殺気だけでこんなにも胃をキリキリさせる程、重く感じるのは後先でいつくあるだろうか。
自分ではなく、ビッチねえさんに向けての殺気だと頭では理解しているはずなのに、額や背中から滲み出る冷や汗が止まらない。
次にビッチねえさんが名字に対して下手に動けば、名字の両隣に居るカルマや寺坂がまず黙っちゃいないだろう。
カルマに至っては、制服で隠れてはいるが腕の辺りにナイフか拳銃を忍ばせている。対殺せんせーの武器だから、人に危害はないけど、至近距離からなら威嚇程度は出来るだろう。
…ただカルマが威嚇程度で済ますとは思わないけどな。
とにかく名字からビッチねえさんを離さなくては…。けど、こっちも下手に動けない。相手はプロの殺し屋だ。これ以上刺激を与えられない。どうすれば…。
「っ、!」
それは突然だった。
ビッチねえさんが勢い良く名字から距離を取ったのだ。何事かと思いビッチねえさんを見れば、その表情は困惑と恐怖が入れ混ざっていた。もしかして…ビッチねえさん、怯えてる?
「っと、とにかく!私の暗殺を邪魔したら殺すわよ!?」
ふん!と悔しそうに鼻を鳴らし、足早にE組から立ち去るビッチねえさんの姿を、俺は唖然としながら見届けた。
「名字さん、大丈夫!?」
「マジで焦った〜、一体何だったんだよビッチねえさんのヤツ…」
「でも無事で良かったよ、名前ちゃん!」
ビッチねえさんが教室から去った後、沈黙と殺気で張り詰めていた空気が少し和らぎ、安堵の声がちらほらと周りから聞こえた。
大丈夫だよ、ありがとう。と、名字は声を掛けてくれた相手に一つ一つ丁寧に返事をした。
「だぁーっ!息が止まるかと思った!とにかく俺らの女神である名字さんがご無事で、拙者何よりでござる」
「…ああ、そうだな」
前の席の岡島からの絡みに返しつつ、視線は自然と名字を追っていた。
…ビッチねえさんは一体何に怯えたんだろう。
あのビッチねえさんの怯え方は尋常じゃなかった。ビッチねえさんが名字から勢い良く距離を取る前に一瞬感じた誰よりも鋭く忌々しい殺気。カルマでも寺坂でもなかった。
まさか、名字………?
視線の先に、一件落着した安堵の表情を浮かべ、皆と雑談している名字の姿を捉えた。
…いや、あの名字があんな殺気を出せる訳がない。きっと俺の勘違いだろう。
「…名字、さっきは大変だったな」
「千葉君…、ビッチねえさんの話を聞かずに自習してた私が悪かったし…」
次からは気をつけなきゃ、と眉を八の字にさせながら名字は笑ってみせた。
「おい千葉!なに抜け駆けしてんだよ!ズリィぞ!あ、名字すわぁ〜〜〜ん!」
「…お前はどこぞの女好きコックかよ」
某海賊漫画を思い浮かべながら、名字の元へ駆け寄った岡島を横目で見ると、狭間に足掛けされ派手に顔面から転んでいた。
…岡島には同情しないけど、名字が無事でホント良かった。
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