※本編とは全く関係ありません。21歳設定。
変わらない関係でありたいだけ
その日、大規模侵攻で苗字名前が特級戦功を勝ち取った。元祖トリオンモンスターと言われる平均よりも豊富なトリオン量に加えて、向かうところ敵なしのサイドエフェクト。面倒見もよく、後輩には好かれ、今ではひとつ下の加古と二宮を手懐けた事で、もっぱら有名な女。その女こそ『苗字名前』である。唯一未来の時間軸を捻じ曲げられるという苗字名前は迅悠一にも非常に懐かれていて、よく軽く口喧嘩しながら笑っているような女だ。特級戦功を勝ち取ったところで誰も驚かないし、今回の新型の撃破数も12と太刀川よりも1体上。本部長命令により、被害の多かった方角に回され、ガツガツと新型を狩り終えた後に当真勇等と共に黒トリガーの足止め云々と今回もかなり働かされたらしい。
そんな苗字名前といえば、何故か未だに『フリーのB級隊員』である。何故こんなにも恐ろしい戦力を野放しにしているのかと後輩ボーダー隊員に風間蒼也は度々質問を投げかけられるが、正確な回答を持っている者は誰もいない。噂によると、太刀川隊や冬島隊から部隊への誘いがあったらしいが、上手く交わしたらしい。苗字らしいといえばらしいけれど「そろそろ固定給が欲しい」と騒いでいたから、A級に入って落ち着けばいいのにという感想を多くの隊員が抱いているが、本人がそれを望んでいないらしかった。現に今だって、隊長候補として頻繁に名前をあげるくせに どうやってか、ゆるりゆるりと上手く交わして今日までやっている。
「風間く〜ん!!! 待った?」
「まるで待ち合わせをしていたかのように言うな。勘違いする馬鹿がいるだろう」
「いないいない。相手私だよ?」
「お前だからだろう。馬鹿なのか」
「風間くんの噂の相手が私でいいなら私は全然大歓迎だけどね〜〜。25になって恋人がいなかったら私もお見合いパーティー行かないと……いやだなあ〜」
「そうか。そこにお前を受け止めてくれる心の広い男がいてくれるといいな」
「う〜ん、そうだよね〜〜……ボーダーにいますってなると離れて行っちゃうんだよ…」
前に付き合った彼にも結婚するならボーダーはやめて欲しいって言われちゃって。そう言って、肩を落とした苗字名前の姿を見て、その話を上に持って行った苗字名前が上層部からなにを言われたのかは想像に容易い。鬼怒田開発室長も城戸司令も彼女の事は娘のように思っているところがあるから、その辺の男には渡したくないだろう。
今となっては随分と落ち着いてきたようだけれど、高校時代。苗字名前は風間蒼也と同じ六頴館に通っていた。『六頴館高等学校』といえば、礼儀正しく進学に向けて直向きに努力をする学校なのだが、苗字名前は当時、廊下を毎日のように駆け回って後輩の二宮と加古にも悪い噂が広まる程、教師に迷惑をかけた成績だけは優秀な学生だった。よって、そのストッパーとして風間蒼也は1年を除いた2年間。苗字名前と同じクラスだった。苗字の方は(クラス分けがおかしいという理由から)不満があったようだが、風間蒼也の方には別に不満はなかった。苗字名前という人間は大人しくしていれば本当に生徒の鏡の様な人間だったし、実際に苗字がいたおかげで高校2年と3年という大きなイベント事がある年を楽しく過ごせた。あの二宮と加古が「苗字と同じ年に生まれていたら」と東さんに愚痴を零す程だったようだから他学年から見ても、苗字名前という女は人生を高校生らしく謳歌しながら楽しく生きている人間だったのだろう。
「おー、お前等ついにデートか?」
「そうなの〜!! 苗字可愛い?」
「相変わらず ブッサイクだなー、お前」
「は? 美人になって見返したるから首洗って待っとけよ、諏訪コウタロウ」
「怖えよ……で? またラーメンか?」
「苗字イコールラーメンなの?」
「自覚ねーとか病気だな、予約するか?」
「何科なの? 脳神経外科? 殺すよ?」
「いや、精神科だろ」
「〜〜ッ、諏訪!! 怒るよ!!!」
「手が出る三秒前で何言ってんだ、コイツ」
俺に同意を求めるのはやめろ、諏訪。そもそも、苗字は決して不細工ではないだろう。風間蒼也が諏訪洸太郎の発言に対してのフォローを入れると、諏訪は いつもの様に目を細め、苗字は「風間くんったら〜〜」と、右手を頬にあてながら、風間蒼也の背中を叩いた。
後輩の前では、それなりにシッカリとしている苗字名前だけれど、自分達の前では ちゃらんぽらんで高校生のノリをする癖はそろそろ卒業したほうがいいと思う。風間蒼也は苗字名前と諏訪洸太郎の後ろを歩きながら思う。そもそも、後輩の前ではシッカリとしていると言ったけれど、自分達が高校生の時に後輩として共に学校に通っていた二宮匡貴と加古望の前では気をぬくと直ぐに素がでる。太刀川慶や、迅悠一の前でも概ねそんな感じだ。
「ごめん、諏訪。本当は苗字と風間くん付き合ってないしデートもしないの」
「知ってた」
「知ってたの!!? なんなの!?」
「つか、お前等今暇か? 暇なら気晴らしに苗字ん家で飲もうぜー」
「諏訪そういえばキューブ化されたんだもんね、後輩の前でキューブ化はないわー」
「今度ナタデココでも土産に持っていく」
「やめろ、どんなやり方のイジメだよ。同じ言葉を木虎にもかけれるのか、お前等」
「諏訪だから言ってる」
「そういう奴だよな!! お前は!!!」
苗字と諏訪のいつもの様に繰り広げられる光景を眺めて、大規模侵攻があったとは思えない。こういう日常を当たり前のように送ることができる2人には恐らく多くの大人が良い意味で感心しているし、後輩連中も安心するだろう。しかし、今回に関して言えば、迅悠一の予知の中には『苗字名前がキューブ化される未来』加えて『黒トリガーになる未来』もあったらしい。そういう意味でも、苗字名前の こういうところは凄い。ただ能天気で何も考えていないだけかもしれないが。しかしそれも『後輩とともにいれば安全』という事で、迅悠一の計らいにより、彼女の隣には自ら「苗字の隣にいたいです」と、立候補した生駒隊の数人が配置された。
風間蒼也がそんなことを考えている間に諏訪洸太郎と苗字名前の間に どのような会話があったのか。3人はボーダーからさほど離れてはいない居酒屋に訪れていた。人が訪れる方ではないだろう この店は所謂『隠れ家居酒屋』というやつだ。外観は非常にわかりづらく、恐らく初見では100%入店できないような店だったが、味は確かだった。入店したものの胃袋は必ずと言っていいほどに鷲掴みにしてくるので、お得意様ばかりが通っているのだろう。潰れる気配は全くない。そんなこのとんでもなく隠れすぎている この店は確か苗字の紹介で知った。苗字は見たまんま良いところの家で大切に育てられた一人娘で、こういう穴場スポットは沢山知っている。ラーメン屋なんて『良いところを教えて欲しい』と誰かーーー諏訪だったか木崎だったかーーーが訪ねた時。嘘とかではなく、雑誌を片手に軽く1時間は話していた。流石にアレには驚いたと後に木崎レイジが語っていた。苗字名前のラーメン愛は深い。最近では同じラーメン好きの当真と気が合ったらしく、よく共にラーメン屋に足を運んでいるらしい。
「諏訪、私 日本酒ね〜」
「お前は……なんつーか、もっと可愛い酒頼めねーのかねー。カシオレあんぞ」
「居酒屋に来る女に可愛いを求めないでよ」
「へーへー、日本酒な。お前は?」
諏訪と同じくビールを注文した風間蒼也は諏訪と共にメニュー表を眺めて適当なつまみを注文する。それからどれくらい時間が経ったのか。何杯目かのお酒を注文した頃には苗字名前はほろ酔い、諏訪洸太郎に関しては出来上がっていた。
風間蒼也は頬を仄かに赤くした苗字名前と楽しそうに世間話を一方的に話し続ける諏訪洸太郎の姿を眺め『なんでコイツ等は後輩がいないというだけで、こうも自分で飲める量を測れなくなるのか。』と冷静に考えて首を捻る。木崎レイジと寺島雷蔵との待ち合わせがなければ、ああなっているのは風間蒼也も同様なのだけれど、現時点では別の括りに属するものだからそこは考えないことにしているのだろう。けれどまあ、あの2人に関して言えばだが、苗字名前も諏訪洸太郎も二宮匡貴や太刀川慶がたまに混ざりに来た時には最後までシッカリと意識のあるまま帰宅するからオンオフがハッキリしていると言えなくもない。その点においていえば、風間蒼也は彼らとは違って、割と酒に呑まれる男である。
この2人の何が悪いのか。それは、限界を超えている癖にまだ注文しようとするところだ。現時点では、まだ限界点には到達していないからいいけれど、このままいくと どうなるのか。そんな事は予知のサイドエフェクトなんてなくても容易に想像ができる。だから、こうなってしまっては誰かを呼ばなければ収集がつかない。しかし、寺島は黒トリガー使いの
「よし、2軒目行こうぜ〜〜!」
「さ〜んせ〜〜い!!」
「反対だ。少し落ち着け」
この場に2人を留まらせたのは大健闘だっただろうが、2人の酒を喰らうペースがゆっくり上がっているのは見間違いではない。いつかアルコール依存症にでもなってしまわないか、と。いっそ心配になるけれど、苗字名前も諏訪洸太郎も風間蒼也の想像以上に周りに恵まれている。だからなのか、元の性質なのか。2人は後輩の前でくらいは完璧な先輩でありたいという望みが(少なくとも苗字名前には)あるから、何方も そこまで心配してやるほどは追い込まれてはいないし、これからも追い込まれる事はないだろう。
さらに言えば、苗字限定で聞く魔法の言葉がある。それは何かと言うとーーー。
「苗字、此処に嵐山が来るらしい」
発言をした こちらの方がビックリしてしまう程に肩を揺らした苗字名前は、着崩れた服を整えて両頬を抑えてトイレに駆け込んだ。化粧直しにでもいったのだろう。それを見た諏訪が風間を見てから「またやってんのか」と苗字の消えていった扉を見て笑った。
今日は何故か。それなりに気合の入った服を纏っている苗字名前が、その装いに負けないくらいの化粧を施してきたところで『先程の発言が嘘である』と、風間蒼也が告げると、苗字名前は あんぐりと口を開けて「良かったような悪かったような……」と愚痴をこぼした。
「もう、気持ちよく酔ってたのに〜〜」
だからこそだろう。風間蒼也は心の中で、そのように解答をしたが、口には出していないから当然、苗字名前には届かない。
諏訪洸太郎の方は誰かが送っていって、そのまま諏訪の家に泊まるだのと言った方法が取れるが、苗字名前に関しては そういうわけにもいかない。ひとりで帰らせるわけにもいかないから、タクシーに誰かが同行したり、歩行困難でないのなら そいつが送っていったりする。しかし、それも苗字名前が記憶を飛ばすほど酔ってしまっては手の打ちようがない。だからこそ、彼女を含めて飲む時の酒の量は程々にしているし、彼女の家からなるべく近い位置で飲むようにもしているのだ。
「あまり飲むと体に毒だ」
「今日は忘れたい事があったからいいの」
「お前みたいなズボラ女が新着したっぽいお洒落な服着てんのと関係あんのか?」
「なんでわかるの、諏訪。キモい」
「見合いか、女は大変だなー」
「女はいつまでも綺麗でいられるわけじゃないんだからってお母さんに言われちゃってさ、今日は顔合わせだけだったんだけどダメだ。私にお見合いは はやすぎ」
「いい奴は?」
「いるわけないじゃん。皆、一見良い人なんだけど、やっぱりボーダーは辞めろって」
「そりゃあコッチは大損だな」
諏訪の言っている事は全く大袈裟ではない。なによりも、それが問題だった。苗字名前のボーダー脱退。一見、全くボーダーに害がないように思われる事のように思うかもしれないけれど、苗字#name 2#は広報の看板。嵐山隊よりも前からボーダーを宣伝しているフリーのB級隊員だった。フリーという事もあって、広報の仕事の殆どは苗字名前を軸として回っているし、実際に嵐山隊よりも支持してくれる人が多いともいわれていた。ボーダー主催の多くのイベントには苗字名前と嵐山准が出向いているということから、今はそこまで本気が感じられないから反対派には加わっていないけれど、彼女が本気でボーダーを辞めるとなれば根付メディア対策室長も反対するだろう。
それに苗字名前は実戦において、それはもう優秀な人材だった。今回の大規模な侵攻での戦功が特級だったということからも想像に容易いだろうが、彼女は『後方支援』のプロフェッショナルである。それ故に、弟子になりたいと申し出て来る奴も多々いる。あの鳩原さえも、東春秋と苗字名前に教えを乞うたらしいし、東春秋と苗字名前は、よく共に戦法の話し合いをしたりしているという事実から、指揮能力もかなり高い。一部からは隊長として新人の育成を頼まれていたりするけれど、それを断り続けているのは、恐らく自信はあるけれど『いざ本番』となると萎縮してしまうところだ。本人に聞いていないことから、これが真実だと声を大にして発言する事はできないけれど、風間蒼也は殆ど確信していた。自信はあるだろう。後輩の前では完璧を装うし、実際に完璧な対応をしている。それにも関わらず『苗字名前の中のベストではない』という理由から、いつだって顔を俯かせている。自分達としても毎回毎回呼び出されていては堪らないという事で、木崎が「それなら一生フリーでいたら良いんじゃないか」と。酔っぱらった勢いで発言したのがキッカケだと思う。アイツはそれ以来弟子云々以外では、殆ど後輩と関わらないうえに、風間隊やら諏訪隊の隊の作戦室に、それはもう居座っている。いい加減にやめて欲しい。途中話はそれたけれど、これ等の理由から苗字に抜けられると大なり小なりボーダーに損失が出るのだ。
「すまん、遅れた」
「遅い」
「ーーーで、今回は なんの話?苗字が婚期逃すって話? その話なら本部では、もうかなり有名だよね」
「嘘でしょ!!?」
「忙しいんじゃなかったのか、寺島」
「だからって俺を呼ばないのはナイでしょ」
「なんだ。呼んで欲しかったのか」
寺島は いつもの事ながら店員に広い席への移動を申し出て俺達は飲み物を持って席を立つ。その間も、相変わらず苗字は寺島に『自分が婚期を逃す話は本部では有名なのか』と物凄い真剣な顔をして問うている。苗字にとっては大きな問題なのかもしれないが、その話が有名な理由としては太刀川等が勝手に広めているからだろう(本人に自覚がない)。
故に 誰も口には出さないし、女の婚期を逃すとは何歳からなのか、とか噂を立てているのを まあ聞かないわけでもないが、先日菊地原と三上に苗字関連の似たような質問をされた時は、ついに高校生にまで噂が出回ったか、と太刀川の拡散力に感心した。
「雷蔵が結婚してくれるよね!? 婚期を逃したら! だって苗字と雷蔵の仲だもんね!?」
「なんでいきなり親し気に呼び捨て?」
「結婚するから問題ないも〜〜ん」
「そう言ってる苗字が一番俺と結婚する気ないのは誰にでも分かるよ」
「あーりーまーすーー!!」
「まあ苗字が結婚出来なくても、本気で懇願すれば誰かしら貰ってくれるんじゃないの。知らないけど」
「こうなったら、迅くんに苗字の運命の人見てもらおうかな……嵐山くんがいい……。嵐山くん嵐山くん嵐山くん…」
「はいはい、プロポーズすれば」
「場所ならもうけてやるぞー、苗字」
「諏訪、寺島!!! 怒るよ!!?」
「怒ってるじゃねーか、発言に気をつけろ」
「苗字に日本語は難しすぎるよね」
「〜〜〜〜ッ、なんなの!!」
苗字と嵐山のプロポーズ作戦こそ実行する気がない癖に楽しそうな顔で苗字をからかう寺島と諏訪は苗字を揶揄うのが好きなのだろう。昔は好きな子はイジメたいという精神のもとなのだと眺めていたのだけれど、どうやらこの2人は素で苗字のイジリに徹しているらしい。「本能がそうしろと言っている」などと、いつだったかの諏訪が笑いながら言っていたから もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
実際に太刀川やら菊地原やらの後輩組も年上の苗字に対して、やたら小生意気で揶揄う様な会話を何度か耳にした事があるから苗字とは構いたくなる女子なのかも分からない。少なくとも俺は構いたいと思った事はない(向こうが一方的に構ってくるからかもしれないが)。
「苗字が本気で迫れば、友情なんて薄っぺらな壁は直ぐに壊されてしまいそうなものだがな」
「諏訪は特にだな」
「初見で苗字を見た時はドストライクだなんだと騒いでいた割には見事な転身ぶりだと俺も感心している」
「はは、懐かしい」
だがまあ『こんなにも危なっかしい女の相手を出来るのは俺だけしかいない』と慢心する気持ちは分からなくもない。少なくとも、この数年間見てきた限り、苗字という女は後輩を除く全ての人種に隙を見せすぎている。それは大学の同期であったり、高校の同級生であったり、相手は様々だけれど、この女には付け入る隙が多すぎた。そういう意味では苗字の恋愛の相手をことごとく消し去って言ったのは、言わずとも伝わるだろうが、俺達である。今まで苗字が付き合ってきた全員を全員打ちのめしてやったわけではない。俺達はたった一言言ってやるだけで良かった。それで離れていくようなら、この女の相手は務まらない。暗黙の了解の様なものだ。
「そういや、苗字」
「なに?」
「今年は美味いチョコ頼むな」
「んなッ、いつもマズイみたいに!!」
「マズくないよ、酷いだけで」
「寺島〜〜!!! いいし! 今年は お前等皆買いチョコ!! 太刀川くんとか二宮くんは美味しいって言ってくれるし!!」
「先輩を立ててやってんだろ」
「いい後輩だよね」
「なんなの!!? もうあげないからね!?」
「毎年それ言うよね、苗字は」
「今年は本当だもん!!!」
「はいはい、今年も楽しみにしてる」
「ありがとう!!! ムカつく!」
毎年毎年、数多の後輩にチョコレートを渡す苗字が毎年毎年後輩共にコイツ等から散々に言われているのを俺達は皆知っている。その中でも、小南や犬飼といった風に態々セットで貰いに来る苗字が大好きな後輩等もいる。一昨年に見た時は珍しい組み合わせだと驚いたけれど、最近ではバレンタイン毎年恒例の光景だ。何か変化があったとするのならば、その枠の中に生駒隊の生駒が加わった事くらいだろうか。
兎に角、後輩にチョコレートを自ら渡すと言うよりは せがまれる苗字の作るチョコの数は段ボール一箱分はあるし、偶に足りなくなって取り置いていた分の諏訪と寺島の分がなくなるなんて良くあることだ。その都度、苗字抜きで集められてチョコ云々で呼び出されて面倒臭すぎて苗字のチョコレートを渡す俺と木崎の気持ちを是非考えてみてほしいものである。しかも、後にお詫びに、と渡されたチョコを俺達に渡さず自分達で食べてしまうところも流石である。
「お前等は素直じゃないな」
「本当だよね!! 苗字のこと大好きな癖にツンデレなんだから〜〜!」
にこにこと笑って寺島の頭をクシャクシャと撫で回す苗字の言葉は間違いなく図星なのだけれど、本人は全く気付いていないし、半分冗談、半分会話のノリで言っているので恐らく一生気付くこともない。これでは、まるで寺島が苗字を好きとでもいうかのような言い回しに聞こえるかもしれないが、寺島は別に苗字を恋愛的な意味で好きなわけではない(と思うし、本人も その様に言っている)。ただ、滅茶苦茶面倒臭い事に、諏訪共々 相当な天邪鬼だった。
寄ってくるのはウザいけれど、離れていかれると それはそれで嫌だという、途轍もなく面倒臭い典型的なタイプだった。もうそれならば、どちらでもいいから結婚してやればいいのに、と思わなくもない。お互いが想い合っていない恋の形も世の中にはあるのだから、それを否定しきれるものはいないだろう。それに、この2人ならば苗字の需要を理解しているからボーダーを辞めさせようとも思わないだろうからボーダーとしても問題ない。
「さてと、木崎も風間も飲め飲め〜〜!」
「お前と同じ量を俺が飲めると思うか?」
「風間くんは やれば出来る子だし!」
「……お前は、」
「よーし、飲め。やれば出来る男」
「調子に乗るなよ、諏訪」
「対応の差どうなってんだ、マジで」
「今に始まった事じゃないでしょ」
本当に飲めるのかと心配になる量の酒が机に運ばれてきて毎回心配になるけれど、それをあっという間に飲み干すのが この馬鹿ども(諏訪と苗字)である。別段酒が強いわけでもないのが特徴だ。飲める量くらい自分でわかっている癖に浴びる様に酒を飲んで毎回記憶を飛ばす。介抱してやる こちらの気持ちにもなって欲しいものだ(特に苗字)。
「苗字、そういえば 俺の弟子がお前に会いたがっていた。今度またウチの支部に遊びに来るといい」
「木崎の支部ってアットホーム感凄くて帰りたくなくなっちゃうんだよねー」
「そのまま苗字がウチに転属したら小南あたりが喜ぶかもしれないな」
「木崎が結婚してくれるなら考える」
「構わないが、間違いなく支部の奴らに気を使わせて苗字の居心地が悪くなるだろうな」
「は、つらい。木崎くんはさー、その頭のいい返しどうにかならないかなー」
「男女間の友情云々があると説いたのは他の誰でもない、お前じゃなかったか?」
「はーい。苗字は たった今、諏訪、寺島、風間、木崎と結婚の夢が絶たれましたー、もう飲むしかない!!」
「それもう飲みたいだけじゃねーか」
「諏訪くん、うるさーい」
まるで昔から変わらない苗字に安心もするけれど、毎年綺麗になっていくのを自覚しない馬鹿さ加減にはいい加減呆れる。それなのにも関わらず、実は自分の容姿のレベルにも気付いていて、それでもなお ここまで人間に隙を見せるのだから、やっぱり素直に この女の馬鹿さ加減には呆れた。俺達からすれば、苗字とは子供のまま大人になったような女だ。諏訪も然り。
しかし、周りから見た苗字は憧れの女の人であったり、少し抜けていて可愛らしい守ってあげたい女だったりするらしい。この辺りの意見を聞いた上で、この女が如何に周りに対して猫を……完璧を装っているのかを察していただきたい。
「しかし、苗字が見合いか」
「結婚したらさ、このメンバーで集まれなくなっちゃうかもしれないって考えると なんかまだ結婚したくないなって思っちゃうなー」
「……記憶封印措置か」
「そうそう。忘れたくないなー、私は」
今までの大切な思い出全部が消えちゃうって考えると寂しいもん、私は。そんな言葉を聞いて、何も思わないわけじゃない。苗字くらいのトリオンがあればトリオン量が減ったとしても戦闘員でいられるだろう。教職の免許を取るようだから教育実習先の学校である六頴館の菊地原達は少しだけ楽しそうに苗字と話していたし、苗字が辞めてしまったら……いや、これは他人はそう思っているけれど自分は思っていないかのように聞こえるからやめよう。
俺は このメンバーが嫌いじゃない。寧ろ、どちらかと言うのならば……どちらかと言わなくても、圧倒的に好きが勝つし、このメンバーで集まるこの空間は俺達に取って唯一の息抜き出来る場なのだ。好きなだけ酒を飲んで、好きなだけ愚痴をこぼして、好きなだけ語り合う。相手の気持ち云々なんて全く気にしないで自然体で入れる場所がここであり、このメンバーだ。確かに、一人抜けようが、いなかろうが大した問題ではないかもしれないけれど、その一人が その一回きりいないのと、これから先ずっといないのでは意味が違う。
「お前が本当に困った時は、助けるさ」
「今も本当に困ってるんだけどねー」
「まだ余裕があるように思えるが」
「そこまで私を追い込むのか、風間くんは」
俺達は昔に、男女間の友情は成立するのか、と語り合った事がある。その時には諏訪も寺島も木崎も苗字も皆それなりに良好な関係を築いていて、成立するだろ、いま成立しているんだし、と笑って会話は終わった。その日から今日まで俺たちはずっと友として友情を育んできたわけだ。
誰もその友情を壊さない。
男女間の友情の存在を証明するのは非常に難しい事である。例えば、男女間の友情がない、と証明するのは非常に簡単だ。誰かが誰かに対して下心を抱いてしまえば良い。しかし、逆の証明は難しい。その人間の生涯を持って証明するしかないのだ。俺達が生涯苗字に一度もやましい気持ちを抱く事なく、生涯を終える。そう言うやり方でしか証明なんて出来やしない。とても難しい証明だ。
「ーーーー……苗字。お前はまだ、男女間の友情があると思うか?」
「あるでしょ、私達がそうだもん」
平気な顔をして証明する苗字には本当にこれっぽっちも恋愛感情なんて持ち合わせていないのだろう。かくいう俺も苗字にそのような気持ちは持ち合わせていないのだが。しかし、それならば証明してみせよう。この生涯を持って。男女間の友情が存在するのだと。
俺達は俺達の関係が変わらなければ、それで良い。俺達の『友』という関係を壊す障害があるというのならばーーーー……。