さあ、帷を上げろ











「苗字名前っていう子がボーダーに入ったんだけど京介、知ってるか?多分お前と同じ中学だよ。髪がこれぐらいで、顔は結構可愛かったかな。仲良くしておいたらどうだ?」




 おれが名前について知ったのは、当時 京介に話すよりもずっと前だった。苗字名前。当時、今よりも遥かに少ない隊員数なのにも関わらず、名前がボーダーで埋もれていたのは何故なのか。今となってみれば、まるで真打ち登場までの繋ぎのように見えるけれど、ソレと表現するには あまりにも周りとの努力量に差があったように思える。おれは横目にしか苗字名前という女の子を見た事がなかった上に、当時はまだ高校生で時間が割けなかったというのもあって名前について、そこまで確信を持って断言は出来ないけれど、まず間違いなく、当時の太刀川さんよりもボーダーに通っていたと思う。

 その恐ろしい程のボーダーへの執念、貪欲さが、どれ程の人間を絆したのか。少なくとも、当時、サイドエフェクトを扱いきれていなかった今よりも遥かに実力不足の名前のサイドエフェクトに目を付けていた人はいたと思う。一人目はおれ。二人目は二宮さん。三人目は風間さん。四人目は小南。それから多分この時にはもう、冬島さんは目を付けていたんじゃないだろうか。それから、東さんも。もしかしたら加古さんも そうかもしれない。そうやって多くの人に目を付けられていながら、誰も苗字を部隊に誘う事がなかったのは、多分そのサイドエフェクトの能力があまりにも未知数だったからというのと、苗字の実力不足ーーーのように見えてしまう狙撃の腕のせいだ。

 実戦で光るサイドエフェクトっていうのは多分結構沢山あって、菊地原や鋼なんかも実戦で光るサイドエフェクトだと思う。実際に菊地原は風間隊入隊後に風間隊の戦力引き上げに大きく貢献しているし、鋼の方もサイドエフェクトのお陰なのか本人の努力なのか実力は右肩上がり。しかし、その二人の活躍よりも更に上を行くのが冬島隊の苗字名前だ。

 おれだけの視点で見ると完全に名前贔屓の話になってしまう訳だけれど、多分多くの隊員が新正冬島隊の初戦には震撼させられたのではないだろうか。当時のランク戦。元々実力者揃いの冬島隊は元々A級中位だったか上位だったかにはいた。少なくともA級下位ではなかったと思う。けれど、そんな冬島隊がスカウトしてきた新入り。それも見たことも無いような女の子を見て太刀川さんやら出水やらの隊員は どんなもんかと思っていたに違いないし、A級ランク戦初戦。デビュー戦で緊張しない奴はいないだろうと相手にもしていなかったに違いない。ただ、苗字名前のA級デビューに明らかに警戒した隊も勿論あった。それこそ、風間隊や二宮隊なんかは間違いなく此方側だ。実際に苗字は警戒していた俺達の予想の遥か上にいった。例えば、イーグレット。イーグレットを撃つにあたってインターバルは、まあない。ないけれど乱発にも ある程度……まあ数秒でしかないけれど時間が生まれる。しかし、苗字にはソレがなかった。避けるタイミングの見えないイーグレットの数十発に及ぶ乱発。それも確実に標的を捉えて放たれた弾。狙われた太刀川さんや風間さん、そしてその他 隊員は当時、完全にやられた。不意打ちすぎる、反則だった、と愉快そうにランク戦後に話してくれた。警戒していたのに対応が間に合わなかった、と風間さんなんかは 特に苗字のデビュー戦を評価していたと思う。

 そんな苗字は そのデビュー戦で太刀川さんと風間さん等の手足どこかしら最低でも一箇所を吹き飛ばして、愉しそうな顔をして迫ってくる太刀川さんとその他複数名を確認した後に見事なタイミングでもう一度数発の乱発の後に緊急脱出ベイルアウト。まさに圧巻のデビュー戦であったといえる。少なくとも、あのデビュー戦で当時のA級隊員のみならず多くのB級、C級の脳に確実に名前を刻みつけたのは間違いない。そのデビュー戦を観た おれの感想としては、良かった、という微妙なものだった。苗字の努力が報われて良かった。おれや他の隊員が努力していないとは言わない。実際に努力してA級に上がった隊員は山程いる。けれど、おれは名前を見ると凄くどうしようもない気持ちになった。自分よりも何十倍も苗字名前は努力している。土日は朝から晩まで。平日は帰宅後すぐから夜遅くまで。毎日毎日ずっと訓練室にいる。どんな精神訓練だよ、と思う量の練習量。本当は偶に訓練室で泣いていたのも知っている。冬島さんが どんな気持ちで名前を冬島隊に入れたのか、もしかしたら 苗字のそういう所も見ていたからかもしれない。

 誰に知られる事もないような努力をして、影で泣いて、でも諦めないで最終的には前を向く。名前は なんとしてでも努力を実らせてあげたくなる様な隊員だった。だから二宮さんは名前のサポートには手を貸したし、二宮さんを揶揄う為だけに近付いた筈の加古さんも名前の育成にはそれなりに力を貸していた筈だ。少なくとも、あの二人がいなければ名前は当時のB級で相当生きづらかったのではないかと思う。同期の佐鳥と時枝が既にA級入りを果たしていて、京介や出水にも先を行かれ、実力不足のB級隊員がネタにするのならば間違いなく苗字は さぞ面白いネタだっただろう。それを圧力で押さえつけたのが二宮さんと加古さんだ。それはもう凄かった。遠目から眺める事しか出来なかったけれど、アレは完全にボーダー規定違反を犯していたと思う。


 では、そんなおれが初めて苗字名前と話をした日の事を話そうと思う。あれは多分、おれに相当な仕事が回ってきていた時の事だから名前が入隊してから2年目くらいの話ではないだろうか。その時のおれは多分それなりに精神がやられていて、偶々目に入った名前に偶々声を掛けたのだ。だからもう、名前は覚えていないだろうし、実際に覚えていなかった。確かその日は地面を叩きつける様な酷い雨が降っていて、雨が収まるまでの間はボーダーで待機していろと上から命令が下っていて隊員が食堂であったり、ランク戦ブースであったりに散らばっていた日の事だ。おれは一方的に名前を知っていて、名前はおれの事なんて噂でしか知らない。もしくは訓練に夢中で眼中になかったのではないだろうか。当時の名前が興味があったのは二宮さんだけだったから。




「ーーー少し話さないか?」




 自動販売機から たった今購入した水を手にとって、おれの方を見た名前は辺りを見渡してから おれの顔を見ると「私でよければ是非」なんていって笑顔を浮かべる。未来が見える云々は伏せて色々な話をして彼女の大切な時間を割いてしまっているのにも関わらず、名前は嫌な顔ひとつしないで真剣な顔をして おれの悩みに耳を傾けてくれる。自分が正しい事をしているのかがわからない、などという意味のわからない おれの悩みに名前は詳しい事は聞かないで「なるほど」と呟いてから「私にもそういう時ありますよ」と、ちょっと困ったように笑った。




「私は正しい事を積み上げても結果が正しくなるとは思わないし、正しい事を積み上げて幸せになれるとは思わないから 少しだけならズルしたり悪い事をしてもいいんだと思います」
「なんで そう思うの?」
「理由はないですけど、私達が使える『ズルい事』と『悪い事』って やっぱり若さなんですよ。だから今やれる全部やって間違えたら それはそれで良いんです。全部やって結果が出なかったら誰かを頼れば良いんです。それでもダメだったら、逃げて良いんですよ。負担を分けたって良いんです。一人が全部背負う必要なんてないんだから」




 その言葉は当時のおれの考えを変えてくれたし、おれに たった一つ逃げ道をくれた。それだけ苗字名前の その言葉は案外すんなりと おれの中に入ってきた。その言葉が正しかったのか、正しくなかったのかは どうだって良い。その言葉がおれに逃げ道をくれたのは確かだし、おれがその日から苗字名前を以前よりも確実に気にするようになったのも確かだ。



 まず、苗字名前について おれがどの程度 目を光らせていたのかというと滅茶苦茶目を光らせていた。具体的にはどこだ、と聞かれれば まあ答えはひとつだ。ガードが緩むタイミングを探していた。名前は冬島隊のエースで、それだけではなく冬島さん、それから当真、真木とにかく冬島隊から滅茶苦茶大切にされている。最近ではセコムなんて呼ばれている。これに関しては出水と米屋が呼び始めて最近では随分とメジャーな呼び方になっているし、冬島隊もソレで周りが名前に関わるのをやめようと思うのならと噂を止めようとはしないから、その呼び名はボーダー公認というか冬島隊と表す呼び名のようなものに形を変えてしまっている。それで良いのか、と思うけれど良いのだろう。それで実際、周りの協力もあってなのは間違いないけれど名前に関わりに行く輩は殆どいない。

 それに冬島隊は しっかりと周りを見ている。名前に今必要な人間は誰なのか、とかそういうのを ちゃんと理解している。後輩とは必要以上に関わらせない。同期とは仲良くさせる。それから自分達が優秀だと思う隊員にも関わりを持たせるようにしている。今あげた例の人物は概ね理解できるだろう。あえて解説を入れていくのなら、後輩と関わりを持たせない理由はA級2位冬島隊の苗字名前ーーーという輝かしい肩書きを名前に押し付ける事で後輩がいる時に名前を戦闘で機能させる為だ。同期と仲良くさせるのは本来プライドの高い名前の性格を理解した上でだろう。負けず嫌いな名前は同期には負けたくないと思うだろう。それは間違いなく時枝や佐鳥といる時にも機能するし、京介相手にもシッカリと働く。特に京介なんかは名前にとって良い意味なのか悪い意味なのかライバルだから それはもう京介がいる時なんかは名前は滅茶苦茶仕事をシッカリとこなす。それから冬島隊が優秀だと思う人材と仲良くさせる事。

 これに関しては具体的に誰というのはないけれど、少なくとも出水や米屋と関わらせているのはコレが理由だ。あの二人のあの対応を最初の頃は かなり気にしていたようだけれど今では出水等と名前の関係は喧嘩するほど仲が良いに当てはまる想定範囲内だ。それにあの二人の強引さ故に名前は あの二人とのチームプレイでは結構上手い事連携が取れる。それこそ冬島隊との連携程ではないけれど結構形になっている。まあここまで勝手に想像しちゃっているわけだけれど、本当に冬島隊がここまで考えているかは分からない。ただ、昔の……あの時のひた向きに頑張り続けている名前を見ている俺としては そう思った。というよりは、俺ならここまでやると思ったから言っているのだけれど。


 ここまで言えば、まあ大体想像もつくかもしれないけれど、苗字名前という女の子は俺の『特別』だった。


 やっと警戒心の緩んだ冬島隊のガードをすり抜けて漸く接触して関わりを持てたのは最近で とても時間がかかってしまった上に名前本人からおれはよく思われていないのだけれど、それでも良い。今は話せるだけで良い。近くに居られるだけで良いのだ。おれは苗字名前を助けられる位置ポジションにいられれば それで良い。苗字名前には様々な問題が取り巻いている。苗字が黒トリガーになってしまう未来。苗字がキューブ化されてしまう未来。いずれも何とか防いできたけれど、いつ何が起きても可笑しく無いのが彼女の厄介なところだ。人間ここまで災厄に見舞われるものなのかと疑問を抱く暇さえも与えてくれない。

 ヒュースと関わりを持たせたのだって、名前を守るためだ。まあそれだけではなくて、実際に名前が本当にヒュースの影響で少しでも自分の実力に自信を持てたらという事も、まあ思っている。名前のその考えを変えられるのが自分ではないという点は不満に思っているけれど、将来的に名前の為になるのならば何だって良い。それに実際に、あの二人の関係は需要と供給が成立した関係だ。まさかここまでのスピードで この関係を築くとは思わなかったから俺も少なからず驚いているのだけれど、あの二人はどうやら相性が頗る良いらしい。



 ーーーああ、羨ましい。
 そう、おれは とても羨ましいのだ。

 苗字名前と特別な関係で結ばれている冬島隊も。名前から絶対の信頼を置かれている佐鳥と時枝それから……嵐山と、あの短期間の間に名前とアレだけ仲を深めてしまったヒュースも。


 
 これは とても醜く、おれらしい感情だ。ズルくて、浅はかな おれに相応しい感情だ。おれには名前は、とても眩しい。どこがか、と問われたら答えるのは とても難しいけれど苗字名前は とても眩しい人間だった。とても心の優しい彼女は、おれがやっている事も好きではないだ何だと言いつつも本当に おれが凹んだ時には一生懸命考えた言葉でおれを立ち直らせようとしてくれるのだろう。おれが本当に困った時には、自分の持てる全てを使って おれを助けようとしてくれるだろう。苗字名前とは、概ね全ての人間に対して好意を向けてくれる女の子だ。おれと彼女が初めて話した時も、そうだった。この際認めよう。おれは、おれに唯一。たった一つの逃げ道を用意してくれた苗字名前という女の子がどうしようもなく人間として好きなのだ。それが恋愛感情かと聞かれたら解りかねる。何故ならば、おれのこの感情は冬島さんの名前に対する感情と同じ感情かもしれないし、そうではないかもしれないのだから。

 ただ、おれの気持ちとは対照的におれは名前に嫌われている。それはおそらく、普段のおれの態度も原因なのだけれど それ以外の理由として おれは一度彼女本人の口から確信的な言葉を聞いてしまった。その言葉は おれではない誰かとの会話で発された言葉だ。一体誰に向けて放たれた言葉なのかは分からない?けれど、彼女は確かに おれの行動に対してこのように述べたのだ。




「私苦手なんですよね、迅さんみたいな人。あの人は結局、大きな出来事に関して一番最悪の未来を回避する未来を作り上げるんですよ。じゃあ、その未来で切り捨てられた人は?仕様がなかったって言われるんですか?100人の命と1人の命、天秤にかけるまでもないって。いやいや、そんな訳ないじゃん。その1人が内閣総理大臣だったらソッチを助けるかもしれないじゃん。そしたら100人と内閣総理大臣どっちが大切か考えたら仕方ないってなるの?私はそうは思わない。だって見捨てられた その1人は誰かにとって掛け替えのない1人だから」

「だから私は、迅さんのことは凄いと思うけど、その凄いって思う部分を見習いたいとは思わない」





 そっか、そうだよなーって胸がチクリチクリと傷付いて身体の何処かに穴が空いたような錯覚に陥りながらも、おれはこんな時でも名前が そう思っていてくれて『良かった』と思ってしまった。安心したーーーと、ここまでがおれの苗字名前への想いの話。これを聞いて、お前だから仕方がない、とおれに対して思うのか。名前に対して、おれのやっていることは正しいだろう、と思うのか。それとも何方の意見も正しいよ、と思うのか。それは個人の自由なのだけれど、少なくとも おれは名前への贔屓を抜きにしても名前の考えが正しいと思う。多分おれは名前のいう通り。100人と内閣総理大臣なら内閣総理大臣を助けるだろう。ボーダーでもそのように命令が下されるだろう。何故ならば、その総理大臣という役職に就いている その人は国を守る柱の様な人間だからだ。つまりその人の命は国そのものだと言っても過言ではないのだーーー少なくとも、ボーダーという組織が客観的に物事を捉えた場合は。そのボーダーに見捨てられた100人が誰かにとって いかに大切であろうとも、いざという時におれは多分その人達を助ける事が出来ない。正確には、その人達全員を助ける事が出来ない。皆を助けられる未来なんていうものは そう存在しない。だから苗字は前におれにこの様に述べたのだ。




「迅さんのサイドエフェクトは凄いけど、持ちたくないサイドエフェクトですね」




 その時のおれは「お前は思ったよりも賢いんだな」と返した。名前は何も考えていない様で色々なことを考えているのだと改めて思った。普段は京介や他のA級隊員と滅茶苦茶な事をやっているせいで、ふとした瞬間にしか気がつく事が出来ないけれど名前は やはり色々考えているに違いない。元々名前は頭がキレるから未来を変える際に おれが誰かと誰かを天秤にかけているのなんてお見通しなのだろう。

 もちろん、全ての時に そうしているわけではない。けれど大きな侵攻や、その他の場合、様々な場面で おれが何かを天秤にかけているのは否定することのできない事実だ。例えば、それは身内とは限らない。ボーダーの誰かと誰か、ではなくてボーダーと敵国、という風に天秤にかけている時だってある。先日の大規模侵攻で言えば、一般人の避難を最優先にして次に修と千佳ちゃんと名前という被害に対して注目し、他のC級隊員と敵国のヒュース、そして敵国を天秤にかけた。そして一番重たい未来、修の死という未来と千佳ちゃんと名前を失う未来を回避する為に色々と動いたけれど、やはり全員が無事という事はなかった。それは何故か。俺という人間が その最優先に回避すべきだと判断した未来の為に動いたからだ。そのせいで本部では何人かのオペレーター等が被害に遭ってしまっている。




「……未来が見えていたっていい事なんて、何にもないな」




 結局、自分の実力以上の事は何一つできないし、身近な人の知りたくない情報が見えて気まずくなる時もあるし、大規模な侵攻だとか そういう時くらいにしか役に立たない。まあ確定している未来なら年単位で先の未来も見えるから早い段階から色々対策を考えられるとか、名前とそれなりに話す関係になった今、名前のサイドエフェクトは未来を変えられるキーポイントだから色々相談が出来だと良いところはあるけれど、名前を其処まで巻き込む事はできないし、名前は おれのサイドエフェクトに対して誤作動バグを発生させる可能性のある唯一の存在。加えて、見る未来見る未来でアレだけ災厄のイベントを見せてくる奴だから過干渉はさせられないワケだ。

 それでも、いざとなったら おれは苗字名前というカードを切らざる得ない。今回の大規模侵攻も そういうつもりだった。名前が最後まで生き残れば あの後 当真の指示で名前は早い段階で本部に回されて、修は何の怪我もなくレプリカ先生も無事な未来だってあった。けれどそれは、表面的な未来だ。名前は あくまでもイレギュラー。読みきれない存在。だからおれは時々恐ろしくなる。間接的とはいえ、自分の手で名前を殺してしまう日が来るのではないかと。そうなった時、多分本部の誰もおれを責めないし俺のせいだとは言わないだろう。けれどきっと誰もが心のなかで思うのだ。おれのせいだ、と。それは二つの意味を持っていて、一つ目は本当に『迅 悠一の所為』。そしてもう一つは『自分自身の所為』。そうなってしまった時、果たしてボーダーは どのように変わるのか。考えたくもない。名前を好きだという人はどうなる。誰かを守る為に入ったボーダーで大切な人も守れない、と辞めてしまうかもしれない。何故ならば、辞めてしまえばボーダーであった時の記憶を消し去る事が出来るから。




「ーーーー……おれは…おれはもう、一秒だって 誰かを失う未来は見たくないよ」




 お前の隣にこの先誰がいようと、おれはきっと笑って祝福する。お前がこの先おれにどんな言葉を投げかけようと、おれは笑顔を貼り付けて交わせるよ。毎日毎日、お前が誰かと仲良くしているのを見て 凄く心に棘が刺さるけれど、おれはソレ等の事ならば きっと笑顔で誤魔化せるのだ。けれど、お前までいなくなったら おれはきっと、正気じゃいられないよ。




「それでさ、いずみん先輩がさ名前ちゃん先輩には そうしろっていうからさ〜」
「出水先輩って私への当たり厳しいよね」
「好きな子ほどイジメたいんじゃない?」
「寧ろ そうであったらどれ程いいか」
「うわー、面倒くさ……あ、迅さんだ!! 迅さーーん!!! 本部にいるの珍しいね!」
「よう、駿と名前も」
「こんにちは。迅さん仕事ですか?」
「今終わったところだよ。2人とも暇なら何処か行くか? 今日限定でおれの奢り〜」
「「えっ!! 行く!!!」」




 笑顔の名前と駿を見て、顔を綻ばせて名前の頭を撫でると駿が おれのことをジッと見つめた。ああ、コイツはそうだったな、と駿の頭も撫でてやると その突き刺すような視線は真ん丸く見開かれて数秒後にいつもの様な笑顔に変わった。さて、話を戻そう。結局、俺は苗字名前という たった一人の女の子に死んで欲しくないのだ。どんな形でもいいから、いつまでも この世界に存在していて欲しいのだ。



 ーーーだから、おれは託す事にした。



 きっとおれはいつか名前の側にいられなくなるだろう。そしてその隣にはおれではない誰かがいるのだ。それは何年後かも分からないし、名前がその人物を必要だと思わなければ一生迎える事がないだろう。そしてそうなったのならば、その時は俺が一生苗字名前を守り続けよう。

 ……すべては、その''誰か''次第だ。

 もし、その誰かが動くのならば おれも動こう。そして伝えよう。その苗字名前の唯一無二の存在に。ああ、そうだ。そうしよう。その時には おれの胸中をその男に吐露してやろう。さあ、早く現れてくれよ、王子様。でないと おれは、いつまでたっても おれには到底眩しすぎる たった一人の女の子を一生諦める事ができない。敢えて、もう一度言おう。苗字名前は この世界でたった一人、おれに逃げ道を用意してくれた特別な女の子である、と。










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Espoir