あまい呪詛



「気持ちいいときはね、声を出していいんだよ」

 耳元で囁かれる甘い声。ついで、耳たぶを甘噛みされる感覚に身をよじるも、後ろから抱き締められた状態では大した抵抗にはならなかった。それどころか、くつりと笑った彼は更にわたしの身体の愛撫を進める。先ほどまでやわやわと胸を揉んでいただけの骨ばった手が、否、指が、何かを試すようにその先端を掠めた。

「ぁっ」

 堪らず溢れた声に、彼は笑みを濃くしたに違いなかった。

「ふふ、やっぱりかわいいねぇ、君は」
「……ッ」
「……ああもう、駄目だよ、そんなに唇を噛んで。血が出てしまう。……全く、仕方ないなあ」

 言うことを聞かないわたしに何を思ったのか、彼は「よいしょ」と体を持ち上げて自分と向かい合わせにさせた。

「ほら」

 ふわふわとした薄黄色の髪、金色の瞳。源氏の重宝――、髭切。
 柔らかな桜色の唇が近づく。ちゅ、と軽いリップ音。そのまま食むような口付けが続けられて、酸素を求め自然と唇が離れてしまう。いい子、と優しい声がした。かと思えば乱暴に唇が奪われて、ぬるりとした感触がある。慌てて押しのけようとしても力で敵うはずはなかったし、何より気付いた時には舌を絡めとられていて、抵抗すればするほど彼の舌に侵されるだけだった。
 暫くの後、満足したらしい彼がようやく唇を離した。つぅ、と名残惜し気な銀の糸が、空中でぷつりと切れた。それを見て、彼はほんの少し寂しそうな表情をする。けれども、わたしと目を合わせればすぐに、幸せそうに金の双眸を細めるのだ。

「そんなに気持ちよかったのかい?とろんとしてしまって、本当にかわいいよ。ああ……、早く、君に会いたいなあ・・・・・・



 ――最悪だ。
 穏やかな陽射しの差し込む、朗らかな朝。にも関わらず、わたしの気分はこれでもかというほどに落ちていた。陰惨極める、とはまさにこういうことだろう。
 額に手を当てて、先ほどの夢の内容を思い返す。この手の夢を視るのは今回で何度目だろう。初めは抱き締められる程度だったというのに、頬への口づけ、キス、と夢の中の髭切のスキンシップは徐々に激しくなっていき、今日のがあれだった。夢は願望の表れだのと言われるが全く持って冗談じゃない。うちの本丸にはまだ髭切は顕現されていなくて、兄を心待ちにしている膝丸のためにもいい加減呼び出したいとは思うものの、あんな行為は期待していない。断じて。
 布団から出て、巫女服へと着替えていく。別に巫女服でなければならないという決まりはないが、なんとなくこちらの方が気合が入るのだ。演練をする際にも、この衣装の方が相手方からの印象も『ちゃんと』したものになるようだし。

(……そういえば)

 ――夢の中に髭切が現れるようになったのは、何度か演練でお世話になった本丸が解体されてからだったなと、ふと、そんなことを思った。
 その人の本丸はかなり強い刀たちで揃えられていて、演練の際も余程の運が味方しない限りは負けてばかりだったのだけれど。どうも、その刀たちは不正に手に入れたものであったり、無理な出陣を強要していたり、そういったことを繰り返していたらしく……、結局審神者も刀もまとめて処分されたと、そう瓦版に掲載されていた。ただまあ、不正行為の細かい内容や処遇については上手く誤魔化されていたのが何とも政府らしいと、ぼんやりと思ったことを覚えている。
 さて、その本丸との演練の際、わたしが最も目にしていたのが源氏の重宝の兄、髭切であった。というのも、当時のわたしの部隊にいた膝丸があまりに彼をじいと見つめるものだから、素直で兄思いの膝丸のためにも早く顕現してやりたいと同じように熱視線とも捉えられるものを送っていたのだ。程なくしてわたしの視線に気づいたらしい彼は、最初こそ怪訝な瞳を向けたものの、敵意がないことを感じ取ったのか何なのか、演練を終える際には気の抜けるような笑みを向けるのだった。
 以来、演練で巡り会うたび、彼はにこにことこちらへ手を振ってくるようになっていた。
 ――あの人の良さそうな髭切は、どこに行ってしまったのだろう。
 本丸そのものの処分。ともすればきっと、あの神様は。

「――主」

 思わず背筋がぴんと伸びるような、真っ直ぐな声が襖を超えてくる。
 膝丸だ。朝餉の時間だと、呼びにきてくれたのだろう。

「今行くよ」

 すう、と意識を高めるように息を吸う。
 大丈夫だ、夢の内容に引きずられたりはしない。今日も、ちゃんと職務をこなせる。
 丹田に力を入れ、わたしは襖に手をかけた。



「ひぅ、ぁ、ぁっ」

 胸元で、稲穂のような金色が揺れている。柔らかな皮膚を撫でるように舐めあげられ、その度に体がぞくぞくと震える。生温かい舌は、程なくして膨らみの先端に吸い付いて、「ひぁっ♡」一際甘い声が漏れた。
 蜂蜜のような彼の瞳に映るわたしはすっかり蕩けていて、恥ずかしい、嫌だ、と思う一方で体の奥がじわじわと疼いて仕方がない。髭切はいっそう楽しそうに笑うと、「気持ちいい?嬉しいなあ」と目を細めた。

「ち、がぁ……っ」

 涙声で否定すれば、その神様は心底不思議そうにきょとんとする。

「違うのかい?ここ、こんなになってるのに?」
「ぁっ」

 骨ばった指が、みっともないほどに濡れた秘部に触れた。水たまりを撫でるような音がして、身体の熱がカッとあがる。

「ほら、こんなにぬるぬるだよ。すごいねぇ、乳首だけで感じちゃったのかい?僕としては、光栄なことだけれど」
「ぁ、やだぁ……っ♡」
「そんな蕩けそうな顔で言われてもねぇ」

 説得力がないなあと、くすくす笑う神様の言う通り、思考とは裏腹にわたしの体はもどかしさでいっぱいで、ついつい太腿を擦るような仕草さえしてしまう。髭切はそれに目敏く気づいて、

「ありゃ?もしかして、もう物足りないのかな?うんうん、それじゃあ撫でるだけじゃなくて……、指、いれてあげるね?」
「ひっ、ぁ、違ぁ……っ、〜〜ッ♡」

 くちゃくちゃと水音が激しくなる。情けなく身体を震わせながら、髭切の真っ白な軍服によく似た衣装の裾を掴んだ。それを嫌がるどころか、寧ろ幸せだと言わんばかりに彼は行為を進めていく。
 駄目、駄目駄目駄目――!
 いつもの夢なんだから、早く、早く目を覚まさなければ。
 熱で浮かされる思考の中で、必死にそれだけを考える。

「ねぇ、もっと気持ちよくなりたい?僕のが――」

 ほしい?と。耳元で囁かれる、熱を帯びた甘い声に、わたしは――、



「……いらない!!」

  叫んだと同時に、見慣れた板目状の天井が視界に飛び込んだ。
荒い息を整えながら、体を起こす。ぐっしょりと汗を吸い込んだらしい寝間着が少し重くて、気持ち悪かった。
 ゆるりと窓の外を見れば、まだ暗い。何時だろうと確認しようとした時、襖越しに慌てたような声が投げられた。

「主っ!?大丈夫か、何かあったのか!」
「ひざ、まる……?」
「ああ、俺だ。こんな夜半にすまないと思ったが、叫び声が聞こえたものだから……。大丈夫か?他の者たちも、心配している」

 鋭いはずなのに心底こちらを労わるような声音に、ばくばくと煩く跳ねていた心臓が少しずつ落ち着いていく。
 すう、と冷たい空気を一度吸い込んでから、なるべく震えないように注意してわたしは言葉を紡ぎ出す。

「大丈夫。少し、よくない夢を見ただけ」
「そうか。最近は忙しさが増しているからな。無理はしないでくれ。……何か、頼みごとがあればすぐにでも受けるが。寝付けない時は確か、『はーぶてぃー』や『ここあ』が良いと聞いたことが……」

 と、そこでハッとしたように膝丸は言葉を止めた。
 次いで、「すまない」と控えめな謝罪が聞こえてくる。

「こんな夜更けに、長々と話し込むのはよくなかった。俺は戻るので、何かあれば……」
「……ひざまる」

 自分でも驚くくらいに拙い声であった。
 それに気づいてか気づかずか、膝丸が柔らかな声で返事をする。

「……喉が渇いたから、お茶を」
「分かった、すぐに持ってこよう!」

 襖の影が勢いよく立ち上がった。
 ばたばたと響く足音に、長谷部か誰かに怒られるぞとくすりと笑って、わたしはほんの少しの平常心を取り戻す。



 けれどそれからも、夢の中の髭切との行為は変わらぬどころかより深く激しいものとなってしまった。
 そうしてわたしは次第に眠ることを拒み、それでも皆には知られぬように何とか任務をこなしていたのだけれど――。

「……主!」

 誰のものともつかぬ焦った声が、耳に届いた。
 ぐらり。
 視界が暗転する。
 駄目だ、また、あの夢を視てしまう。恐ろしくて、ひどく甘美な、あの夢を……、ああ、けれど。
 けれど、もしかしたら。太陽が高く昇るこんな昼間であれば、あの神様も簡単には現れないかもしれない。

「主!どうしよう、主が!」
「落ち着いて、熱があるわけじゃなさそうだ。貧血か、立ちくらみか……、とにかく運ぼう」
「俺が抱き上げよう、部屋を用意してくれ」

 清光、燭台切、膝丸……、それから、短刀の子たちの声もする。みんなに心配をかけて審神者失格だと、薄れゆく意識の中でぼんやりと思うわたしの脳裏に、桜の中に佇む白い衣装の穏やかな青年が浮かんだ。



「……まさか眠ることをやめるなんて、困った子だねぇ」
「……んっ」

 言葉とは裏腹にどこか弾んだ声で、その神様はわたしの項に舌を這わす。時折わざとらしく立てられる口吸いの音が、やけにいやらしく響いた。
 びくりと、身体が跳ねるのを止める術はもうなくなっていた。それを分かってか、一層楽しそうに口角を上げた彼は、至るところに口づけを落とす。優しい手つきで、身体中を愛撫する。
 ――それはまるで、愛しい恋人にする行為そのもののように。

「……もう濡れてるよ」
「ぁっ、あぅ、ひゃあ……っ」

 言葉と同時に、彼の長い指が密の溢れた花園へと侵入した。不思議と強い痛みを感じることはなかったが、それは夢のせいではないのだろう。
 甘い吐息を漏らし続けていれば、何を思ったのか、程なくして神様はその指を引き抜いた。
 もう満足して、ついに終わりだろうか。淡い期待で端正な彼の顔を見る、が。

「ふふ、大丈夫、大丈夫。ちゃあんと、もっと気持ちよくしてあげるから」
「ちがっ……」
「本当に?」
「あっ……!」

 くすりと笑って、神様は十二分に濡れた秘所へと息を吹きかけた。
 それだけで下半身が上方に震えて、けれども逃すまいと抱きすくめられる。

「君は口ではやめてほしいと言うけれど、そんな顔はしてないんだよねぇ。むしろ、もっと欲しいって顔をしてる」
「そんな、こと……っ」
「うーん、でもねぇ。ここもこんなにヒクついて、蜜をとろとろ溢れさせてさ。……いいんだよ、素直になって。これは僕から頑張ってる君への、ご褒美なんだから。僕はね、ずっと君を視ていたんだよ。君が僕を見つけてくれたあの日から、ずっと」
「え……、あっ、ああっ♡」

 ついに、神様が秘部へと吸い付いた。

(ぁ、これ、やぁ……っ♡舌、あったかくて、す、ご……っ♡)

 はじめての感覚に、視界が弾けるかと思った。じゅるじゅると淫靡な音から逃れるように伸ばした手は、何を成すこともなく捕らえられ静止させられる。

「ぁ、ふぅ……っ、あっ、ああっ♡」
「そう。気持ちいい時は声を出したら、いいんだよ。ん、いい子、いい子……」

 それはもう、とびっきりの甘い声で。
 ぷつん、と理性の糸が切れたのを自分でも確認できた。
 神様の唇が器用に動かされる。舌が、激しく濡れた壁を責め立てる。
 たまらなくなって、がくがくと腰が震えた。

(あっ♡ぁ、きもち、きもちぃ♡もう、もう……っ♡)

 ――けれど。
 ぴたりと、突然行為をやめて、神様は顔を上げた。

「ぇ、あ、何でぇ……」
「ああ、そんな顔をしないで。ごめんね、でもやっぱり……」
「……っ」

 硬くそそり立った、男のモノが押し当てられる。

「僕ので、達して欲しいなぁ」

 ず、とそれは簡単に秘部に挿入された。これまでにない快感が身体中を駆け巡って、とても自分のものとは思えない甲高い嬌声が口から溢れる。

「ぁっ、すごい……っ、吸い付いてくる、ねぇ……。そんなに、欲しかったんだ……っ」
「ひあっ♡あっ、こんな、のぉ……♡」
「んっ、大丈夫、大丈夫。何も駄目じゃないよ。余計なことは、考えなくていいから……」
「んぅ……」

 優しく、激しく。男が、唇を塞いだ。やがて、ぬるりと口内に侵入した舌が生き物のように中でうねる。こちらの舌を絡めて、堪能する。
 その最中、情欲に満ちた金色の瞳と視線が交わった。その中に、蕩けた表情の自分を見つけて、途端に恥ずかしさが込み上げた。それなのに、その硝子玉のように美しい瞳から逸らすことはできない。
 ゆっくりと、髭切が腰を動かした。それは次第に激しいものになって、奥を、奥を突き上げていく。

「ん、ぁっ♡ぁ、ぁぁっ♡はぁ……っ♡」
「ぁ、んぁっ」

 二人分の息遣いが、どんどん荒くなっていく。
 快感が上り詰める。たまらず、溺れかけて助けを求めるみたいに、目の前の男に縋りつく。

「ぁっ♡やぁっ♡も、いっちゃ、いっちゃぅ……っ♡ぁっ♡」

 それなのに、また。
 ふ、と彼が動きを止めるので、わたしはついに泣きそうな声で「どうして」と言ってしまう。
 繋がったままの中がもどかしいくらいにヒクついた状態で、髭切がわたしの頭を優しく撫でた。

「ごめんね、でも、もう時間みたいだ」

 次いで、額に口づけが落とされる。

「大丈夫だよ、すぐ会えるから。その時は、もっともっと気持ちいいご褒美をあげる。だからほんの少し、我慢してね――、主」



 見慣れた天井が目に入った。ぼんやりとする意識の中で、辺りを見渡そうと首だけを動かす。

「主、目が覚めたんだ!」

 心底安堵したような声が、すぐ傍から聞こえた。「大丈夫?」とこちらを労わるような視線を寄こす清光に小さく頷けば、「嘘ばっかり」と苦笑された。綺麗な真紅で飾られた爪をちらつかせて、清光が額に触れる。

「本当に熱はないみたいだけど……、心配したんだからね。暫くは休みなよ。鍛刀してぶっ倒れるなんて、もう勘弁してほしいからさ」

 言われて、徐々に意識が覚醒していく。
 そういえば、倒れたのは鍛刀をした直後だった。どのくらい寝ていたのだろう、それから、今回は誰を顕現できたのだろう。
 確認しようと体を起こそうとすれば、慌てたように清光が止めてくる。

「ちょっと主!まだ大人しく寝ててってば!」
「分かってるけど、わたしどのくらい寝てた?鍛刀は、どうなった?」
「もう、本当に仕事人間……。三時間とちょっとだよ。それで、顕現した刀はさっき膝丸が確認しにいって……」

 と、不意に廊下から足音が聞こえた。弾むようなものがひとつ、それから、ゆったりとしたものがひとつ。そしてわたしは、そちらから流れてくる気のようなものを、感じたことがあった。

「主、喜べ!いや、喜ぶのは俺だが!」
「ちょっと、うるさいんだけど。主は病み上がりなんだよ。ていうか、主が寝てたらどうするつもりだったの安眠妨害にしかならないから」
「そ、そうだった、すまない。つい興奮してしまってな……」

 襖越しにしょげた膝丸の声が聞こえる。廊下に向かってぶつぶつと注意をする清光を知らぬ顔で通り越して、顕現されたという刀の付喪神が姿を現した。
 薄黄色の柔らかな髪、猫のような金色の瞳、それにかかる睫毛は長く、薄い桜のような唇が穏やかに弧を描いている。白色の軍服によく似た衣装を風に靡かせながら、彼は「源氏の重宝、髭切さ。君が、今代の主だね」と告げた。――わたしのよく知る、あの優しく甘い声で。
 ――どくん。
 心臓が大きく音を立てたその理由を、わたしはもう知っている。


2017



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