生徒会室から見える山の上に隔離された古い木造校舎。本校舎から追い出された落ちこぼれの居場所、通称エンドのE組。そこに彼女はいる。

「…名前さん…どうしてE組なんかに…」

彼女は成績優秀で、品行方正。先生やクラスの皆からの信頼も厚かった。そんな彼女がE組へ行く理由が一切思いつかない。何よりあり得ない。きっとE組の誰かに脅かされたに違いない。

理事長である父に問い出しても、上手くはぐらかされ、一つだけ分かった事実は名前さん自らE組へ行くことを決断したらしい。

それでも納得いかない僕は直接本人に理由を聞いた。だけど「理由を聞いたら…きっと私のこと、軽蔑するよ」と、今にも泣き出しそうな顔をされた。それ以上追及出来る訳がない。

そんな顔をさせるつもりではなかった。僕が1番彼女の側に居たはずなのに、何一つ彼女のことを理解していなかった自分に怒りを覚えた。それと同時に情けなくて恥ずかしい。

もし…あの場で、君を抱き締めることが許されたのなら、君はE組へ行かずに済んだのだろうか。このモヤモヤした気持ちも、少しは晴れただろうか。

そして今日、月に一度開かれる全校集会がある。そう、彼女に会える日。

「!、もしかして…」

考え込んでいた僕は、いつの間にか体育館付近まで足を運んでいたようだ。その近くに設置されている自動販売機の前に1人の女子生徒の姿を捉えた。

僕が見間違える筈がない。2年間も、ずっと側にいたのだから。あれは、名前さんだ。

「…あっ、学秀君。久しぶりだね」
「ああ…。久しぶりだね、名前さん」

飲み物を買え終えた名前さんがこちらを振り向き、僕の存在に気付いたようだ。久しぶりに聞く名前さんの声は、落ち着く程すとん、と僕の心に落ちた。

「学秀君も、飲み物を買いに?」
「いや、生徒会の打ち合わせで早めに体育館へ向かおうと思ってね。…それ、なに買ったんだい?」

名前さんの手に収まっている紙パックの飲み物に目を向ければ、「いちご煮オレ、クラスの子に勧められてさ」と、嬉しそうに僕に見せてくれた。

クラスの子、ね………。

「中々甘ったるそうな飲み物だ。…それじゃ、僕は先に行くよ」

違う。もっと名前さんと話していたい。たった1ヶ月、名前さんのいないA組は退屈で仕方なかった。本当は、今すぐA組に戻って来てほしい。

「うん、わかった。…じゃあ、またね」

またね、とは一体いつだ?来月の集会?タイミングが合わなければもっと先?そんなの…僕には耐えられない。

嫉妬で歪んだ顔を隠すよう名前さんに背を向け、踵を返した足は鉛のように重かった。また一段とモヤモヤした気持ちが心の底で増えては沈んでゆく。

「………待って!学秀君!」

反射的に振り向けば「あの、良かったら…」と名前さんは言葉を続けた。

「久しぶりに…、その、一緒に帰らない?」

どうして名前さんは、僕の欲しかった言葉が分かってしまうんだろうか。

「…あっ、でもE組の私と一緒に帰ったら嫌だよね…?」 「そんな事ない!…名前さんは特別さ。僕の大切な友人だからね」

僕の言葉に名前さんはありがとう、と照れたように微笑むその姿はとても愛らしかった。

ふわっと心が軽い。

…らしくない。この僕が、たった1人の女子生徒にここまで心を乱されてしまうとは。

こんな僕の姿を見た父やクラスの皆は、きっと驚くだろうな。…いや、父は、一人前に色恋ですか?と嘲笑うだろう。そういう人だ。

だが、どう思われてもいい。格好悪い姿を晒されても、名前さんが僕の側に居てくれるのなら、どんなに格好悪い自分でも好きになれそうだ。

ただ、君が笑っていてくれるのなら、今はそれだけでいい。

「今日、生徒会の仕事はないから、HRが終わればすぐに行けるよ」
「なら良かった。本校舎の裏門に待ち合わせでいいかな?もしかしたら私の方が遅くなるかも…」
「ああ、わかった。待つのは嫌いではないさ。それじゃ、また放課後に」

うん、またね。と、片手を挙げ、柔らかな笑みを零し走り去る名前さんの姿を見えなくなるまで見送った。

名前さん、君は知っているかい?

君の一言で、一喜一憂してしまう僕の姿を。この感情に気付かないフリをしていることも。きっと、何も知らないだろう。

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