全部、ゼロになる


「降谷君、」

ああ、また“あの人”の夢だ。

夢の中だというのに、淹れたての珈琲の香りがする。あの人は、僕が淹れる珈琲を好きだと言ってくれた。勿論、砂糖も忘れずに。

「降谷君、」

夕陽に染まるオフィス内に伸びる二本の影。僕とあの人しかいない世界はとても静かに、そしてゆっくりと時間が流れる。心地の良さに瞼を伏せた。

「降谷君、」

ああ、大丈夫ですよ。あの日、貴女が発した言葉を一語一句覚えています。こうして今も夢を見ている。忘れる訳がありません。

でも、貴女は消えてしまうんですよね?あの日のように、突然、僕の目の前から。最初からそこに居なかったように、静かに消えてしまう。


「降谷君、」

すぐ隣に居るはずなのに、掴もうとした手は宙を切った。
そんな僕を見て、貴女は笑った。


もしかしたら、最初から“ゼロ”だったかもしれない。

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