
佐鳥は、恋に気づかない
最近、嵐山隊がボーダー本部でテレビ番組を経由しての取材を受けた。それには恐らく、ボーダーの宣伝という意味でも良い効果が期待できるのではないかという意図ももちろん含まれていると思う。そんなわけで、全国的にみても結構有名な某テレビ局で嵐山隊に密着というかたちの生放送での仕事をしていた。その日もーーー通常通り多少の規制はあったのかもしれないけれどーーー普通にボーダーは人の出入りがあった……ーーーとは言っても、撮影場所は開発室やら司令室やらに行くには絶対に通らなくては行けないわけで、今日も大体1時間に2、3人はこの通路を使用しているようだった。防衛任務の大まかな報告をする部隊長が通ったり、大切な書類を届けるためにとエンジニアの人が通ったり。そんな感じだ。生放送開始から数十分。冬島隊が偶々この道を通った。恐らく、マイクの音は拾えないところにいたから、向こうの会話は入っていないだろうけれど、一同は今日も楽しそうに廊下を歩いている。当然だけれど、そこには苗字名前の姿も確認できた。
ただ、オレの視線が必要以上に冬島隊(主に苗字)に向いていたのだろう。テレビ局の人はオレの視線を辿って「彼女さんですか?」と冗談っぽく笑った。正解の反応は受け流す事。それはわかっていたのに、その時のオレは嵐山隊の皆に迷惑がかかるのも当然だろうにも関わらず、顔をみるみるうちに赤くして「チガイマス」と片言で否定した。その時のインタビュアーの人の顔は正しく、うわあ、ピュアだなあ、と暖かい目でオレを見守るお母さんのような顔だった。恥ずかしくて死ぬかと思った。しかし、別に好きなワケでは……ない。これは本当だ。ただ3年以上も前からオレはずっと苗字の事は可愛いと思っていて……。口には出さなかったけれど、頭の中で滅茶苦茶大騒ぎが起きていた。そんな某SNSのリアルタイムにも検索ワードとして乗っかってしまう失態を生放送で犯したのにも関わらず、幸いな事にその話題の相手となってしまった苗字は全く気付いていなかった。まあ元々携帯を頻繁に見ているようなタイプでもないし、後で聞いた話によるとその日は任務終わりに当真先輩と冬島さんとで味噌ラーメンを食べに行ったらしい。撮影終わりに出水先輩達に聞いた。この間は豚骨で今日は味噌。本当に冬島隊は仲が良いなと思ったし、自分も冬島隊だったらとか色々考えた。偶に思う。部隊には部隊だけの周りが入れないような分厚い壁があるんだと。それはきっと、オレ達嵐山隊にもあって、冬島隊にも他の部隊にもある。
それはきっと、『仲間』という壁だ。
例えばオレやとっきーがどれだけ頑張ったって、苗字の友達や親友にしかならない。一時的に部隊を組んだって、それは一時的なものであって仲間ではない。冬島隊も他部隊も『仲間』として、とても長い時間を共に過ごしている。だからきっと、オレにその『仲間』の部分に付け入る隙は全くない。そんな話を木虎やとっきーにすると、大きな溜息を一つ吐いた後、頭を抱えた。
翌週。嵐山隊にオレ宛にこれまでにない程のファンレターが届いた。木虎も嵐山さんも自分達に負けずとも劣らず量あるオレ宛のファンレターを見て、全く対照的な反応を見せてくれた。しかし、中身は『可愛い彼女さんですね!!応援しています!』だとか『彼女の嵐山隊入りはいつですか?』だとか。そんな内容ばかりで……
あれ? これ全部オレ宛じゃなくない??
それはもうあからさまに肩を落とした。嬉しいよ。嬉しいのだけれど、そういうんじゃない。そもそも、これをくれている人は誰かに出すついでにオレにも送りましたということが目に見えてわかるようなステキなメッセージ付きで送ってくれている お茶の間のお姉さん達である。改めて、ボーダーを応援してくれている人の優しさに目頭が熱くなるものの複雑である。
「ーーーーさ〜〜とりちゃん」
自分の肩に両手を置いて「すごい量のファンレターだね。佐鳥ちゃん人気者じゃん」と笑う彼女こそこのおおよそ全てのファンレターを呼び寄せた人物。苗字名前である。
徐に後ろを振り返って乾いた笑みで返すと苗字を招き入れた張本人だろう綾辻先輩が自分に向かってガッツポーズをしているのが視界に入り途端に顔に熱が集まるのを感じる。本当にそういうのじゃ……。
「貴方一体なにしてるんですか」
「き、木虎ちゃん顔が怖いよ……」
「元々こういう顔ですが」
「嘘ばっかり言うじゃん! ……と、気を取り直して… 佐鳥ちゃんファンクラブ会員No.1番の、ひよこさんから!!」
急に何を言いはじめるのかと、木虎が怪訝な顔をしている中で、嵐山さんは「相変わらずだな」と笑っているし、とっきーも特に気にせずにファンレターを眺めてちょっとだけ笑っていた。
「貴方は私の太陽です!! いつもキラキラした笑顔テレビを通じてよく見ています! 私は じゅんじゅんよりも、木虎ちゃんよりも佐鳥ちゃんが大好きです! 以上!! はい、私から!」
「それ差出人隠した意味あった?」
「……とっきー、そこは言っちゃダメじゃん…。気付いてもあえて隠して!!」
「誰でも気付くと思いますが?」
「木虎ちゃんまで!!?」
慌てながらもオレに手紙を渡した苗字は「時間がなくて、あんまり良い事を書くことができなかったんだけど、ファンレターあげるね」と笑って嵐山隊作戦室を飛び出した。
なんで急に手紙……。
首を傾げていると、嵐山さんが「最近 賢が元気が内容だったから相談してみたんだが」と良い笑顔を浮かべた。元気がなかったワケではなくて、生放送でやらかして凹んでいただけなのだけれど、どうやら気を遣わせたらしい。なんかすみませんと言葉を渡して、改めてもらったオレ宛の手紙を眺めて頬を緩めると、嵐山さんは改めてオレの顔を覗き込んでからにっこりと笑った。
「元気になったようで良かった!!」
翌日、自分も手紙を書こうとボールペンを握りしめた。さて、何を書こうか。改めて手紙を書くとなると、なかなか難しいものである。だって殆ど毎日会っているから、手紙と言われても何を書いたら良いのかよくわからない。そんな理由から作戦室で百面相…否、十面相をしていると、木虎に冷たい目で見られた挙句に、あのとっきーに揶揄われた。とっきーも何だかんだで苗字の事は気に入っているらしく、今日の昼休みには「おれよりも佐鳥が好きなんだ」と言って、とりまると一緒になって揶揄っていた。
「はあ…、もうそのまま書けば良いんじゃないですか? 好きです、結婚してくださいって」
「木虎なんでオレにそんなに適当なの?」
「…………別に適当じゃありませんし、どちらかといえば割と応援していますが」
「今の間は?」
「意外でしたが、あの人 結構人気みたいですね。ボーダー内に根強いファンがいるとか」
「オレが苗字を好きな前提で話してない?」
「逆に好きじゃないんですか? そっちの方が驚きなんですけれど」
「なんで!!!?」
慌てて立ち上がり、木虎に詰め寄っていると とっきーにも「おれも佐鳥は苗字が好きなのかと思っていたけど」と追い討ちをかけられる。確かに可愛いとは思うし、実際に苗字は滅茶苦茶可愛いですけど!!!? だとしてもこれは好きとかではないと思う!! 2人にそのように熱弁をするが……
しかし、木虎もとっきーも
全く納得のいった顔を浮かべなかった。
「先輩がそれで良いっていうのなら私は別に構いませんが、それでも、佐鳥先輩が実はちょっとでも あの人を好きだって言うのなら、私は今しかないと思いますよ」
「なにが……?」
「冬島隊長と当真先輩を出し抜けるタイミングですよ。馬鹿なんですか?」
「エッ、冬島隊って本当にセコムなの?」
「逆にあそこまでやってるのに気付いてないのは本人と佐鳥先輩くらいだと思いますが」
「そうなの!!!?」
しかしそれでもオレはコレが恋だとは思わない。だって、確かに可愛いとは思うけれど、同様に他の子にだって可愛いなあと思う事はあったから。ただ、たった一枚の紙切れである手紙をオレは今も大切に机の中にしまい込んで捨てることが出来ない事は紛れもなく、確かな事実だった。
「木虎も佐鳥を応援してたんだね」
「一応成功して欲しいとは思いますけれど、あの様子じゃあ目を付けられてから気付きますから無理ですね」
「……油断してたら、おれが取っちゃうよって言ったら佐鳥も動くかな」
「時枝先輩まで揶揄ったら疑心暗鬼になるんじゃないですか? あの人」
「でも おれも割と本気だよ」
「………!!!?」
「ただ、佐鳥には おれの先を越す権利があると思っているだけ」