その愛は砂糖菓子によく似てる
『……かわいい』
真紅の瞳を柔らかく細め、夜のように深い黒髪を揺らし、画面の中の男が囁く。美しいおんなの白い肌を、赤い舌が這う。おんなが艶やかな声をあげて、彼が妖艶に笑う。――かわいい。再度零される甘い言葉。細くて、けれど骨張った男の手が、おんなの服の中へと滑る。
「……何見てるの」
「ひぇ!」
妙ちくりんな声をあげると同時に、反射的にテレビを消した。振り返れば、先程まで画面越しに見ていた彼がいる。
朔間凛月。今をときめくアイドル『Knights』の一員にして、最近はドラマ出演など活動の幅を広げている見目麗しいひと。つい数刻前に私が見ていたドラマも彼が俳優として受けた仕事のひとつである。たしか少女漫画が原作の、ヒロインが不眠症の御曹司に溺愛されるという内容……だったはず。
「か、帰ってきたんなら、声かけてよ」
「え〜?声かけたよ?かけたのに、反応がなかったんだけど。酷いよねぇ、仕事を頑張った彼氏に出迎えもなしなんて」
「う……ごめん……」
度々冗談や嘘でこちらを揶揄う彼のことだ。今の発言が本当かどうかは最早分からない。ただ、あれだけ食い入るようにテレビを見ていたのだから、気付かずに無視してしまった可能性は十分ある。
素直に謝ったわたしに、彼は満足げに目を細めた。安堵して、「ご飯どうする?」と問えば、「食べる〜。シチュー?いい匂いしてるねぇ」
「うん、そう。温め直すから、ちょっと待ってて」
「ん」
ソファに体を沈める彼に、自然と口元が緩んだ。
鼻歌混じりに、鍋に火をかける。その直後、テレビから
「なぁに?」と悪戯っぽい笑みを向ける凛月くんに確信する。わざとだ、全部分かってて、揶揄うつもりでやっている。文句を言いたいのに、上手く言葉が出てこない。金魚のように口をぱくぱくさせるだけの私に、彼はいっとう楽しそうに笑った。
「へんな顔。というか、ひとりでこんなの観てるんだ。えっち〜」
流石にこれには、開いた口が塞がらない。
深夜に放送されているわけでもなければアダルトビデオでもない、ゴールデンタイムに放映されていたドラマに対して、えっち、はないだろう。というかそれを言うのなら、そんなドラマに出演してそんなシーンを演じている凛月くんのほうがよっぽどえっちだろうに…!
恨めしい私の視線に気づいた凛月くんは、動揺のひとつも見せずに言う。
「俺は仕事だから〜。好きでやってるわけじゃないし」
「こ、心の中読んだ……?」
「あんたが分かりやすいの」
ふふ、とこちらを小馬鹿にしたような笑みすら愛おしく思えて、重症だなあと思う。今更だけれど。
……というか、そうか。凛月くん、好きでやってるわけではなく、仕事だと割り切っていたのか。それなりに大事にされている自覚はあったけれど、実際口に出されると存外安心するらしい。最も、必ずしも真実とは限らないわけだが。
ただ、彼の言葉が本当だとして。改めて画面の彼を観て思う。随分上手い演技だなあ、と。今だって、画面の彼がおんなに向ける瞳は、愛するひとへ向けるそれだ。それこそ、少し……、少し、妬いてしまうくらいに。
「なあに?妬いた?」
ああ、もう。またそんな風に心の中を読まれてしまって、敵わないと思い知る。
「……妬いた」
珍しく。否定もなくそう言えば、凛月くんは一瞬、驚いたように目を見開いた。けれどすぐにいつものように目を細めて、楽しそうに笑うのだ。
「俺がいっつも、何考えながらこういうシーンをやってると思う?」
「え……」
突然の問いかけにきょとんとする。ただ、凛月くんは私の言葉を待つ気はないらしく、大した間もおかずに深い笑みのまま続けた。
「あんたのことだよ。服脱がす時も、肌に触れる時も、キスする時も。ぜんぶ、あんたのこと考えながらしてる」
「え」
真っ赤になって固まった私へ、凛月くんが手招きする。
「おいで」
クリームシチュー温めているから、なんてどうしようもない言い訳は、彼の「火止めてよ」の一言で弾かれた。渋々ガスを止めると、それを認めてすぐ「はやく」と急かす彼。もはや抵抗せず、誘われるがままゆっくりと体を預けると、
「いいこ」
甘い言葉と同時に口付けが落とされ、わざとらしくリップ音まで立てられた。反射的に逃げ出そうと身をよじるけれど、腰に回された凛月くんの腕がそれを許さない。あとはもう、されるがままだった。彼の手が肌をなぞる。舌が首筋を這う。熱っぽい吐息が耳に心地いい。こちらを見る瞳は彼の欲が見え隠れしているのが分かり、その目に射貫かれて一段と身体が火照った。
「かわいい」
告げられた言葉は画面で聞いたそれと比べものにならないくらいに優しく甘くて、しあわせを感じずにはいられない。どうにかしてそれを伝えたくて、彼の背に目いっぱい腕を回す。
「あったかい……ふふ、眠くなりそう〜」
「……今寝るのは、ナシ」
「分かってるよ。というか俺も、もう何もせずに寝るとか無理だもん」
そうして、髪のひと房からつま先まで、凛月くんに暴かれ、染められる。私の熱が彼に移る。彼の熱が私に移る。汗ばんだ肌が重なるのが気持ちよくて。そのうち、私たちの体温はひとつになった。
2018