子ども騙しのウエディング



 生まれて16年目の、6月だった。

「生地が余ったから、作ってやったのだよ!」

 梅雨入りしたというのが嘘のように、鮮やかな橙の雲が窓の外に伸びている。窓から差し込む夕陽を背負って、彼は乱暴にそう言って、それから、私に純白の衣装を与えた。
 暫く、言葉がでなかった。驚きと、嬉しさと。いろんな感情がまぜこぜになって、体中を駆け巡る。
 痺れを切らしたように、彼が「なんとか言いたまえ」と言った。

「うん」
「……」
「ありがとう、すっごく綺麗」
「まあ、当然だね。この僕が作ったのだから」

 衣装を広げて体にあてがう私に、彼は続ける。

「今まで君が目にしたどの衣装よりも、美しいに違いないのだよ」
「……うん」
「それにきっと、君によく似合う」
「……うん。ねえ、宗くん。これ、今ここで着てもいい?」
「別に構わないが、ひとりで着付けはできないと思うよ。背中の部分にリボンの編み上げを施しているし」
「じゃあ、宗くんが手伝ってよ」
「ノン!馬鹿なことを言うのはやめたまえ!」

 大袈裟に肩を震わせた彼に断られてしまう。見れば、頬が普段よりもずっと赤い。なるほど。宗くんにも、幼馴染とはいえ年頃の女の子の着替えを手伝うことに対する羞恥というものはあるらしい。
 揶揄ってやろうかと思ったが、本気で怒りの鉄槌を下されそうな気がして踏みとどまった。とはいえ、唇を尖らせて文句を言うくらいはしてみせる。

「一緒にお風呂に入った仲じゃん。着替えくらい手伝ってよ」
「何年前の話をしているのだよ」
「宗くんの分からず屋!マドモアセルもそう思わない?」
『……そうねぇ、宗くん。ここまで頼まれてるんだから、手伝ってあげてもいいんじゃないの?』
「……うむ……」

 マドモアセルの同意を貰えれば、もうこちらのものである。程なくして、渋々といった風ではあったが宗くんが着付けを手伝うと言い出してくれた。

「途中までは自分で着るのだよ。僕は、あちらを向いているから」
「うん」

 了承して、試行錯誤を繰り返しドレスを体に纏っていく。本当に合っているか、少し不安だけれど。

「宗くん、多分できた」
「ああ」

 振り向いた宗くんは、一瞬言葉を失ったように黙りこくった。着方が間違えていただろうか。ひやりとして、もう一度彼の名前を呼ぶ。すると、わざとらしく咳払いがひとつあって、彼は「まあ、うん。やはりよく似合っているね。僕が作ったのだから、当然なのだけど」……その反応に、どうやら照れてくれていたらしいとさすがに気づいた。

「……言葉を失くすくらい、綺麗?」
「……さぁ、どうだろうね。ほら、後ろを向きたまえ。編み上げの部分を完成させよう」
『ふふ。名前ちゃん、とっても似合ってるわ。宗くんは照れくさくて言えてないだけよ』
「ありがとう、マドモアセル」

 するすると、宗くんはいとも簡単にリボンを結んでいく。

「……よし。これで終わりだよ」
「へへ」

 完成の合図がされてすぐ、教室に設置された姿見で確認する。
 自由に揺れるフリル。ひらりと跳ねるレース。まるで魂が入っているかのように紡ぎあげられた純白は、夕陽を受けてきらきらと輝いている。お姫様。否、花嫁。本当にそんな幸せの象徴になれた気がして、感動のあまり声が出なかった。

「……名前、おいで」

 ふと、優しい声で名前を呼ばれる。
 衣装に躓いて転ばないよう、おそるおそる近づくと、宗くんは後ろ手に持っていたあるものを取り出した。そうしてそれを、ふわりと私の頭へ被せる。
 縁取りにレースが使われた、一枚のチュール。マリアヴェールだ。

「……綺麗だね」

 告げて、彼の瞳からぽたりと雫がこぼれた。

「宗くん。泣かないで」
「……泣いてないのだよ」
「嘘ばっかり」

 この期に及んで、彼はまだ強がりを言う。
 近づいて、珍しくこどもみたいなその人を抱き締めた。衣装が汚れる。苦々しく吐き出しながらも、彼もまた同じように私を抱き締めた。

(せめてあと、二年早く生まれていれば。君と本物の、結婚式をあげることだってできたのに)

 宗くんの心の声が、聞こえた気がした。けれど、分かりやすいくらいに溢れ出ているその想いを、彼は絶対に口にしない。言葉にしてしまえば、二年後、私がこの世を去ることが本当になってしまいそうだから。いいや、本当なのだ。それは、言葉にしようがしまいが変わりようのない事実だ。余命を宣告されたわたしは、この白い病棟で、少しずつ命を削りながら息をしている。それでも、私も彼も、それを言わない。未来の別れが絶対的なものだと分かっていても、口に出すのはどうしても躊躇われるのだ。情けない抵抗を、し続けていたいのだ。

「秘密の結婚式だね」

 努めて明るく振舞えば、彼もまた笑った。「そうだね」私に話を合わせて、泣きそうな声で同意してくれる。
 沈みかけの夕陽が差し込む病室。私たちは抱き締めあったまま、どちらからともなく唇を重ねた。はじめてだった。はじめてだったし、たぶん、さいごのキスになると思った。
 優しく触れ合った熱を感じながら、そっと願った。数年後、彼に私以外の愛する人ができて、その人と結婚する時が来たとして。その時、こんな子ども騙しの結婚式のことを、温かな思い出の一部として、その胸に抱いてくれますように。


2017



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