桑原さんと居酒屋
「で、聞いて下さいよ桑原さぁ〜ん!」
「…おいおい、飲み過ぎだ名字」
金曜の夜。土日に仕事が休みな私にとっては花の金曜日。そう、花金である。そんな夜に仕事終わりのサラリーマンが集う庶民的で賑やかな居酒屋に私と桑原さんはいた。
「だってぇ〜!毎日毎日口説かれるこっちの身にもなってくださいよぉ〜!」
「まったく…赤也のヤツも相変わらずなんだな」
桑原さんとは切原さん経由で知り合い、気さくで聞き上手な桑原さんは、今ではすっかり私の愚痴を聞いてくれる唯一の存在。そんな彼も仕事や私情で愚痴が溜まっており、毎週金曜の夜はお互いの愚痴を吐き出していた。
「まあ、赤也はああ見えても根は良い奴だからよ」
「桑原さぁん、その話、もう聞き飽きました!そういう事じゃないんですってば!」
はは、ワリィな。と、眉を八の字にさせて桑原さんはジョッキに残っていたビールを一気に飲み干した。
「逆に聞くけどよ、アイツのどこが嫌なんだ?」
「………、えっ?」
私の愚痴に対して、毎回なにひとつ文句も言わずに黙って聞いてくれた桑原さんから、まさか質問されるとは思わず、一瞬たじろいだ。
「だ、だって…………本気、じゃないですよね…?」
私の言葉にはぁ、と大きな溜め息を零した桑原さんに軽く困惑した。
「あのなぁ…好きでもない奴に毎日口説くか?しかも、名字と出逢ってから約二年間ほぼ毎日だぞ?アイツもそこまで暇ではないし、そんないい加減な奴でもない」
名も知らない感情が、心にちくりと刺さった。
「………私、あかねちゃんの担任なんですよ?…それに…切原さんはバツイチで、子持ち…。正直、私には荷が重いです…」
「そうか…。なんか…その…すまねぇ」
「いえ……、私の方こそ…」
賑わう店内の隅っこのテーブル席に、周りと温度差のある空気。そんな気まずさを察した桑原さんは「今夜は少し飲み過ぎちまったな、そろそろ帰るか」と声を掛けてくれた。
…桑原さんに、気を遣わせてばかりで、本当に申し訳ないな…。
さりげなく私の分までお勘定してくれた桑原さんに財布を取り出せば、今日は俺の奢りだと、手で制された。何とも言えぬ雰囲気のままお店の外に出てみれば、お酒で火照った体に夜の冷たい風が心地良かった。
「…なぁ、一つだけ聞いていいか?」
「…なんですか?」
桑原さんは遠くの景色を見つめ、少し間を置いた。
「赤也のこと…、嫌いなワケではないんだよな?」
「………嫌い、ではないです」
「そうか…、それだけ聞ければいいさ」
今は、な。と意味あり気な笑みを浮かべた桑原さんと夜の煌めく街明かりが妙にマッチして、目の前がぐらりと少し歪んだ。
ALICE+