自由恋愛至上主義!



 同期の女の子がJCCを中退することになった。なんでも、昨今殺し屋界で勢力を伸ばしているところのボスと結婚することになったらしい。昔から付き合っていたとか、憧れの人だったとかだったら祝福できた話だけど、彼女の場合は親の都合で唐突に決まっただけだった。加えて、そのボスとやらは彼女の親とほぼ同年代らしい。
 一連の報告に赤尾はあんぐりと口を開け、大好きな煙草を地面に落としかけたくらいだった。

「明治時代みてーだな、知らねえけど」

 辛うじて零した彼女に同意する。僕も昔の恋愛事情を詳しく知るわけじゃないけれど、彼女の結婚が決まった経緯はどう考えても前時代的なやり方だった。
 「断れねえの」という赤尾の率直な問いかけに、彼女は眉尻を下げた。「断れないよ」鈴を転がしたみたいな声で、そう返す。

「……親父じゃないか」

 と、携帯を見ながら坂本くんが零す。事実だとしても失礼だな、と心の中だけで思ったら、「失礼だよ」と困ったような声がした。彼女のものだった。

「何でこいつと?」
「強い人だから。わたしが結婚したら、家が安泰になるんだって」
「フツー殺し屋に安泰とか求めるかぁ?」

 赤尾が呆れたように息を吐いた。風に乗った煙が上空に吸い込まれては消えていく。

「けど、昔からそう言われてたから仕方ないの。強い殺し屋と結婚しなさいって。……みんなと一緒に卒業できないのは、ちょっと寂しいけど」

 彼女は相変わらず眉尻を下げたまま微笑んだ。次の校外実習が最後だねって努めて明るく振る舞って、これから先生と話してくるって屋上を出て行って。
 閉じられた扉の向こうにじっと視線をやっていたら、不意に赤尾がこちらを見上げた。

「……オメー、何でそんなに静かなんだよ」

 もっと喚くと思ったわ、と探るような目線を向ける彼女の方は見ないまま。

「強い殺し屋と結婚、だって」
「……は?」
「んーん、なんでもない〜。次の校外実習楽しみだね〜」

 ぱっと表情を明るくしてみせる僕と対照的に、赤尾は思い切り眉を寄せる。



 JCCは海上の孤島に位置する。部外者が入ることはもちろんできないし、こちらから簡単に出て行くこともできない。けれど、年に数回ある校外実習は毎回国内のどこかで行われており、腕に自信がある奴は早々に課題を終わらせて旅行気分を満喫したり恋人と会ったりすることもある。課題が終わっていて、集合時間に間に合うようであれば教師は案外何も言わないので、僕も過去に赤尾や坂本くんと遊園地に遊びに行った。実力がある人間であれば、やりたい放題できる時間なのだ。だから。

「ね〜、この子知ってる?」

 高層ビルの一室。やたらと高級そうな椅子や時計やが飾られた部屋の主へと、背後から腕を回し首元にナイフを突きつけた。そのまま写真を男の眼前に持っていき問いかけるも、男は黙ったまま。回した腕に少し力を込め、

「知ってるかって聞いてるんだけど〜」

 再度問えば、ようやく男は口を開いた。

「……苗字のところの娘だろう」
「うん、そう。で、どういう関係?」
「何が望みだ」
「聞いてるのはこっちなんだけどな」

 肩を竦めつつ、僕はとりあえず彼の問いかけに答えることにする。

「結婚を取り下げるか、ここで死ぬか、どっちがいい?」
「……は?」

 予想外の答えだったのか、男は素っ頓狂な声を出した。それから、唇の端に僅かに笑みをつくると、「そんなもの、こちらの意思だけでどうにかなるものじゃない」

「え〜、そうなの?そっちから結婚の申し込みがあったって聞いたし、いけると思ったんだけどな〜」

 困ったな〜、なんて呟いたら、不意に男の懐がきらりと光った。パッと腕を離し、距離を取る。彼の手には珍しい形状のナイフが握られていた。たぶん、毒が塗られてるんだろう。

「随分若いな」
「その若い子と結婚しようとしてるくせに〜」
「当然だな、若くてかわいい女の方がいいに決まってる。強くなればそういうことができるんだよ」
「うわ、クズ〜」

 攻撃を受け流しながら、僕は軽口を叩く。ソファを踏んづけて、机にあったライトをぶん投げる。男は引き出しから拳銃を取り出して引き金を引く。銃声がして、壁に数箇所穴が空いた。
 一応、組織のボスというだけはある。そこらの二流よりはずっと強い、けど。

「お喋りなんかせずに殺すべきだったな」

 男が冷ややかに言い放った。

「そういうのは僕にひとつでも傷をつけれてから言った方がいいんじゃない?」

 煽るように告げた時、廊下の向こうで足音がした。男が口元に笑みを湛える。「そら、ウチの精鋭が来るぞ」扉の前で気配が止まる。二度三度、ドアノブが回される音。一応入ると同時に鍵は閉めたからなあと思った直後、立派な木製のドアは大きな音を立てて破られた。

「……ったく、雑魚の相手ばっかさせやがってよォー」
「……ここで最後か」

 若い女と、若い男の声。聞き覚えのない声だったのか、男の顔が引き攣った。反対に、僕は「あれ、思ったより早かったね〜」と軽口を叩く。
 破壊された扉を越え、赤尾と坂本くんが現れた。二人とも、体格の良い男を雑に引き摺っていて、それを目撃した部屋の主は「ば、馬鹿な……」と震えた声で後退る。

「オメーまだ終わらしてなかったんか」

 煙草を咥えたまま、赤尾が呆れたように言った。

「だって一応名前ちゃんの婚約って正式に決まってるみたいだし〜。穏便に済ませるならそっちのが良くない?」
「穏便ねぇ……」

 赤尾は肩を竦め、僕と相対していた男をちらりと見る。すっかり戦意を喪失させている彼はそれだけで震え、睨まれた蛙のようだった。その彼に、にこにこと近づいて、僕は改めて問いかける。

「婚約、取り下げる?」

 掠れた息で、男は頷いた。

「よかった〜〜。じゃあ今ここで電話して」
「……ッ」
「できるよね?」

 三人に見下ろされ、男は震えながら携帯電話を手にする。電話相手――名前ちゃんの父親は「一体何があったんだ」と問い詰めていたけれど、男は一方的に婚約破棄を申し出て通話を切った。僕は「もう近づかないでね」と殺気と共に念を押してその場を離れたから、項垂れる男がその後どうなったかは知らない。ただ、JCCに戻る頃には、殺し屋の情報を扱うネット記事に例の組織が半壊したという文字が踊っていて、「敵対組織にやられた」だの「かつての同胞による復讐か」だの好き放題に書かれていた。どうやらかなりの悪事――例えば組織内で偽の依頼を作成し、自分達に都合の悪い人間を一般人関係なく殺したり――をしていたらしく、そんな奴のところに名前ちゃんを明け渡すことにならなくて、心底良かったと思った。



 翌日、名前ちゃんはJCCに登校するや否や職員室へと向かっていた。教師と何の話をするのかは簡単に想像ができたけれど、僕もこっそり着いていくことにした。途中、文房具やら大きな三角定規が入った段ボールを運ぶ女の子に会ったから、「職員室?代わりに持ってくよ〜」と預かって、さも自分も用事があるみたいな顔で職員室の扉を開ける。名前ちゃんは、奥の方で佐藤田先生と話し込んでいた。

「……そういう訳で、まだ暫くはJCCでお世話になります」
「ええ」

 その二人に、さも今気づいたと言わんばかりに、僕は声をかけた。

「あれ〜、名前ちゃん。珍しいね」

 文房具の詰まった段ボールを置く僕を見て、彼女は少しだけ驚いた顔で「南雲くん」と呼びかける。

「何か悪いことでもしちゃったの?」

 揶揄うように言うと、名前ちゃんは「南雲くんたちじゃないんだから」とくすくす笑って、

「婚約が無くなったから、その話にきたの」
「えっ、そうなんだ〜?」

 目をぱちくりとさせて驚いてみせる僕に、佐藤田先生がちらりと視線を遣った。どこか確信めいた瞳で、あ、これはバレてるな、と思う。けれど何も言ってこないということは、僕らの行為を咎めるつもりはないらしい。だから、何も知らない振りを続けた。

「じゃあ一緒に卒業できるね」

 わざとらしく距離を詰めてそう言ったら、名前ちゃんは少しだけ眉尻を下げて微笑んだ。
 あれ、と思う。これは、若干困っている時の表情だ。

「……婚約、なくならない方が良かった?」
「え?」
「ちょっと困ってる気がする」

 瞼に触れるように指を伸ばす。
 余計なことだったかな。……余計なことだと分かっていても、同じことした自信しかないけど。
 そんな風に不安になっていたら、名前ちゃんは「違うよ」と首を振った。

「むしろ婚約がなくなったたのが嬉しすぎて困ってる。心底喜んじゃったから、悪い奴だなぁって」

 その言葉に僕は「そんなことないでしょ」と怒って、佐藤田先生も「そんな風に自分を卑下する必要はありませんよ」と諭した。二人がかりで否定され、名前ちゃんは今度こそ安心したように「はぁい」と笑った。

「さ、授業が始まる前に戻りなさい」

 佐藤田先生に言われ、僕と名前ちゃんは職員室を後にする。
 教室に戻る途中、新しい婚約者をあてがわれたりしていないか、それとなく尋ねてみた。彼女の父親は今回の件で少し反省したらしく、暫くは大丈夫だと思う、とのことだった。それを聞いて、「よかった〜」と笑いながら、僕は名前ちゃんにある提案をする。

「強い殺し屋がいいならさ、僕とか勧めてみてよ」

 名前ちゃんが目を丸くしてこちらを見上げる。「それ、どういう……?」「どういう意味だろうね〜〜」
 予鈴が鳴る。教室の窓からひょっこり顔を出した赤尾が、「お、名前。どこ行ってたんだー?」そう問いかけて、「婚約が白紙になったから、その話で職員室」名前ちゃんが答える。その声に残念さは感じられない。「良かったじゃん」とにんまりした赤尾は、続けて「じゃー、帰りにどっか食いに行こーぜ。婚約破棄祝い」と誘った。「何それ、不謹慎」名前ちゃんはそう言ったけれど、その声音はやっぱりどこか嬉しそうだった。


2024



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