放課後になれば友達との会話に花を咲かせたり、暗殺バドミントンでトレーニングしたり、殺せんせーに勉強を教わったりと、下校するのは割と遅めな方だ。
だけど、今日は違った。
「あら、名前。もう帰るの?」
帰りのホームルームが終わり、私は鞄の中に教科書や筆箱を詰め込み、席を立ち上がった所で、前の席のきーちゃんに不思議そうに声を掛けられた。
「ちょっと予定があって…」
「ふ〜ん。まぁ、気を付けて帰りなさいよ」
「ありがとう、きーちゃん。また、明日ね」
はいはい、また明日。と、きーちゃんの返事を最後まで聞いてから、鞄を手に持ち、誰よりも真っ先に教室を出た。
いつも下校する頃には橙色に染まっている空が、今日はまだ青い。少し慣れてきた山の坂を下りながら、ちらりと空を仰いだ。自然と駆け足になるその足はなんだか軽い。
ようやく山を下れば本校舎が見えた。自ら指定した場所へ向かえば何やら難しそうなタイトルの文学書を片手に、裏門の壁に背を預け、約束をしていた彼はすでにそこにいた。
眉目秀麗な彼にかかれば、そんな姿でさえ、まるで映画のワンシーンのように見えた。
「…っ、が、学秀君、お待たせ!」
そのまま学秀君を見つめていれば、不意に彼と視線が絡み、咄嗟のことに言葉が吃ってしまった。続けて、待った?と、聞くと、いいや、いま来た所さ。と、彼は口許に笑みを浮かべた。
学秀君と肩を並べて歩けば、懐かしさが込み上げてきた。さりげなく車道側へ移動してくれたり、私のペースで歩いてくれる何気ない気遣いは何も変わっていない。
「今回の中間テストの勉強、はかどってるかい?」
「うーん、数学と英語が相変わらずかなぁ…」
「そういえば、数学と英語は名前さんの苦手科目だったね」
「うっ、痛いとこ突かないでよ…。今回こそ学秀君に勝つつもりなんだから」
期待してるよ、と、余裕に微笑む彼には到底勝てる気がしない。なんせ常に1位に居座る彼だから、私のような凡才は今以上に努力をしなければならない。
元々勉強は、好きではなかった。勉強は苦手で、体育の授業が唯一の楽しみだったどこにでもいる普通の小学生だった。しかし、あの事件以来その気持ちはがらりと変わった。
“ナギサを殺す”、その殺意だけで苦手だった勉強を死ぬ気で頑張った。頭の悪い暗殺者はいない、と単純に思ったからだ。緻密な計画や作戦、機転の速さ、どれも暗殺には欠かせない。
いかにナギサを完璧に殺れるか…それは頭の良し悪しも関わってくる。当時はそう思って、必死に勉強に取り組んでいた。…だけど、いきなり天才になれる訳ではなかった。
「………名前さん、」
「!、な、なに?」
「…とても怖い顔をしていたから、もしかして今回のテスト不安かい?」
「え、ち、違うよ!そうじゃないけど…いや確かに数学と英語は不安だけど…」
偏差値66の進学校のA組に居座り続けることが出来たのは、死ぬ気で努力した結果は勿論。それと、もう一つ理由があった。
「僕で良ければ、いつでも教えるよ」
それは、学秀君の優しさだ。
毎回私の苦手科目や、テストに出そうなヤマを張り、それを踏まえて一緒に教えてくれるのだ。自分のテスト勉強もあるはずなのに、「人に教えると自分にも身につく」と、以前勉強を教わるとき渋ってみれば、そう答えてくれた。
「学秀君がいれば、百人力だね」
「僕が教えるからには、数学と英語は勿論満点じゃないと、ね?」
意地悪そうに笑ってみせる学秀君に、「ガンバリマス…」と、苦笑いを送った。今回の中間テストは本気で挑もう。心の中で固く決意した。
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