※本作品の本編では、まず殆ど関わりはないので別物と考えてください。
IFで修に滅茶苦茶懐く長編主の話です。
(ヒュースがいなければ こうなっていた、かも)


凶のち凶










 苗字名前が三雲修と付き合っているという噂が流れたけれど、『それは全くの勘違いである』と断言しよう。そもそも、三雲修は苗字名前から『空閑遊真と同じ部隊の隊長』もしくは『京介の弟子』という認識しか持たれていなかった筈だ。それならば、なぜこのような噂が出回ったのか。それは間違いなく、苗字名前が三雲修および空閑遊真に会いに行くためだけに玉狛支部に通っている事実があるから。それでないとしたら、ランク戦の度に玉狛第二の空閑、三雲を恐ろしく贔屓して応援に励んでいるからである。では何故、噂の対象が空閑遊真ではなく、三雲修に縛られているのか。そのあたりの詳しい事情は、実際には確認云々の作業を行ったものがいないおかげで正確なものはない。ただ、噂の発信源であるとされている中央オペの見たという雰囲気の問題だろう。



「遊真〜〜!!!修く〜ん!!」
「こんにちは、苗字先輩」
「おお、名前ちゃん先輩」
「?……緑川くんの呼び方がうつったの?」



 そうではなくて「実は呼んでみたかった」と、話す空閑遊真に抱きつく苗字名前の姿をみて、驚くものはそういないが、A級部隊の狙撃手と仲の良い2人に視線が向くのは当然の流れだった。最近入ったばかりの人間は、その光景を『うわ、A級の人と仲良くしてる。すげえ』だとか『玉狛第二と冬島隊の……』だとかその程度の感想しか抱かないだろうが、わかるものが見れば、恐ろしく奇妙な光景がそこにはある。

 あの『絶対的城戸派』とされている三輪秀次と並ぶほどの城戸派である『苗字名前』が 近界民 ネイバーである『空閑遊真』に抱きついているのだ。一昔前ならばーーーー否。今でも少しだけ疑わしい光景である。この事情を心得ているのならば、苗字名前が付き合っているのは、空閑遊真の一択だったはずだ。故に、先ほどの考察もあながち間違ってはいないに違いない。



「苗字先輩も個人戦ですか?」
「うーーーん。じゃあ、修くんる?」
「……はは、今日は遠慮しておきます」



 稽古ならいつだって見てあげるんだから、とりおじゃなくて、私の事も頼ってね。はにかむ苗字名前に三雲修は「ありがとうございます」と、さも当然のようにソレを受け入れているが、三雲修のその場所に立ちたかった者からすれば、三雲のその態度は大変気に入らなかった。例を挙げるのならば……いや、それは多すぎて挙げきることができないのだが、それくらい『苗字名前の弟子』はレアな立ち位置なのである。ただそれはあくまでも噂であり、三雲修は他でもない苗字名前本人からの申し出により『射手』という役割においての弟子の位置を確立した故に有難さなど、わかるはずもなかった。

 ただ、色々と鋭い空閑遊真には その言葉の意味がよくわかった。普段はニコニコしている知り合いが、恐ろしく清々しい笑顔で三雲修という人間に対しての悪意を向けていた。それは、気に留まるほどのものではなかったし、三雲修という人間に対しての100%の悪意でないことも遊真はわかっていたからこそ、口にはしなかったが、どうやら厄介な立ち位置の人を師匠につけたことだけはわかった。烏丸京介と苗字名前。遊真にもその贅沢さというのが、イマイチ理解できなかったが、小南桐絵や迅悠一がいうには、2人とも共通して恐ろしくモテるらしい。



「じゃあ、おれとろうよ」
「遊真は私の真剣な殺意を面白がるからイヤ」
「名前は相変わらずケチだな」
「それに修くんは『命の恩人』だから尽くしているのであって、遊真に恩は感じてないもの」
「これはこれは、手厳しい」



 いっそ清々しいほどに真っ直ぐと、これっぽっちの嘘もなく本人に対してそういう・・・・台詞を口にできるところは流石である。迅悠一がいうには『名前は真面目だから城戸さんに言われない限り、遊真に手は出さないよ』とのことだったが、個人戦で彼女が見せる明確な殺意を一身に受けた時。遊真は久しぶりに少しばかりの生命の危機を感じたものだった。しかもそれは、全く勘違いではなく、5本勝負の5本の中でしっかりと全戦で殺された。以前、緑川駿は遊真に対して『A級の壁』と苗字名前を称したが、その圧倒的な壁に遊真は思わず笑顔を浮かべて名前に再戦を挑んだが、それ以降全て振られ続けている。ただ、彼女の戦い方は自分達によく似ていた。それは小南桐絵にも同じ事が言えるが、彼女は小南桐絵のように動きが似ていると言うわけではなくて、掴みどころがない感じや、まるで戦術が見えないところがよく似ていた。

 攻撃がくるという事実はわかるのに、避けられない。避けきれない。そういう意味で、影浦雅人のようなタイプかと疑ったが、緑川駿によって笑顔で否定された。緑川曰く、『あれもあれで凄いけど、名前ちゃん先輩のアレはわかっていても避けられないんだよ、本当に』らしい。たったの5本しか戦闘を行った事がないせいで、詳しくはわからなかったけれど、アレが苗字名前の正式な役割ポジションではないという事実が、遊真の興味を更に煽った。



「ーーー苗字、メガネ君」
「あれ、出水先輩? どうしたの?」
「見かけたついでに、唯我が苗字が相手してくれねーって寂しそうにしてたぞって報告」
「ほんと!? 尊っち可愛いか!!!」
「可愛かねーよ」
「またまた〜。先輩ってば冗談キツイんだから。出水先輩よりは可愛気ありますって」
「やかましい」



 出水公平は名前の頭を軽く叩いてから、三雲修と空閑遊真に視線を向けた。またこいつらといるのか。2人をみて、まず抱いた感想はこれであった。どうやら苗字名前は、これからまた いつもの調子で玉狛支部に遊びに行くらしい。またかお前。出水公平がそういう感想を抱く程度には、最近の彼らは『常に』と表現しても良いほどに共に行動していた。冬島隊といる時間よりも長いのかと聞かれてしまうと、出水公平にはわからないけれど、少なくとも、三雲修と付き合っているなんていう噂がたつ理由は、それだけ頻繁に会っているからだろうと思わなくもない。知ってるか、お前。いや、苗字は知らないだろう。緑川とか、二宮さんとか、加古さんとかは冬島隊とは違い、噂をそのまま鵜呑みにしてるマジで素直な人達だから三雲のことが大嫌いなんだぞ。お前のせいで被害を受けるのは三雲だけだからお前は良いかもしれないし、ぶっちゃけ おれもどうでも良いけど、一部があまりにもうるさいおかげで、普通に周りと楽しくやってる おれ達にまで被害が拡散するのだ。

 具体的にはなんだ。そう聞かれるとすぐには答えられないけれど、少なくとも、出水公平は『三雲修とも苗字名前とも相当仲が良いうえに話しかけるハードルの低い男』という認識にあった。なんとも言えないが、失礼な立ち位置である。そのせいで、三雲修への悪口窓口はわりと自分である。完全に被害者だ。



「あ、あーー……苗字」
「なんですか?」
「お前なんで最近玉狛に居座ってんの?」
「ああ、転属しました」
「はい、嘘な」
「バレるの早くないですか?」
「おれら意外と付き合いなげーじゃん」



 しかし、強く言えない原因は おれにもあった。強いて言おう。強いていうのならば、三雲修と苗字名前がこうなるきっかけをつくったのは、恐らく、迅さんだった。そしておれは見事に利用されたのだ。まあこれも仮説だし、迅さん自身も苗字名前のキューブがなんとやらという状況の中で、恐ろしく取り乱していたという理由から、あの未来は狙ったものではないという可能性ももちろんあるけれど、それでも、あの状況を打破する作戦もあっただろう。それなのに、しなかった。それはつまり、少なからず、玉狛支部もしくは迅さん本人に対して、有利に働く未来が見えたからだろう。それにしては、あまりにも賭けだけれど、可能性の高い低いというものがあるらしいから、可能性としては良い方向に向かう未来だったのだ。きっと。そして、迅さんによって見事に三雲修を『苗字名前の命の恩人』の地位に引き上げる要素として使われたおれは下手に動けない。今がまさにそこである。

 実際に迅さんの作戦は大成功だ。迅さんは苗字という化け物を三雲修の味方につけた。そして、苗字名前という女への地雷である空閑遊真と苗字をぶつけて、どちらにも火をつけて成長させるというとんでもない事にチャレンジし、それすらも成功させている。もういっそ怖いまである。



「名前は、なんで攻撃手やんないの?」
「依存してるからだよ。私の副作用サイドエフェクトに」
「…………ふーん、おもしろい事いうね」



 空閑遊真の探るような視線に違和感を感じたのは出水公平だけではなく、三雲修も同様だった。けれど、発言自体には可笑しいところは何もないーーーにも関わらず、2人の間には、まるで2人にしかわからない独特な空気が広がっていて、あまりにも居心地の悪い空気に三雲修が声を上げる。

 今日は烏丸先輩が来る日ですが、大丈夫ですか。別に烏丸京介と苗字名前は仲が悪いわけではないし、彼がいたところで、三雲修がいればプラスになり、お釣りが来ると名前は思っているほどだったけれど、よほど空閑遊真の瞳が気に入らなかったのだろう。「出水先輩と少しだけ話したから行くね」と、彼女は三雲修に笑った。その様子を見たときに、三雲修はホッと息をついたし、出水公平は「(近界民嫌いは健在なのか)」という感想を抱く。ここまでが、遊真の失言からおよそ十数秒の出来事である。対応力を評価してやりたくなった。後に、出水は語る。



「やっぱり、近界民ネイバーは好きになれないな〜〜」



 その近界民が空閑遊真であることは、流石に出水公平にもわかった。けれど、空閑と苗字はぶっちゃけ仲良くなれそうなタイプなのに。出水公平は、その思いをそのまま苗字名前に告げた。その解答として苗字名前は「ムカつくじゃないですか」と口にして、出水公平のほうに顔を向けた。ムカつくとは、なににだ。そういう表情を浮かべて、首をかしげる出水の姿を見て、名前は「ああやって、なんでも見透かしたような瞳で私を見つめてくる感じが凄く嫌なの」と答えてから「先輩は隠し事がないから良いかもしれないけれどね」とくすくす笑う。確かに、嫌いに奴にそういう対応されるのはムカつきそうだなー。出水公平はなんとなく納得はしたけれど、先程の会話の中には何かそういう駆け引きでもあったのだろうかと思考する。『どうして攻撃手をやらないのか』という空閑遊真の質問は、出水公平が考えたこともなかった疑問である。『どうして射手をやらないのか』という疑問は常々抱いているけれど、『攻撃手』に至ったことは確かになかった。

 けれど考えてみれば、苗字名前という人間は良く『サイドエフェクトがなければ、自分は攻撃手だっただろう』と話していた。それはつまり、サイドエフェクトを抜きにして考えるのならば、自分に1番向いているのは『攻撃手』と考えているということで、よくよく考えてみれば、それは確かに不思議だった。どうして、射手はやるのに、攻撃手には手を出さないのだろう。



「苗字ってさ、なんで射手やめたの」
「二宮さんに、勝ちたくなかったから」



 どうみてもそれだけではないような顔をする癖に教えてくれる様子がこれっぽっちもない名前に出水は少しだけ何かが引っかかるような妙な気持ちになるけれど、これ以上首を突っ込むのは悪手であることを知っていた。それが建前で、本当の理由を隠してしまっているのか。それとも、本当にどうでもいいような内容なのか。まあ、表情を見る限りでは完全に前者であったが、指摘してまた変に距離を置かれるのも嫌だった。



「まあでも、なんというか。
 お前が玉狛支部に懐くとは思わなかったよ」
「懐いてない。ただ、好きになりたいだけ」
「同じじゃん」
「わかってないなあ、根っこの部分が全然違うよ。それに私は自分から好意を向けるからには同じだけの質量で返してほしいの。それが無理なら、もう絶対に好きにはならない」
「お前ってさ、0か100しかねーよな。まじで」



 誰かの思い通りに動くのが嫌いな苗字名前の回答と考えれば、それはそれで納得できるけれど、難儀な性格である。命の恩人に向けるだけの質量を三雲修にも望んでいるというのは些か無理が過ぎないだろうか。まあそこら辺は本当に必要なのであれば、迅さんによって上手いこと調整されるのだろう。

 さあて、どうするか。出水公平は目の前に座る苗字名前の姿を眺めながら頬杖をつく。ぶっちゃけ、ここまで迅さんの思い通りになっている現状をみると、毎日毎日苦情の嵐であるからどうにかしたいとはいえ、難しいだろう。そもそも、望みが薄いのだ。今回の件で問題なのは、周りの苗字へのちょっかいが目に余るからではなく、むしろその逆である事なのだから。例え、現在三雲と苗字が付き合っていないというのが事実だとしても、三雲をどうにかしたところで なにひとつ解決しないのだ。全く、何がどうしたらこうなるのか。そりゃあ、緑川を見ていれば、命恩人がどの程度の立ち位置になるのかは想像できなくもないけれども。



「なんていうかさ、こんなこと聞くのもなんなんだけど、なんでメガネくんなん?」
「ボーダーで1番理解ができないから」



 まるで表情を消した苗字名前に出水公平は、なんて恐ろしいやつだ、と心の中で呟いたが、この後に口から出てくる彼女の言葉にもういっそ人間不信にでもなりそうだった。



「ぶっちゃけ、私は城戸司令が本気で遊真を殺せというのなら今でも遊真を殺せるよ」



 これである。あんなにも仲良く話をしているくせに、なんて恐ろしい事をいうのだろう。だって、お前の言う殺すっていうのは、あれだろ。ちゃんと、マジなやつだろ。

 今の実力差なら私ひとりでも殺れる。

 そういう言葉をマジな目をしていう この女は冗談でもなんでもなく、正真正銘大真面目にこんなことをこんなにも恐ろしい顔をしていうのだ。その理由は、ただひとつーーー。



「ーーーだって、遊真は近界民ネイバーだから」



 それだけ関わっていたのならば、少しくらいは情が湧いたっていいはずなのに、それでもこいつは空閑遊真が近界民だというだけで、こんなにも物騒なことを言うのだ。

 もしかしたら、空閑のサイドエフェクトもまた苗字が空閑を嫌う要因のひとつだからなのかもわからない。おれが。いやおれだけではなく、気づいている奴は気づいているけれど、おれがそう思う理由はひとつで、いつだって苗字と空閑の空気が荒れる理由がそのサイドエフェクトだからに他ならない。



「でも、命の恩人おさむくんの部隊の隊員だし、それに城戸さんが何も言わないから殺さない」
「お前、近界民絡むとマジでバイオレンス」
「三雲くんはその点クレイジーだよね。近界民をボーダーにいれるなんて全く理解できない。でもね、命恩人だから好きになりたかったの」
「でもそれあんま突き詰めていったら、空閑のこと好きになるかもしれなくねえ?」
「それはないです。私は近界民が大嫌いだから城戸派にいて、城戸派は私のボーダー隊員としてのプライドそのものなのだから」



 そうだったそうだった。その台詞と。言葉と。そして、表情をみた出水公平は、空閑がいる限り、三雲修と苗字名前がくっつくことなどあり得ないことを悟るけれど、それはこの表情と言葉を聞いた上で初めて抱く感想であって、普段の三雲や空閑を見ているだけのやつにはわからないだろう。全く、どうしてこうも文句ばかり言う奴らに限って、苗字名前と一切の関わりがないのか。



「人伝に話を聞いてみたけれど、修君のことがわからなかった。それなら、近くで観察してみるしかないよね。観察しても理解できないのなら、関わってみるしかないよね。先輩だって、そう思うでしょう?」



 それはそうだ。それはそうなのだけれど、お前の場合は重すぎる。だからなんとかして否定をしてやろうと思うのに、理屈が通っているから口が出せない。三雲修がわからないから知りたい。好きになりたい。それは三雲修を全肯定した上で好きになりたいではないらしい。三雲修の好きな人間も一緒に好きになってやるだけの器も用意していない。三雲修という人間を全否定した上で、好きになりたいなんて、こいつは多分もうだいぶ頭がおかしい。

 なあ、迅さん。あんた一体、これをどうする気なんだ。ここまではうまくいっている。ならば、その先だってもちろんあるんだよな?













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Espoir