ゆく年くる年の約束



 地元の寺院は決して大きくはないけれど、初詣の時期ともなればかなりの賑わいを見せていた。ごぉん、と響く鐘の音、砂利道を進む雑踏の音、弾む笑い声――。

「おぉ、これはなかなか」

 折角だから地元――現世のお寺に初詣に行きたい。なんてわたしの我儘に付き合ってくれたのは、丁度近侍を務めていた髭切だった。護衛としてわたしのすぐ側を歩く彼は、いつもの軍服のような装束ではなく、きちんと現代に適した格好(ニットに黒のスキニー、ロングコート)だ。しかしまあ、なにを着ても似合うのだからイケメンとやらは羨ましい。

「いい匂いがするねぇ。いか焼きにから揚げ……、ああ、べびーかすてら、なんてものもあるよ。帰りにでも何か買って食べてしまおうか、皆には内緒で」

 本当にさっとお参りだけして戻る予定ではあったのだけれど……、にこにこと楽しそうな彼を見ていると断るのも気が引けた。そうだねと同意をすれば、彼は一層笑みを深くする。そうして、「それじゃあ、はい」と、至極当然のようにこちらへと手を差し出した。

「え?」
「うん?」

 思い切り困惑すれば、彼もまた不思議そうな顔をして小首を傾げた。あざとい……、ではなくて。

「ありゃ? 人間は男と女が出かける時は手を繋ぐものだと聞いたんだけど……、違ったかな?」
「う、ううん……? 一体誰から聞いたのか疑問ではあるんだけど。とりあえず微妙に違う、かな。恋人だとそうすることも多いかもしれないけど……。とにかく、繋がなきゃいけないってわけじゃないから」
「ふうん、そういうものなんだねぇ。でも折角だし、はぐれたら困るから繋いでおこう。ほら」

 穏やかな口調で、けれども有無を言わせず髭切がわたしの手を取った。そうして、あれよあれよという間に指が絡めとられて、所謂『恋人繋ぎ』になってしまったからたまったものじゃない。というか、何が『折角』なのだろう。
 じわじわと体が熱くなる。刀の神様――人ならざるものとはいえ、見た目だけで言えばひどく綺麗な成人男性だ。そんな彼に恋人のような接し方をされて、動揺しない方がおかしい。
 思わず周りを見渡した。けれども存外こちらを気にする人たちはいなくて、そのことに意味もなく少しほっとする。

「さ、行こうか。本堂の方はかなり並んでるみたいだねぇ」

 のんびりと、彼が手を引いた。本気で拒めば、この神様は笑いながら謝ってその手を離してくれるだろう。けれどもわたしは、それをしない。



 本堂へのお参りも無事終わり、少し逸れたところにあるお守りなどの売り場へと移動する。少し悩んでから、ひとまずおみくじを先に引くことにした。
 人混みから離れて、既におみくじが結わえられている木の下で開封する。

「あ」
「おやおや」

 ひょっこりと覗き込んだ髭切が苦笑する。結果は『大凶』。なんだこれは。『凶』でもひどいものだというのに、大凶だなんて。

「ボロボロ書かれてるねぇ。迷った挙句に暴走するとか、仕事も邪魔が入るって……、ありゃ」

 内容を読み上げていた髭切が、不意にわたしの頭に手を置いた。

「君、言ったらなんだけどこれは運試しみたいなものであって、そんなに気にするようなことじゃあないよ。それに……、っと」
「わっ」
「あはは、ごめんごめん。やっぱり人が多いねぇ」

 ぐいと体を引かれて、髭切の胸元に顔を埋める形になったことに先ほどよりも動揺する。一方で彼の方はこれまた意に介していないようで、そのことが少し悔しかったりした。

「……ありがと、早く結んじゃうね」

 軽く押しのけるように腕の中から抜け出して、すぐ傍の木に手を伸ばす、けれど。

「木に結べばいいんだよね。君は小さいから、代わりにやってあげよう」
「……馬鹿にしてるの、小さいって言っても結べるところはあるし」
「いいから、いいから。ほら、折角だからこっちの高くて陽当たりもいいところに結ぼうね」
「聞いて?」

 くすくすと笑いながら、髭切はわたしでは決して届かない位置の枝へと器用におみくじを結わえる。

「そういえば、木におみくじを結ぶのは、厄を落とすため、らしいね。ふふ、持って帰ってあの……ええと、名前を忘れてしまったけれど。厄落としの彼に渡しても良かったんじゃない?」
「石切丸のこと? それでもいいかもしれないけど……」

 なんて。他愛のない話をしながら、お守りも買ってその場を離れる。人波に合わせて境内を後にした時だった。

「……審神者様」

 突然、低くて小さな声がかけられた。見れば、網代傘を深く被った男性が佇んでいる。思わず訝し気な眼差しを送ってしまうこちらを気にする風もなく、彼は懐からいくつかの呪術道具と称されるものを取り出した。それは石だったり、何かの動物の皮だったり、蝋燭だったりと多種多様である。
 このような往来でそんな不気味なものを取り出すんじゃない――、いや、それよりも。わたしが『審神者』であることを知っているなんて、この人は一体何者か。同業者にしては、纏っている雰囲気が違うように感じる。わたしのように、護衛の刀剣男士がいる風でもない。
 不躾な視線を送っているにも関わらず、彼は声色ひとつ変えなかった。

「……失礼。わたくし、まじない道具を売っている者にございます。貴方様の運勢がひどく悪いように感じましたので、僭越ながらお声がけを」

 男が顔を上げた。傘から覗く瞳は存外穏やかで、更に驚いたことにとても若い。自分と同い年か、年下か――。とにかく、つい警戒心を解かれるような面立ちであった。はあ、と気の抜けた、声というにはあまりになっていない音が口から漏れる。
 にこり、と害のなさそうな顔で彼は笑った。

「よろしければ、お持ちになられませんか」

 言って、差し出されたのはどこか高級感のある小さなお守りだった。骨やわら人形のようないかにも怪しいものであれば即刻断る覚悟だったが、これはまた、存外普通な。
 いつの間にか当初感じた不気味さはどこかへ消えていた。警戒しすぎだっただろうか。というかこれ、いくら取られるんだろう。困惑しきっていると、彼は「お代は頂戴しませんよ。私たちは、審神者さまが無事に闘えるよう手を尽くしているまでです」といかにも善人らしいことを言う。まずい。これはどっちだ。彼の笑顔は本当に悪意がない。けれど演技だったらどうしよう。
 優柔不断に迷い続けるわたしに嫌な顔ひとつせず、彼は手を伸ばした。白くて細い腕が袖から覗く。その手が、わたしの手に触れる、その間際。

「必要ないよ」

 ぴしゃりと背後から声がしたかと思うと、髭切がわたしの手を取っていた。ぴったりと密着した状態で、彼が言う。
 行き場を失った男の手は一瞬宙を彷徨い、やがてゆっくりとおろされた。

「これはまた……、不躾な護衛ですね」
「不躾なのは君の方じゃないかなあ?この子の運勢が悪いとか、まじない道具を貰えとか、言いたい放題だね」
「あくまで本当のことを言ったまでですが……、残念です」

 するり。
 変わらない笑みを浮かべた彼の手から、先ほどのお守りが零れ落ちた。あ、と口にするのと同時にそれは音もなく地面に落ちる。瞬間、小さな雷のような閃光が走って、紫煙色の硝煙が宙に漂う。そしてそれを刈り取るように、白刃が閃いた。

「……仮にそうだとしても、問題ないよ。彼女を危険に晒すようなものは全て、僕が斬ってしまうからね」

 ち、と舌打ちが聞こえた。同時に、男の姿が白い煙で包まれる。
 四方八方でざわめきが大きくなった。
 そういえば髭切、刀抜いて――!
 けれど改めて見た時、彼は既に来た時と同じ格好をしていてほっと息をつく。ざわめきによくよく耳を傾ければ、それは笑い声や日常会話ばかりで、不思議なことに何かを感づいた人はいないようだった。

「さあ、主。帰ろう」

 結局屋台には寄れなかったけれど、髭切はそれを怒ることはなく――。ただ穏やかな笑顔で、わたしに手を差し出した。



 後々知ったことだが、あの時わたしの前に現れたのは審神者相手にまじない道具――というより呪詛の道具を売り、金儲けをしたり、必要であれば審神者を処分したりしている、所謂『闇商人』と呼ばれる人間であったらしい。あのお守りはおそらく後者……、審神者を処分するためのものであっただろうというのが、髭切の見解だった。あの中に何かしらの妖か悪霊だかが封じられていたみたいだけれど、今となっては何が封じられていたのかは知る由もないし、正直知りたいとも思わない。
 政府のお偉いさんへの報告を済ませ、廊下を歩いているとばったりと同期に出くわした。「年明け早々運悪いなあ、おまえ!」豪快な声に自然と眉が寄る。彼の右手にはタブレット。各審神者への注意喚起として、既に情報が出回っているらしい。

「なんなら俺がいいとこの祓い屋紹介してやろうか? 闇商人とかじゃない、正式な……」
「あ、髭切」
「聞けよ!」

 目くじらを立てる彼を素通りし、廊下の隅で行儀よく待ってくれていた髭切の元へ向かう。
 後悔してもしらないからな! 再度投げられる言葉に、髭切は少しだけ困惑したようだった。

「いいの?」
「うん、いいの」

 くるり。
 軽い足取りで髭切へと向き直り、わたしは笑う。

「だってどんな悪いのがきても、髭切が斬ってくれるんでしょう」

 目を見開いて、それから、数度瞬きをして。髭切は、その形の良い口から小さく笑い声を零した。

「うん、任せて。僕がちゃんと守るよ。忘れたりしないと、約束するからね」


2017



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