卯ノ花綴り
物心ついた頃には、その『ひと』のことが好きだった。
「おっと。こーらお嬢、足にしがみつくと危ないぞー」
趣のある日本庭園に面した、木造の長い廊下。洗い立ての衣服が詰まった籠を抱えて歩くそのひとに駆け寄ると、少しだけ困ったような声が降ってくる。
そのやりとりに、先を歩いていた、体格の良い眼帯のひとが振り返った。光忠と呼ばれている、よく料理を作っているひとだ。
「お嬢は薬研くんのことが大好きだねぇ」
まるい声で告げられたその言葉に何度も頷きながら、
「あたしも、それ、する!」
白衣の裾を引っ張り懸命に意思を伝えると、彼はゆっくりと膝をおり、わたしと視線を合わせて微笑んだ。
「手伝ってくれるのか?」
再び、首を縦に振る。
「助かるぜ、お嬢。それじゃあ、転ばないように」
そう言って差し出された手を固く握りしめ、わたしは大好きなひとについて歩く。
踏石を伝って庭へ降りれば、やわらかな日差しが歓迎するように頬を撫でた。目を細め、肺いっぱいに空気を吸い込む。若葉のみずみずしい香りと混ざって、すがすがしい甘さが鼻孔をくすぐった。心地の良い香りに、すんすんと鼻をひくつかせていると、隣の彼がめざとく気づき、少し先の垣根を指さした。
「いい香りだろ。ちょうど卯ノ花が満開になってるんだ」
「うのはな」
「大将――、お嬢のおばあちゃんが好きなのさ」
「あたしもこれすき!おばあちゃんと、いっしょ!」
「はは、じゃあ俺とも一緒だな。……それじゃ、洗濯のお手伝いに来てくれたお嬢。これを持ってくれるか?」
いつのまに用意されていたのだろう、彼らが持っていた洗濯籠よりずっと小ぶりな籠が渡される。中には、ハンカチやグローブ等の細々したものが、少しだけ積まれていた。
籠を両腕に抱え、薬研の後ろをついていく。洗濯物のほとんどは既に竿にかかり、澄んだ青空の中をはためいていた。薬研と会話をしている間に、光忠が干してくれていたのだろう。
冷たいハンカチをひとつずつ取り出し、薬研に手渡していく。やがて空になった籠を自慢げに見せるわたしに、彼は「ありがとな、助かった」と笑った。あたたかな手が、わたしの頭を撫でる。
そのうち木々の緑は一段と濃くなり、やがて鮮やかな紅に移り変わる。そして、朝夕と冷え込む日々が続いた後、庭の樹木はすっかり葉を落とした。この季節になると、広間に炬燵が置かれる。わたしは必ず薬研の隣に滑り込み、彼にぎゅうとくっついては微睡んでいた。
「……ふふ、この子ったら、まぁた薬研にくっついて」
少しだけしゃがれた、けれど聞き取りやすい大らかな声は、おばあちゃんのものだったと思う。
「大将」
薬研が少しだけ、体の向きを変える。
「ありがとうね。母を亡くして寂しいとは分かっていても、私はこの子とたくさん遊べないから……」
「気にするな。俺も楽しんでるしな」
「そう?それなら、嬉しいけれど」
優しく頬に触れてくれたのは、おばあちゃんだったか、薬研だったのか。心地良い熱の主を確かめようとする間に、遠くから声が響いて。
「主さん!第二部隊、帰還しました!」
「ええ、今行くわ」
皆から『主』と慕われるそのひとは、力強い眼差しで部屋から立ち去っていく。
それから、卯ノ花が咲き誇る様子を、何度この目で見ただろう。いつの間にか、わたしと薬研の身長差は十センチもなくなっていた。
「お、いたいた。お嬢、無花果食べないか?大将が友人から貰ったんだと。旬だから、きっとすごく美味いぜ」
去年の春頃から作った、趣味の小さな花壇を手入れしていると、聞き慣れた声に呼ばれて振り返る。縁側に薬研が立っており、こちらに手を振っていた。
「行く!」
大きな声で返事をして、縁側に駆け上がる。
「はは、すごい勢いだな。無花果は逃げやしないぞ?」
二人並んで足を進める。ぎし、ぎし、と木造りの廊下は微かに音を立てている。
不意に、薬研が立ち止まった。彼の視線の先を同じように辿れば、そこには一本の柱がある。マジックペンや、刃物で傷をつけたような痕がたくさん並ぶそれは、年に数回、わたしの身長を刻んでいるものだ。
「最後に測ったのは、いつだったかな……」
問いかけ、というよりは、独り言のだった。それを分かりながら、わたしは柱の横に立って明るく告げる。
「三ヶ月前だよ。どう?また伸びてない?」
「ああ、本当だな」
じっとこちらを見つめた彼が、一歩、その距離を詰めてくる。そうして、するりと己の短刀を鞘から抜き取ると、「お嬢、そのままで」ぐいと体を寄せ、柱を軽く削った。
わたしの目線は丁度、彼の鎖骨あたりになる。ふ、と香りが漂った。心臓が大きく跳ねる。薬研の香りだ。少しだけ甘い、大人の男のひとみたいな香り。
「よし、描けたぜ。……お嬢?」
氷像のようにカチコチに固まったわたしを、彼は不思議そうに覗き込む。
「どうした、具合でも悪くなったか?」
「ちがう……」
何とか否定の言葉を発したわたしに、彼は「ならいいが」とだけ口にした。
よろよろと柱から離れ、改めて自身の背丈を確認する。先の言葉通り、この三ヶ月で二センチ程伸びていた。これには自分も驚きだ。自慢してやろうと振り返るより早く、薬研の声が届いた。
「……俺が測ってやれるのも、もう終わるな」
彼が、どんな表情で言葉を紡いだかは知らない。ただ、その声音には少しだけ寂しさが混ざっているように思えて、それから、唐突に理解してしまった。彼らがふつうの『ひと』ではないこと。抱いた感情を向ける先が、きっとどこにもないこと。心のどこかで感じ取りながらも目を逸らし続けてきた事実が、濁流のようにわたしを呑み込んでいく。
それから1年と経たずして、わたしは薬研の背丈を抜いた。その頃には、わたしから背を測ってほしいとせがむことはなくなっていた。柱の横に立つのは、光忠や長谷部に誘われた時だけ。
幼いわたしが頻繁に――それこそ毎日と言っても過言ではない頻度で――、背を測ってくれと頼み込んでいたのは、早く薬研に近づきたかったからだ。何も知らなかった小さな娘は、彼と同じくらいの背丈になれば、大人になれば、想いを伝えられると本気で思っていた。欠片も疑っていなかった。
けれど、彼の背丈にぐんぐん近づいて、まっさらな子どもではなくなったわたしは理解する。理解してしまう。彼と、己の違いを。神様と、人の違いを。
彼の背を抜いた後は、その目線の高さが外れていく度に、二人の違いを思い知らされた。早く成長が止まれと、どれだけ願ったことだろう。数年経ち、身長が誤差程度に縮んだ時。わたしは、心底安堵したのだった。
同年、晩夏。この本丸は、大きな転機に見舞われる。
わたしの祖母であり、この本丸の審神者であった彼女が、極端に体調を崩しはじめたのだ。そして程なくして、握力が低下し、食事の量が減り、歩行が困難になった。医師の診断結果をみるまでもなく、老衰であると理解した。人間誰しもに訪れる、避けられない
わたしの母は、幼い頃に亡くなっている。必然的に、わたしが次期審神者となるよう命じられた。
心身の健康状態の検査、霊力の測定、知能指数の確認。それらを大至急行い、問題無しとの回答を受けた、数日後。
「今までありがとう……、愛してる。これからもこの本丸を、お願いね」
すぐ傍に控えていた初期刀、その横で祖母の手を握るわたしに、生涯一の、しわくちゃな笑顔を向けて。祖母は、眠るように、息を引き取った。
嗚咽を漏らし、肩を震わすわたしの背中を、初期刀がそっと撫でた。彼の手も、悲しみを殺すように震えていた。
祖母の同期や友人なのだろう、年配の審神者が多く訪れてくれた彼女の葬儀は滞りなく終わり、その翌日には、政府の役人立会のもと、わたしの審神者就任の儀式が行われた。
大広間の上段に正座をし、背筋を伸ばしてその時を待つ。これから、刀の神様たちは、初期刀を筆頭に、顕現した順で中段以降に並んでいく。最前列の刀が新たな審神者に一言二言述べた後、全員が深い礼――最敬礼をとる、というのが通例だ。
わたしの両脇には、顔を黒子で覆った政府の役人が二人と、彼らに付き従う刀剣男士が二名。その内の一組が、
「審神者殿。刀剣男士を呼んで参ります」
淡々とした口調で告げ、広間から退出した。
「は、い」
頷きながら、依然として斜め後ろに控えている役人を盗み見る。
万が一の事態――例えば、突如遡行軍が現れるとか、刀剣男士が神隠しをしてしまうとか――に備え、就任式の間中、彼らが離れることはない。安全、と言えばそうだろう。けれど、妙な居心地の悪さを感じてしまう。失礼な言い方ではあるが、もう少し愛想の良い人はいなかったのだろうか。
どの位時間が経ったか、廊下側から大勢の足音が聞こえ始めた。ゆっくりと息を吐き、改めて背筋を伸ばす。
襖が開き、祖母が顕現した全ての刀剣男士が、広間へと足を踏み入れる。その先頭を歩く人物に、わたしは大きく目を見開いた。
「なん……っ」
少し離れた位置で様子を見張っていた役人が、咎めるようにわたしを睨む。慌てて口を閉ざすが、動揺は隠しきれなかった。
祖母の初期刀は歌仙兼定であった。だから、先頭にくるのは、この儀式を執り行う長は、彼以外あり得ないはずなのだ。それなのに、なぜ。
わたしの目の前に腰を下ろした彼に続き、全振りが座していく。最後のひとりが膝をついたところで、先頭の彼は一礼の後、口を開いた。
「この本丸を引き継いでくださることに感謝し、新たな審神者を、心より歓迎いたします」
そうして、深く深くお辞儀をする。彼に合わせて、全員が同様の最敬礼をとった。
たっぷりの間の後、彼らは揃って頭を持ち上げる。
先頭の神様が、芯の通った声で告げる。
「改めてよろしく頼む。――大将」
藤色の瞳は揺らぎなく、わたしを見据えていた。
その日以降、薬研はわたしのことを『大将』と呼ぶようになった。他の刀たち――特に、薬研の次に深く関わっていた光忠などは未だに『お嬢』と口にすることもある。けれど薬研だけは頑なに、ただの一度も、『お嬢』と呼びはしなかった。
「大将、朝飯の時間だぜ」
「鍛刀が終わったぞ、大将」
彼から『大将』と呼ばれる度、わたしの背筋はぴんと伸びた。けれどそれと同時に、妙に痛ましい、切り傷が冷たい風に触れるような感傷が胸に広がるのだった。
だって、わたしは知らない。なぜ彼が、突然呼び名を変えたのか。頑なに昔のように接してくれないのか。
とんだ我儘娘だと、自分でも思う。神様と人間、彼とわたしの違いをはっきり理解してから、ぎこちない態度を取ったことが幾度もあった。それでも薬研は変わらず接してくれたのに、彼から態度を変えられた途端に、その理由が分からず不安と不満を感じているのだから。
それでもひとつだけ、分かっていることがある。
わたしは審神者であり、主。この本丸を導くもの。彼は刀剣男士。歴史を守るため、わたしの命を受け力をふるうもの。もはや立場は違う。それ故、彼に甘えることはできないと――。
「……がんばらなきゃ」
文机の前。唇を一文字に結び、書類に目を通しながら筆をとる。
わたしは、祖母の代わりになっているだろうか。彼らに呆れられない程度に、役目を果たせているのだろうか。引き継ぎの際は、皆わたしを認める姿勢をみせたが、内心反対していた者たちもいたのではないか。どろどろとした黒いものが、体に纏わりつくような感覚。その中で懸命に、筆を動かしていく。
やがて気がついた時には、格子の向こうから夕陽が差し込んでいた。唐突に疲労感が体を襲い、瞼が重くなる。
(少しだけ……)
そんな言い訳をして、畳の上に寝転んだ。程なくして、ふわふわと、雲の中を彷徨っているような感覚に陥る。完全に眠れているわけでもなければ、起きているわけでもない、そんな状態。
ふと、襖が開く音が聞こえた。続いて静かな足音が届き、人影が差す。けれど体は動かないし、声も出ない。
(誰?なに?)
頭の中だけで問いかけていると、その人物はわたしの髪を一房すくい、そっと口づけた。
「――」
何か言おうとしたのだろう、小さな吐息が溢れ、空気が震える。
「……君も、頑なだね」
廊下側から、低く落ち着いた声がした。
傍にいた人物が立ち上がるのを感じる。
「……あんたは、すごいな」
『頑な』と称されたそのひとは、脈絡なく言った。その意味を、相手は汲み取ったらしい。肩をすくめ、「呼び方ひとつで変わらないさ」と告げる。その返答に、『頑な』な彼は溜息を吐く。
「それがすごいと言っているんだ。俺にはできない」
「お嬢のことは、審神者だと思えない?」
「思えないな」
「即答だね」
「実力不足だとか、そういう不満があって認めたくない訳じゃないぜ」
「知ってるよ」
微かに畳が軋む音がする。もうひとりもこの部屋へ踏み入ったらしい。
「その呼び方をすると……、今でも、守ってしまいそうになるんだ」
「守りたいと思うことは、悪い感情ではないはずだけど」
「……言葉が悪かったかもしれないな。そんな、綺麗なものじゃないんだ。知ってるだろ?」
嘲笑。己を責めるかのような、小さな笑い。
再び、彼が腰を下ろす。細くて、それでいて無骨な男の指が、手持ち無沙汰にわたしの髪を弄んでいる。
「戦わなくていいと、言ってしまいそうなんだ。政府の役人などとも関わらなくていい。何も知らないまま、ここで――いや、いっそのことここから逃げ出して。昔みたいに平和に暮らせられたらと。だからあの日、俺は、本気で――」
「薬研くん」
呼びかけられ、何かを責めるような悲痛な声は、ぴたりと止まった。
「……すまん。取り乱した」
「……彼に、怒っているかい?」
問いかけられたそのひとは、一瞬息を呑んだ。そして僅かに瞼を伏せ、何かを思案していたが。
「いや。寧ろ、感謝している」
緊張のない、柔らかな声音だった。その言葉が偽りなく、彼の本心であることが読み取れる。
「あの挨拶は、本来ならば初期刀がやるべきものだ。厳正な儀式において、あんなことは異例中の異例だろう。彼女も大層驚いていた」
「そうだったね」
引き継ぎの日の、驚きの余り開いた口が塞がらなくなってしまった審神者の間抜け面でも思い出したのか。同調した神さまは、微かに笑っている。
「あいつは、大将――以前の主の最後の言葉を、それから、この本丸そのものを裏切ろうとした俺に、救いと罰を与えてくれた。だからこれは、自分への戒めでもあるんだ」
「戒め、か」
「ああ。俺はこの子を『大将』と呼ぶ限り、この子を審神者としてみていられる。同時にあの日のことを思い出して、あんな愚行は二度と考えてはいけないと思わされる」
それから二言三言交わした後、後から来た神様は部屋から立ち去った。家路を帰る烏の鳴き声が、遠くから聞こえた気がした。
すっかり夜の帳が下り、コオロギやスズムシ、キリギリスの合唱に辺りが包まれた頃、目が覚めた。
少し前に、この部屋で大切なひとたちが会話をしていた気がする。あれは夢だったろうか。
まだぼうっとする頭で考えながら体を起こしたところで、肩から羽織がかけられていることに気がついた。白衣だ。軽めのピート香にお日様の香りが混じっている。
(じゃああれはきっと、夢じゃなくて)
腕に抱えた白衣を、きつく握りしめ、彼らの会話を思い出す。
逃げ出す、裏切る、愚行。救いと罰に、己への戒め。なんとなく。あの日彼が何を企てたのか、分かる気がした。きっと彼はわたしを、この本丸から……、この戦場から、連れ出そうと――。
瞼が、思考が、徐々に覚醒し、文机の上に置かれた短冊のメモを捉えた。そこには流れるような文字で、
『声はかけたものの、あまりに気持ちよさそうなので起こさないことにした。起きたら食堂まで。誰かはいるようにしている』
慌てて立ち上がり、白衣を握りしめて廊下に出る。折角料理を作ってもらっているというのに、夕食の時間に間に合わないなんてなんてこと!
ばたばたばた!秋の虫が合唱する中を、大股で走る。そして、廊下の門を曲がろうとした瞬間、
「!?」
「は!?」
思い切り、誰かにぶつかった。
「ぎゃっ」
妙な声と共に、思いきり尻もちをつく。視界の端で、相手もこけてしまったことが確認できた。
「痛……、じゃなくて、ごめ、誰っ」
「ふは、相変わらずお転婆だな」
「薬研!」
慌てて駆け寄り、その体に触れる。歩いていた彼に、猪並みの速度でわたしが衝突したのだ。怪我していてもおかしくない。
「どうしよう、どっか痛い?立てる?歩ける?」
「大丈夫だ。そんな心配されるほどヤワじゃないぜ」
言葉と共に、本当に平気そうな様子で薬研が立ち上がる。それでも、我慢して嘘をついているんじゃないかと怪しんでいると、息を吐いた彼が口元を緩めた。
「俺が大将に嘘をついたことがあったか?」
思案する。これといって、思いつきはしなかった。無言を肯定と捉えたらしい、彼はくつりと笑うと、
「よし。ならもう分かっただろ。夕餉に行こう、みんな待ってる」
その言葉に、目を見開いた。
「みんな?誰も先に食べてないの?」
「そういう話も出たんだが、結局みんな一緒に食べたいって言い出したんだ。まあ、まだそんなに時間は経ってないから気にするな」
「なんで?」
「なんでって……。みんな、大将のことが好きなのさ」
ぱちん、と。目の前で、星が弾けたかのような感覚に襲われた。頭の中の靄が、徐々に晴れていく。胸の中の黒いわだかまりが、解けていく。
「……叩き起こしてくれてよかったのに」
目頭が熱くなるのを感じ、泣き出さないように敢えて嫌味のような言葉を発した。薬研は、変わらず笑っている。
「ああ、そのつもりで行った同田貫たちが、無理だったって戻ってきてたな」
「え、なんで」
余程酷い顔をしていたのだろうか。それか、涎が大量に垂れていたとか!?
動揺のあまり口元を拭う仕草を取ると、わたしの考えを読み取ったであろう薬研が再び吹き出した。
「それだけ気持ちよさそうな顔だったんだ。あの同田貫たちが起こすのを躊躇うくらいに、な。涎はこぼれてない」
「う……」
「それで、次に起こしに行くやつを決めて、俺が任されたところだったんだ」
「そっか。ありがとう」
「ああ」
薬研と並び、皆が待ってくれている食堂へと向かう。その最中。
「おぉい!すごい音がしたみてぇだが大丈夫かぁ!?」
少し離れたところから、和泉守兼定が大声で問いかける。その背から姿を見せた堀川国広がこちらを確認すると、「あ!主さん起きたみたいですね。みんなに伝えてきます!」と小走りで去った。
「ちょっとぶつかって転んだだけだ。怪我もない」
「ならいいけどよ」
そうは言っているが、その表情は若干納得していない。「ちょっとぶつかった音ではなかった」とでも言いたげである。
「兼さんも、ご飯待っててくれたの?」
「おー、当然だろ?あんたのいねぇ飯なんて、味気なくてやってらんねぇよ。他のやつらも同じだと思うぜ?とはいえ腹が減ったから、早く来いよ」
大袈裟に肩をすくめた彼だったが、ふと何かに気づいた素振りを見せた。
「……ん?主」
わたしを見下ろしていた彼が、目線を合わせるように屈む。そして瞬きなくこちらを見つめ、
「いい夢でも見たか?今朝と比べて、随分顔色がよくなったじゃねぇか」
思い当たる節は確かにあった。
それは、わたしを『大将』と呼ぶ薬研の覚悟を知ってそれに応えようと思ったことであり、この本丸にいる彼らがわたしが思っているよりもずっと、わたしに対して好意をもってくれているということ。彼らの眼差しを、行動を、言葉を、素直に信じて、もう少し肩の力を抜いてもいいんだと、ようやくそう思えたから。
(でもこれは……直接言うことじゃない気がする)
そう結論づけて、わたしはにっこりと笑うだけにする。
「これからがんばろうって、改めて思っただけ」
・
――わたしが審神者を辞めることになるのは、それから七年後の話である。
霊力の低下により、審神者を辞任してもらいたいと告げられたのは、桜の蕾がぽつぽつと顔を出しつつある季節だった。
あくまでも要請であり、必ずしも承諾しなければならないわけではない。役人のひとりはそう付け足したが、その言葉の歯切れはとても悪く、辞任以外に道はないことが理解できた。
審神者を統括する役人のみが所属している小さな官邸を後にし、帰路につく。道中は今後の本丸運営について考えを巡らし、その冷静さに我ながら驚いたものだ。
歴史を感じる瓦屋根の門を潜ってすぐ、掃き掃除をしている薬研の姿を見つけた。
「ただいま、薬研」
「おう、おかえり、大将。……どうした?」
あまりにじっと見ていたのだろう、小首を傾げた薬研が尋ねてくる。
「……ちょっと、話があるんだけど」
その一言に、何かを読み取ったのか。真剣な瞳で頷いた彼は、「場所を変えよう」と、歩みを進めた。
野生のカモやサギが、水堀の水面を悠々と渡っている。大きく枝を広げた松の木の下でふたり、その様子を眺める。
薬研は何も言わなかった。急かすことも問い詰めることもせず、ただじっと、わたしの言葉を待ってくれている。
辺りには誰もいない。本丸内の縁側ではなく、普段なら足を踏み入れない場所を選んでくれたのは、きっと彼の気遣いだ。
水の流れる音や、風に揺れた木の葉が擦れる音。そして、隣にいる愛しいひとの微かな息遣いが、耳に心地よい。
「あのね」
声は、震えていなかったと思う。
木漏れ日が、彼の頬を撫でている。藤色の瞳が、光の具合できらりと宝石のように輝く。
「わたし、審神者を辞めなきゃいけないみたい」
告げた途端、一際強い風が吹く。互いに乱れた髪の間から、確かに目が合ったと思った。
「そう……、そうか」
たっぷりの間のあと。薬研が、ぽつりと返事をした。
「理由を、聞いてもいいか」
「うん。霊力が、低下してるって。きっとそのうち、本丸をまわすのに必要な霊力が足りなくなる」
「ああ……」
何かを諦めたように、薬研が短く息を吐いた。
霊力の低下を理由にで審神者を辞任する者は、毎年一定数いる。割合は決して多いわけではないだろうが、非常に珍しい、とは言い難い数だ。霊力が低下する原因は未だ解明されていないものの、『霊力とは寿命のようなもので、人それぞれ終わる℃條が決まっている』という説は有力とされている。霊力が尽きる前に寿命が尽きる者もいれば、寿命が尽きるより先に霊力が尽きる者もいる。わたしの場合だと祖母は前者で、わたしは後者だったというわけだ。
木製の柵に手をかけた薬研が、視線を水堀の奥へ落としながら「辞めたくない、というわけではなさそうだな」と零した。
わたしは頷く。霊力がなくても審神者を続けたいなど、我儘を言うつもりはなかった。そんなことをしては、本丸の皆にも危害が及ぶ。
「悩んでいるのは……、大将がいなくなった本丸の処遇についてか」
正解だ。わたしは眉を寄せ、小さく笑った。
彼と同じように、水堀をぐるりと囲った柵に体を寄せる。鯉がぱしゃりと跳ね、不透明な水が揺れた。
わたしが辞めた後の、本丸の処遇。祖母と違いわたしには血縁者がいない。わたしの辞任と共に本丸を解体することもできはする。ただその場合、ここにいる神様たちは皆その身を失くし、本霊へと還ることになる。彼らの未来を思うとそれは苦しく、一緒に終わってほしいと願えるほど、わたしは豪胆ではなかった。
一方で、本丸を継続させる場合、その後継者は政府が選ぶことになる。引継ぎに関する顔合わせはあるとはいえ、縁もゆかりもない者に祖母の時代から守ってきた本丸を任せることに一抹の不安がどうしても付きまとう。
薬研はしばらく何かを思案するように瞼を伏せていたけれど、ついにこちらへ顔を向け、「大将」と呼んでくれた。とても穏やかな声だった。
「終わらせるも、続かせるも、どちらでもいいさ。……だって俺は、ずっと忘れない」
――ずっと忘れない。
その言葉が頭の中でとても大事な響きのように木霊して、わたしはひとつ瞬きをして。それから、ああそうか、とそっと苦笑した。
知らない人に本丸を任せるのが不安だなんて、ただの建前だ。わたしの不安は、もっと別のもの。刀の神様である彼らはこれからも長い年月を過ごし、わたしや祖母のことはどうしたって過去のことになる。遠い昔の思い出になる。そうしていつしか、その記憶からわたしという存在が薄れてしまうのではないか、なんて。それが寂しくて、そんな妄想に勝手に不安になって。本当に、わたしはまだまだ、子どもだった。だけど、薬研が――これまで嘘や誤魔化しをひとつもしなかった薬研が、そう言ってくれるのなら。
「……うん」
わだかまりは、もう、何もない。
だから、春を心待ちにしていた野花が咲くように笑ってみせた。
それから程なくして、政府から正式な通達が届いた。わたしは本丸の継続を希望して、一連の説明をするため皆を広間に呼び出した。最初こそ仰々しく告げていたものの、途中で初期刀が泣きだし「散々迷惑もかけられたけどいざいなくなると寂しい」だの「面倒をみてくれる人なんているのか」だの言い始めてからは全員が口々に思い出話をはじめてどんちゃん騒ぎになってしまった。あと一ヶ月と少しはこの本丸で暮らすというのに、まるで今日がお別れの日みたいじゃないかと思って、泣きながら大笑いした。
残りの日々はあっという間に過ぎていく。数度顔合わせをした引継ぎの審神者は温厚なひとで、この本丸をきっと大切にしてくれるだろう。
そして迎えた引退の日は、本丸いっぱいの卯ノ花の丸くて可憐な蕾がほころび、ぽつぽつと星のような花びらを広げていた。
「いつもより早い開花になりそうだな」
早朝の冷えた空気を肺に吸い込みながら、薬研が零した。
凛とした空気を掻き分け、小さな花弁へ指を伸ばす。波のように広がる白い花々を見られなかったことにほんの少しの寂しさを感じ、小鳥が啄むように弄んでいたら、「大将の引退に間に合わせるよう奮闘したのもしれない」と薬研が真面目な顔をして言うものだから、思わず笑って、この些細な偶然の喜びを噛み締めることにした。
東の空が徐々に明るむ中、薬研と共に本丸を練り歩く。薬研たちと洗濯物を干した庭。お気に入りの小さな花壇。皆でどろどろになりながら野菜を収穫した畑。藁を懸命に運んだ厩舎。木刀で打ち合う心地よい音が響いていた道場。何度も駆け回った屋敷の中にある、身長が刻まれた柱。すべての場所に、こんなにも思い出が溢れている。
「大将」
薬研がわたしを呼んで、柱の前へと手招きをした。刻まれた印は、何年前のものだったろう。
「最後だからな」と薬研は微笑んで、わたしに柱の前に立つよう頼んだ。そして、小さな踏み台を持ってくる。
背中を柱に預けた。布越しでも、よく冷えているのが分かった。
薬研が台に乗り、短刀を抜く。細くて、でも鍛えられた胸板が視界に入って、何となく目を閉じた。かつ、と小さい音がして、幼い頃、この時間をとても嬉しく感じていたことを思い出した。
「よし、できたぜ」
薬研が台から降りたのを確認し、振り返る。数年前につけた印とほとんど変わらない場所に真新しい印がつけられていて、思わず笑ってしまった。
「やっぱりもう伸びないね」
「はは、そうだな」
いつのまにか朝日が昇っている。大広間の前を通ると、「おっと。主の方が早起きだったか」と三日月が朗らかに笑った。その奥から、ぽつぽつと他の刀が現れる。
昨晩は随分と賑やかなお別れ会だった。思い出を語り合いながら、誰もが泣いて笑って抱き締めて。全員に、ちょっとした贈り物も渡した。ちなみに皆考えていることは同じだったらしく、わたしもたくさんのプレゼントを貰ってしまっている。
いつもは「いい加減に部屋に戻って寝ろ」と口うるさい初期刀も、この日ばかりは広間で寝落ちし朝を迎えたようで。
「しまった……僕としたことが」
寝癖をつけ、眼を擦りながら、一生の不覚とでも言わんばかりの表情で現れる。
「おはよう、歌仙」
「ああ、おはよう。君の方が先に起きる日が来るとはね」
と、嬉しさと寂しさを滲ませた表情で微笑む彼の後ろから、「おはようございます!」と元気な声が駆けてくる。短刀たちだった。その声に他の刀たちも目を覚まし始めて、周囲が徐々に賑やかになる。
――本当に、愛されていたのだと。
改めて実感して、また泣いてしまいそうになるのを堪えながら、わたしは目一杯笑ってみせて。本丸最後の、「おはよう」を告げる。
本丸の門前にある転移用のゲートは正午ちょうどに起動することになっている。ゲート起動後は一度政府施設へ送られ、そこで最終の持ち物検査などが行われた後、現世へと帰る。そうしたら、もう二度と本丸へ足を踏み入れることはない。
ゲート起動の二時間ほど前から、友人である審神者たちも本丸に来てくれた。不備なく転移(引退)ができるかの監査も務めているとはいえ、やはり見送りの要素が強い。手土産やら手紙やらを渡され、昨晩本丸の皆から貰ったものと合わせるとすごい量になってしまったので、一旦政府の役人に預けることにした。よくあることらしく、役人はスムーズに対応して、政府施設で改めて渡すことを約束してくれた。
雲ひとつない晴天だった。ついに転移時間の五分前になり、役人に合図をされる。自然とみんなが並んだけれど、一番近くにいるのはやっぱり薬研だった。審神者の友人たちは本丸の刀たちに前方を譲り、少し離れたところで近侍とともに控えている。
陣の真ん中に立った。装置が起動して、周囲を光の粒子が丸く囲む。見送る皆の姿が白く霞む――否、じわりと滲む。
(あー、もう。だめだめ!ちゃんと笑って終わろうと、決めてたのに)
けれど俯くわけにはいかなかった。だって、少しでも長く、彼らの姿をこの目に焼き付けていたいから。
精一杯口角をあげると、愛おしいものを見つめるように微笑む薬研がいた。そこまでは耐えられたのに、彼の隣に立つ歌仙がぼろぼろと真珠のような涙を零したから、我慢ができなくなってしまった。
そっくりな表情で泣き始めるわたしと歌仙を交互に見て、薬研が困ったように眉を下げる。
「君、最後くらいは雅に笑ったらどうかね」
なんて台詞がとんできて、「歌仙だって泣いてるくせに!」と弾けるように返した。どっと笑い声が起きて、「元気でな」「しっかりやれよ」「ずっと見守ってますから」と見送りの言葉が次々に降りかかる。
「残り二分です」
役人が告げ、皆が一斉に薬研を見た。最後の言葉は薬研だと、どこかで決めていたのか、自然と決まっていたのか。
薬研が少しだけ前に出て、「大将」とわたしを見上げた。美しい藤色の瞳を見つめ返し、その言葉を受け止める。これから先も、この声を思い出せるように願う。
「元気でな」
たった一言だった。けれど、その一言はとても温かくて、慈愛に満ちていて。それが、どこまでも薬研らしかった。
「うん。薬研も……みんなも、どうか、元気で」
役人が時計に視線を落とし、こちらに目配せをする。頷いて、もう一度、わたしを見送る彼らの姿を見渡した。泣いているもの、泣くのを堪えているもの、穏やかに笑うもの――。そうして、最後に薬研を見たら、先程までとは異なり泣きそうな表情の彼がいて思わず目を見開いた。
その唇が、微かに動く。
「――お嬢」
零された音はとても小さいささめき。けれど不思議なことに、その呼びかけは、はっきりと届いた。
告げた途端、薬研の双眸から雫が落ちた。それを乱暴に拭った彼は、「参ったな」と小さく零す。きっと、告げるつもりのなかった言葉なのだろう。そんな薬研の背中を、歌仙が軽く押した。歌仙の瞳は、まるで「躊躇うな」と言っているようで。
「お嬢」
今度は、よりはっきりと呼ばれた。とても懐かしい響きだった。彼を追いかけていた幼い頃の記憶が、色鮮やかに蘇る。
「数ヶ月前、審神者を辞めることになったと言われた日、ひとつだけ嘘をついた」
突然の告白に、わたしは目を見開く。薬研は続ける。少し離れたところで、役人が秒読みを開始する。
「忘れない、と言ったことだ。俺は……、お嬢と過ごした日々を、
祈るように告げられて、思わず転移の陣を飛び出した。役人がぎょっとする、その一瞬。わたしは薬研の手を握り締め、懐から取り出したあるものを握らせる。
「薬研。ありがとう」
振り絞ってすぐ陣へと戻ると、ちょうど周囲の光が強まった。「転移開始」どこか安堵した声で役人が宣言する。わたしは、最後に目一杯笑ってみせて。
「みんな、ありがとう!大好き!」
愛を叫ぶと同時に、視界が眩く光った。
――そうして。
白い光が弱まった先に、わたしの姿はもういない。彼らの眼に映るのは、いつもと変わらぬ本丸の風景だけ。
薬研が、握りしめていた掌をそっと開く。「何を貰ったんだい」と歌仙が覗き、口元を緩めた。
そこにあるのは、小さなお守り。万事屋で売られているものより些か不格好なそれは、間違いなく。
「彼女の手作りだね」
「ああ、そうみたいだ」
「渡すのを躊躇っていたのかな」
「……そうかもしれないな」
言いながら、薬研が小首を傾げた。普段持っているお守りと比べ、少しだけ重量がある。中に何か入っているのかと、袋の口の蝶々結びをゆっくりと解く。想像通り、中からきらりと光るものが出てきた。硝子玉だった。その中には、桃色の生花が閉じ込められている。
「ふふ。なかなか雅じゃないか」
薬研が硝子玉を摘まみ、陽の光にかざす。柔らかな風が吹く。本丸の卯ノ花が、未来を祈るようにたおやかに揺れている。
・
新しい審神者は非常に温厚な男性だった。庭木の手入れが好きで、お嬢と親しまれた前の主の花壇も大切に引き継ぎ、本丸によく馴染んだ。
「大将、入るぜ」
声を掛け、中からの返事を待ってから、薬研は審神者の部屋に足を踏み入れる。審神者は書類作業の手を止め、体ごと薬研の方へと向けた。
「どうかした?」
「今日の出陣についてだが」
前の主の時から変わらず、薬研は第一部隊の隊長を務めている。自然と、審神者と会話する機会は多くなった。
一通りの意見を交わし合い、「よし。その方向で行こう」と薬研が立ち上がる。その腰元のベルトに、小さなお守りが揺れている。それを見て、ふと、審神者は声をかけた。
「薬研のお守りは、手作りだね」
「ああ、お嬢がくれたのさ」
どこか自慢げに、薬研は応えた。
本丸の刀剣男士たちが、前の主のことを「お嬢」と呼ぶことは審神者も既に知っている。この本丸で彼らを愛し、彼らに愛されその生を歩んでいたことも。引継ぎの説明で顔を合わせた時の印象は、笑顔の可愛らしい女性だった。
薬研が徐にお守り袋の封を開けた。中から美しい硝子玉が現れ、審神者はそれをまじまじと見つめる。花柄のトンボ玉――いや、中身は本物の花か。
「これは……、サクラソウ?」
「お、詳しいな」
「花は好きだから。僕が言うのもおかしな話かもしれないけれど、彼女らしい、いい花だと思う」
違いない、と薬研は頷いた。新しい主と「お嬢」についてこんな風に話ができることは、薬研にとって、他の刀たちにとって、とても嬉しいことだった。
硝子玉を大切にしまう薬研に、審神者は「それに」と控えめに言葉を紡いだ。不思議そうに目線を向ける薬研に、彼は続ける。
「花言葉も、とても素敵だと思う」
薬研は一瞬目を開く。それから、「ああ、そうだな」ととても穏やかに微笑んだ。
サクラソウの花言葉。「あこがれ」「純潔」「少年・少女時代の希望」――そして、「初恋」。
薬研は考える。
己の感情が、彼女と同じものだったかはわからない。恋とやらは、刀の身には少し難しい。
ただ、それでも確かなものがひとつ。
彼女は、誰よりも大切で、何に変えても守りたい人。幸せになってほしいと心から願っている人。
(そして俺は、そんな彼女の生きる未来に続く過去を、守ろうと思っている)
それが、すべてだ。
薬研と共に、審神者も時間遡行用の転送ゲートまで向かった。ゲートは屋敷の外、控えめな鳥居を潜った先にある。薬研以外の部隊員は既に集まっており、「おや。見送りに来てくれたのかい」と歌仙が振り返る。
改めて居住まいを正した薬研が鳥居を潜り、ゲートの中へ足を踏み入れた。「では」と凛とした声で、彼は宣言する。
「第一部隊、出陣する」
いってらっしゃい、と。新たな審神者の見送りを受け、六振りは歴史を守るべく過去に飛ぶ。
その姿が光りに包まれ、見えなくなった後。
辺りを見渡し、審神者は穏やかに目を細めた。
卯ノ花は満開を迎え、波のような美しい白色で本丸を包んでいる。