの文体がちゃがちゃするな…て消してたんですが、彼の未練が言葉に出てる感じがしてやっぱりそのまま残しました。お気に入り。
「独りぼっちの旅」→「鮮やかにうつくしいひとりの世界の片隅」ていう変遷が、オーエンに真木さんが与えたものだったのだろうなあという、そういうはなしでした。

・イメソンについて
プラスチックワード / mol-74
書きあげたあと推敲作業中にはじめてきいたんですけど、「涯て」のイメージそのままで死にました。元々雨のモチーフは深い意味はなくて遣らずの雨くらいのあれだったんですが、符合している…!てふるえたのを覚えています。穏やかな曲調、繰り返される言葉、いつまでもは続かないふたりの停滞、てかんじ、すきです。

パレード / ヨルシカ
どれかの話というわけじゃなく、真木さんを失ったことを受け入れたオーエンのイメージでした。穏やかな欠落、あたたかなさみしさ、そういうかんじがとてもすきです。失くしたことはかなしくて、でも真木さんの残したあたたかな記憶がオーエンを生かすというか、「きみの書く詩を」「真似る」ように生きていくんだというきもちというか、そんなかんじです。

・真木さんの死因について
明言しませんでしたが、オーエンの心を満たすのが『劇的で鮮烈な出会いではなく、平凡でありきたりな、だけど毎日すこしずつ違う平穏な日々』であるのなら、それを奪うのは理不尽で唐突な、そして誰も仕組んでいない偶発的な死だろうと、そういう気持ちで書きました。たとえば朝「いってきます」と家を出て、その帰り道に事故に遭って帰らぬ人になるような。
真木さんもオーエンも当たり前のように一緒にいて、これからも一緒にいるんだっていうことを疑っていなかったのに、唐突に奪われてしまったから「涯て」でオーエンは真木さんを繋ぎとめたんですが、もし「涯て」で真木さんが夢を見なければ「あなたの笑顔がすきだから」「わらって」という言葉を言えなかったんではないだろうか、でも時間があれば言えなくても言葉は伝わったんじゃないだろうか、いやオーエンにそれがつたわるんだろうか、とか、いろいろ考えてもやっぱり答えは出なくって、突き詰めてしまえばふたりには(というかすべての人達には)死別しかないので、最後に理解できたという意味であれはハッピーエンドだといいたいです。いいはりたいです。そしてゆるされたい。



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